決断のとき
小屋の中は重い沈黙に包まれていた。
一夜明けても、クワレンの死という現実は変わらない。
昨日見た光景が頭から離れず、みんなの表情は暗い。
あの不気味な姿、機械的な繰り返し、そして黒い液体——すべてが悪夢のように脳裏に焼き付いている。
喉を通らない朝食を済ませた後、シェドが重い口を開いた。
「これからどうする?」
誰もが考えていた問題だった。
クワレンが死んだ今、オアシス探索を続ける意味があるのだろうか。
六人で始めた冒険も、今は五人しかいない。
「……村に帰った方がいいと思う」
コタが弱々しく言った。
彼は一刻も早く安全な場所に戻りたかった。
夜中も何度も目を覚まし、クワレンの声が聞こえるような気がしていた。
「帰ってどうするの?」
フージィが冷静に聞き返す。
「だって……危険すぎるよ。クワレンも死んじゃったし……僕たちも同じ目に遭うかもしれない」
コタの声が震えている。
恐怖が彼の理性を麻痺させていた。
「戻ったところで、何も変わらない」
フージィが現実的な意見を述べた。
「でも、ここにいたら危険じゃないか! ヌラヌラに殺されちゃうよ!」
コタが少し声を荒らげた。
恐怖が彼を感情的にさせている。
普段の大人しい彼からは想像できないほど、声が上ずっていた。
「落ち着いてよ、コタ」
ノッカがなだめるように言う。
「落ち着けって言われても……僕たちは子供なんだよ! こんなところにいちゃダメなんだ!大人だって死ぬような場所なのに!」
コタの声がさらに高くなった。
涙すら浮かんでいる。
「だからって、村に帰ったら解決するの?」
ネネネが疑問を投げかける。
「解決しなくても、少なくとも安全でしょ!」
「本当に安全? 村だって枯れ果ててる。」
フージィの指摘に、コタは言葉に詰まった。
確かに、村の状況も絶望的だった。
「でも……でも、ヌラヌラはいないもん……少なくとも殺されはしないよ」
「ヌラヌラがいないだけで、生きていけるの? 食べ物も水も足りないのに」
厳しい現実を突きつけられ、コタは困り果てた。
どちらを選んでも地獄だった。
「じゃあ、どうすればいいって言うんだよ! 僕たちはどうすれば生きていけるんだよ!」
「オアシスを見つけるしかないでしょ」
ネネネがはっきりと言った。
「オアシスだって、本当にあるの? もしかしたら嘘かもしれないじゃん。作り話かもしれないじゃん」
コタが不安そうに言う。
希望すら疑い始めていた。
「この木の絵、これが証拠よ」
ノッカが壁の絵を指差しながら希望的に答えた。
「でも、その人たちはどうなったの? 結局、死んじゃったんじゃないの? だから『引き返せ』って書いてあるんでしょ?」
コタの疑問に、みんなが黙り込んだ。
確かに、絵を描いた人がどうなったかは分からない。
「みんなはどう思う?」
シェドが他の仲間に意見を求めた。
いつものように、自分では決断を下そうとしない。
責任を取りたくないのだ。
「私は……続けた方がいいと思う」
ノッカが少し迷いながら答える。
心の中では不安もあったが、希望を捨てたくなかった。
「私も。村に帰っても意味ないし」
ネネネも同調した。
彼女はシェドの意見に合わせたかったが、シェドがはっきりしないため、積極的な方を選んだ。
「やるだけ無駄かもしれないけど……でも、やらないと始まらない」
フージィも探索続行に賛成した。
彼女らしい現実的な判断だった。
「シェドは?」
ノッカが聞く。
「みんながそう言うなら……俺もそれでいいと思う」
またしても他人任せの返答だった。
自分の意見を言わず、多数派に流される。
「じゃあ、四対一で探索続行ね」
ネネネが結果を告げる。
コタは落胆した表情を見せたが、多数決の結果には従うしかない。
一人だけ反対しても、どうにもならなかった。
「この森はもう十分探したし、オアシスはなさそう」
フージィが冷静に分析する。
「そうね。森を出て、他の場所を探してみましょう」
「でも、どっちに行けばいいの? 今度こそ、正確な方向じゃないと……」
「北よ。最初からそう決めてたでしょ」
そんな会話をしていた時、シェドが棚の奥で何かを見つけた。
「あ!これ使えるかも」
古い羅針盤を取り出す。
金属部分は錆びているが、針はまだしっかりと動いていた。
「すごい! これで正確な方角が分かるわね」
ノッカが喜んだ。
「本当に動くの? 壊れてるんじゃない?」
コタが疑っていたが、針は確実に北を指している。
これまでクワレンが指していた方向とも、ほぼ一致していた。
「よし、それじゃあ決まりだ。森を出て、北に向かおう!」
シェドが最終決定を下した。
準備を整え、荷物をまとめる。
シェドがそっと扉を開け、外を覗いた。
森は静寂に包まれ、危険な気配は感じられない。
森の音が聞こえ、風も穏やかだった。
「大丈夫そうだ」
五人は音を立てないよう、静かに小屋を出た。
五人はここで多くの物を手に入れた。
食料、水、ブランケット、羅針盤……何より、オアシスへの希望。
そして、一人の仲間を失った。
二度と戻らないであろう場所を背に、足音を殺し、息を潜めながら森の奥へと向かう。
午前の日差しが木漏れ日となって差し込み、少しだけ希望を感じさせた。
「頑張ろうね、みんな」
ノッカが小声で励ました。
羅針盤を頼りに、真北に向かって歩く。
森を抜けた先に、本当にオアシスがあることを信じて。
クワレンの分まで。そんな思いを胸に。
しかし、彼らは気づかなかった。
小屋の屋根の上。
クワレンの亡骸が無惨に捨てられ、横たわっていることを。
口は不自然に開いたまま、虚ろな瞳にシェドたちの後ろ姿が映る。
五人の知らないところで、小さな博士の命が静かに朽ちていった。