殺されたんだよ
この村はもう、死んでいる。
それは人の心も同じだった。
「子供たちが消えたって?」
「村の外に出たのか?」
「馬鹿な子らだ」
「口減らしにはちょうどいい」
大人は誰一人、心配しない。
親でさえ不安な顔をしつつも、探そうとはしなかった。
働く意欲も、希望も、愛情すらも、もうとっくに枯れ果てている。
「そういえば10年ほど前にも村を出たやつがいたな」
「どうせ、とっくに魂を喰われちまってるさ」
「ヌラヌラか……」
「この村以外に安全な場所なんて、どこにもないのよ」
大人たちは他人事のように話した。
そして、ただ死んだような日常が過ぎていく。
枯れ木の森に、陽の光が差し込み始めた頃。
コタの体調はかなり回復し、歩けるようになっていた。
薬草が効いたのか、それとも小屋で安心して休めたからか、熱も下がり傷の痛みも和らいでいた。
みんなの表情も少し明るい。
森は昨日より澄んで見え、時折吹く風も心地良い。
五人は小屋を出てクワレンの捜索を再開した。
今日こそ必ず見つけてやるという決意を胸に、少しずつ捜索範囲を広げていく。
「クワレン!」
「どこにいるの!」
声をかけながら森の中を歩き回っていると、ネネネが何かを見つけて声を上げた。
「みんな来て!」
ネネネの声にみんなが集まる。
「これ、クワレンのカバンじゃない?」
木の根元に、見慣れた大きなリュックが無造作に落ちていた。
確かにクワレンが持っていたものだった。
「近くにいるかも。この辺を探しましょ!」
ノッカの言葉とともに、みんなが周囲を捜索し始める。
――捜索開始から一時間が過ぎた頃。
クワレンはまだ見つからずにいた。
手がかりもさっきのリュックのみ。
他には何も、足跡一つ無かった。
五人の顔に疲れと不安が表れ始めていた。
その時。
フージィが何かを見つけて指を差す。
「ねぇ……あそこ、誰かいない?」
その方向を見ると、木立の向こうに小さな人影が見えた。
「まさか……」
シェドが目を凝らす。
人影はゆらゆらと、ふらつきながらこちらに向かって歩いてくる。
距離があるためはっきりしないが、体格からして子供のようだ。
「クワレン?」
ノッカが呟いた。
人影が少し近づくと、確かにクワレンの姿だった。
オレンジ色の髪、丸い眼鏡、見慣れた服装。
間違いない。
「クワレン!」
五人が駆け寄ろうとした時、シェドが違和感を覚えて足を止めた。
「みんな待て!」
その声に四人も足を止める。
シェドの表情が急に険しくなっているのを見て、何かを感じ取った。
クワレンの歩き方が、いつもと違う。
足元がおぼつかず、まるで操り人形のようにぎこちない。
首も不自然に傾いている。
「クワレン? 大丈夫?」
ノッカが心配そうに呼びかけた。
クワレンがゆっくりと顔を上げる。
眼鏡は壊れ、片方のレンズがない。
そして、その目は焦点が合っていなかった。
虚ろで、まるで魂が抜けたような瞳。
「あ、あれ……」
コタが震え声で呟く。
「ボク……ワ……シラナ、イ……」
クワレンの口が動き始めた。
かすれた声で、途切れ途切れに言葉を発する。
「ボクワシラ、ナイ……ボクワシラナイ……」
同じ言葉を繰り返している。
表情は空虚で、まばたきもしない。
「クワレン、返事してよ」
ノッカが恐る恐る近づこうとしたが、シェドが腕を掴んで止めた。
「だめだ……何かおかしい」
確かに、これはクワレンの姿をしているが、中身は別の何かのような気がする。
「ボクワシラナイ……ボクワシラナイ……ボクワシラナイ……」
クワレンは歩みを止めず、ゆらゆらと近づいてくる。
その姿は、まるで夢遊病者のようだった。
足音が不自然に重く、地面を引きずるような音を立てている。
五人は後ずさりした。
これは確かにクワレンの体だが、中身は明らかに違う。
何か恐ろしいものが、友達の姿を借りて近づいてくる。
その時だった。
クワレンの口が、ありえないほど大きく開いた。
人間の口とは思えないほど縦に裂け、奥には真っ暗な空洞が見えた。
そして突然、黒いドロドロとした液体が勢いよく吹き出した。
「うわあああ!」
ネネネが悲鳴を上げる。
黒い液体はぬめぬめとした質感で、地面に落ちると蒸気を上げながら不定形に蠢いていく。
腐敗したような、吐き気を催す異臭が辺りに立ち込めた。
「逃げろぉー!」
シェドが叫んだ。
五人は一斉に踵を返し、全速力で走った。
背後からは、まだクワレンの声が聞こえてくる。
「ボクワシラナイ……ボクワシラナイ……」
とにかく走った。
何が起きているのかも分からず、ただ必死で走った。
先に小屋が見えた。
勢いよく小屋に飛び込むと、シェドが急いで扉を閉めた。
みんな息を切らし、恐怖で震えている。
「何だよ、アレ!」
「本当にクワレンだった?」
「生きてたのよね? 喋ってたもん!」
「でも変だった……目が……」
「何で同じことばっかり言ってたの?」
「あの黒いドロドロは何!?」
混乱と困惑が小屋の中を支配していた。
希望と絶望が一瞬で入れ替わり、誰も状況を理解できずにいる。
しばらくして、ようやく呼吸が落ち着いてきた頃。
ずっと黙っていたフージィが、重い口を開いた。
「殺されたんだよ」
静寂が小屋を包む。
「……え?」
ノッカが振り返る。
「クワレンは……ヌラヌラに殺されたんだよ」
フージィの声は冷静だったが、その言葉は重く響いた。
「そんな……でも、歩いてたじゃん」
ネネネが否定しようとする。
「あれはクワレンじゃない。クワレンの体を使った、何か別のものよ」
フージィの分析は、他の四人には受け入れがたいものだった。
「嘘よ……そんなの……」
ノッカが涙を流しながら首を振る。
「つまり、クワレンはもう……」
シェドが言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「死んだのよ」
フージィがはっきりと言った。
その言葉が、小屋の中に重い沈黙をもたらした。
初めて、仲間の死という現実に直面したのだ。
クワレンはもう戻ってこない。もうこの世にいない。
五人は言葉を失い、ただ震えることしかできなかった。
夢にあふれた冒険は今、完全に終わった。
これは、もはや生き残りをかけた戦い。
そして、それはまだ始まったばかりだった。