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明日も雨が降るらしい。そう教えてくれたのはいつもの無機質な画面。
指でなぞるそれは平等に、そして残酷に情報を届ける。
湿った空気、ひんやりとした体温は一人ぼっちの私を包む。
いつからだっただろう。何か、大きな病気になってしまったらしい。そう聞いたとき、お母さんは泣いていた。
もう学校のみんなと会えないのかな、とさえ思ってしまうほど長い時間をひとりで過ごしてきた。
確か私は今、13歳だったと思う。雨の降る窓の外を1人眺める。ここから出たい、なんて希望はとうに消え失せていた。
きっと、私に待っているのは死、死だけ。もう助からないのだろうと、度々訪れる母の顔がそう物語っていた。でも不思議と、恐怖はなかった。
夢も何もない。こんな人生にとって終焉とはある意味他の誰よりも当たり前で、身近な物だった。いつか終わる、きっと終わる。そう考えたし、願っていた。生きる意味がないとさえ。
――
それは、突然だった。退院できるなんて夢にも思っていない事だった。
「病気は?治ったの?」
なんて、そんな困惑はどこにもなかった。答えは分かりきっていた。だからこそ私は全てを受け入れられたのかもしれない。
「海のそばの町に引っ越そうか。」
そんな母親の言葉も。
確かに海は綺麗だった。青く光る水面に照りつける光。恥ずかしいほど青い空。そのどれもが、私とは対照的に生きていた。
熱い防波堤の上、そんな海を眺めながら。
「ここから飛び降りることができたら。」
なんて、そんなことを考えてしまっていた。あの人が話しかけてくるまでは。
最初はどうして私なんかに話しかけてきたんだろうと思っていたが、次の日偶然にも再開したことで、何かを感じてしまった。と言っても、私の目の前で自転車が畑に突っ込んだのだが。
そりゃあ心配して話しかけてしまう。
聞けば近くの高校に通っているらしいその人は、制服のよく似合う、綺麗な人だった。
それからは、よく会うようになった。いつもの場所、と言ってあの畑の前の木の下で話す事もあったし、朝早くにあの防波堤の上で会う事もあった。
一緒に過ごすうちに彼女の事を知れたし、何より楽しかった。今までの憂鬱な気持ちが、少し晴れそうだった。
音楽が好きだと、歌を聞かせてくれた彼女の歌声が、ギターの音色が輝いて見えた。
夢を語った彼女の顔が、太陽に照らされ笑うその顔が、頭から離れなくなるほど。
それはきっと恋なのだと思った。
きっと彼女が好きなのだと、感じた事もない感情を抑えた。彼女のために生きたいと、そんな事さえ感じていた。
――
やっぱり。ひどい痛みと苦しみに耐える私は、薬と共にその言葉を飲み込んだ。飲む薬の量が増えている。
もう、長くないのかな。ふと、涙が流れる。流した事もない、涙が。
あの人のために生きたいのに。あの人の隣で笑っていたいのに。
そんな希望も、等しく流れていく。嫌だ。死にたくない。
そのとき、初めて気がついた。
あぁ、そうか。
私、死にたくないんだ。あんなに苦しかったのに。生きたくなかったのに。あの人に出会って、変わったんだ。変われたんだ。
生きたい、死にたくないって、ちゃんと言えるようになったんだ。
「よかったな。あなたと出会えて。」
この気持ちを忘れないように、伝えられるように、手紙を書こう。
私の気持ちを、軌跡を。生きた証を。書き連ねるそこには、確かにあった。青く燃える、小さないのちが。
「この想いは伝えられないかもしれない。あなたは私を、忘れてしまうかもしれない。でも、忘れたらそれでいい。あの日と私の全てを。あなたには、笑っていて欲しいから。」
「きっといつか、あなたの夢が叶いますように」
連なる言葉は、彼女に届くだろうか。
伝えきれなかった想いも、その紙に乗せる。
「愛してるよ」
想いを書き連ねた紙の上、沈黙の最中。
思い出したように再びペンを手に取る。
いつまでも、気が済むまで書こう。
そうして綴ったのは、二文字と、それに続く言の葉。
まだ、伝えたいことがたくさんある。
「追伸、