孤紺糖財の失態
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2月19日・バレンタインから五日後。当然のように木曜日、その日は『特別記念日』でも『休日』でもない。高校三年生なら『自主登校期間』でお休みなのですが、残念なことに私たちは高校一年生。
2月19日が私の誕生日である、ということを除けば、何の変哲もない一日ですとも、ええ。
申し遅れました。私は、孤紺糖財と言います。ふふ、珍妙な名でしょう?
『古今東西?』とよく聞き返されます。実際、そのイントネーションで合っているのが腹正しいです。
いえ、両親はしっかり考えたうえで私の名前を付けたんですよ?
【砂『糖』のように甘い、かけがえのない『財』産だから】
――糖財。不思議な名前ですよね。一般的な名前ではない。
それは重々両親も承知で、ちゃんと他にもいろいろと候補はあったみたいです。
『愛理』とか『恋詩』だとか。
でも、他の案を全て跳ねのけて、私は『糖財』と名付けられました。
孤紺糖財。ふふ、素敵な響きでしょう?
是非・皆様方にはココンと呼んでもらえれば幸いです。
……ところで、そろそろ困惑されていることでしょう。これはいったい何なのか。
ええと、説明しますね。皆様は今、私の文章を読んでいますよね?
これは、私たちが今から築いていく歴史そのものです。
私たちは『命鏡学園』の一年生で文芸部に所属している、文芸部員です。
――いえ、これをあなたが読んでいるころには、二年生、つまり先輩になっているかもしれません。気軽に『ココン先輩』と呼んでください。そうしたらジュースを奢ってくれます。アサギくんが。
『これ』は――そうですね。
文芸部としての体裁を保つための試みというか、誕生日にあった出来事を・その日の終わりにまとめて書き出す、という。『誕生日日記』というやつです。部員は誕生日の日にこの日記を持ち帰り、眠る前などにその日・どんなことがあったかを書き出すことになっています。
これを読んでいいのは、ちゃんと『誕生日日記』を書いた人だけです。たぶん私かアサギくんが説明すると思うので安心してください。すいません、私が色々と前提条件を理解しなければいけませんね。
ええと、おそらくこれを読んでいるのは、おそらく、『誕生日日記』を書いたことのある文芸部員の方だと思います。あ、盗み見とかしたらわき腹をくすぐりますよ、アサギくんが。私はセクハラに加担するつもりはないので、彼にすべて押し付けます。ふふ、きっと、これを読んだあなたとは、仲良くなれるかもしれませんね?
あなたが私をどこまで知っているのか知りませんが――ちょっと、悪い子なんですよ、私。評定平均10.0の女にしては意外でしょう?
(私たちの高校は進学校で、評定は10段階で評価されます。あなたは知っているかもしれませんが)
ここだけの話にしてくださいね。性悪なんです、私。
ふふふ、彼氏ができてから、さらに性格が悪くなったと思います。
秘密にしているので言わないでくださいね?(言ったら私がちゃんと怒ります)
私はアサギくんと、『浅葱虎徹』くんと交際関係にあります。
えぇ、冬休みでしっかりと仕留めてやりましたよ。
ふふふ、中々手こずりましたが……まぁ、力押しでなんとか。
……すみません、私はあなたがどこまで、私のことを知っているのか知りません。
あなたにとっては既知・周知の出来事だとしても、執筆当時(2026/2/19)の私は、あなたが私について何も知らないという前提で書きますからね。
あるいは、未知・秘匿されている出来事なのかもしれません。
ええと、でしたら、ご内密にお願いします……。今書いていて恥ずかしくなりました消しちゃいたい。
でも『消さずにその時の感情をリアルに描く』……私小説の一種なのです、これは。だから、ええ、嘘はつけないし、消せない。この文章の中は、『→』のように一定の方向に流れが決まっているのです。推敲は許されません。リアル、です。
本当に、私と彼は付き合っています。
ああ、書いていて耳が赤くなっています。
彼に後ろから笑われているんです!
私の背後には虎徹くんがいます……だ、だって誕生日ですし?
彼氏を家に招いて家族全員に紹介するのは自然な流れですよね??
彼はお姉ちゃんと対面して胃をキリキリと痛めていましたが、まぁ、私の彼氏となるからには、乗り越えなければいけない試練ですよ、ふふ。
まだ見てる。もう、虎徹くん。
バカ。馬鹿。ばーか。ばーーか。
これ以上見続けるつもりなら、もっと悪口言っちゃいますけど、どうしま
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「う、後ろから抱きしめてくるのはズルいです」
「何がどうズルいんだ」
「どっ、ドキドキします。離れてください」
「本当にかわいいな、お前」
「……っ、あなたが私を選んだんですからね⁉ 責任は取って下さ――」
ええと、このことをさすがに文章に残すのはなしにしましょう。
わ、私の生意気な口を、私の嫌ではない、合意の伴った、愛情で防がれた、というだけ。
「責任は取る」
「わかってますよ……」
そういう人ですよね……だから付き合ったんですし。
えぇっと、誕生日日記――を書く前に!
「こ、今度は邪魔しないでくださいよ! 悪口はもう書きませんから!!」
わかったよ、と彼は反抗期の娘に手を焼く父親のように笑いました。
……私が子供みたいじゃないですか。違います、もう立派なレディですから!
というか、あなたが私をレディにしたんでしょう?
文芸部での合宿は楽しかったし、クリスマスのイルミネーションはきれいでした。
楽しかったし、きれいだったけれど、私はずっと横目であなたのことを見ていました。
案外、私ってばストーカー気質かもしれませんね。
私は合宿での線香花火を見ていたわけでもなければ、イルミネーションに目を奪われていたわけでもない。『きれいだな』と微笑む横顔が好きでした。何気ない出来事で、子供のように瞳を輝かせる、無邪気なところが好きです。……これ以上は恋文ですね。読みたいんですか、この変態。
変態に邪魔をされなかったので続きを書きます。彼は確かに私のおっぱいが好きなことだけ
あっ
消したい
ちょ。違います。違います。変態は変態という話です。
変態変態変態!
ダメですこれ、性的に露骨なコンテンツとして怒られます。
この程度じゃ怒られないってなんですかあなたは。運営か何かですか?
リアルファイトしますか?
私が護身術を習っているのは知っているでしょう?
さっき軽くしたばかりでしょう。二回戦をしたいならどうぞご自由――
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「何を書いてるんですか私っ!!」
アホ、間抜け、頓珍漢。
何を言われても反論できません。恋が成就できたからって浮かれてます。恋敵に勝ったからって浮かれてます。馬鹿なんです私。馬鹿ですバカバカバカバカ!
「どうした、書かないのか?」
「ぶっっっ飛ばしますよ……!」
虎徹くんはせめてもの敵愾心を鼻で笑いました。
「――二回戦をしたいならどうぞご自由に」
「最低な引用ですねッ……!」
「どうする?」
彼はにやりと笑っています。最低です。最低な男を好きになってしまいました、私は。
最低で、純真で、子供みたいな人です。それが私の好きな人です。私のことを大切にしてくれる人です。私のことだけを、抱きしめてくれる人です。
文章には余白が大事、という話を聞きました。
だから、これ以上のことは皆様の想像にお任せしますね。
――では、皆様、いい一日を。
誕生日日記.vol1
執筆者:孤紺糖財
記載日:2026/02/19/(Thu.)
題名:失態
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「二度とあんな失態は晒しませんからね……」
そういって私は、『誕生日日記』を文芸部の戸棚にしまいました。
次は、誕生日順的に加恋ちゃんと花梨さんですね。
私の失態を知るんですから、それ相応の失態を犯してくれないと困ります。
――その日を、楽しみにしておきましょうか。
本作を読んで気になった方は、ぜひ書籍版も手に取っていただけると嬉しいです。
Amazon等で発売中です。
・『魔女と毒殺文芸部 curse1:【不死】の魔女は僕に殺されたいようです』
ちゃんと日記を書いたココンちゃんが出てきますよ。
この世界線に対する解釈は委ねますね。
二巻は四月に発売予定です。
あと、また何かあれば投稿するので、ブクマを推奨します。




