引き返せ
翌朝、四人は重い気持ちで目を覚ました。
一夜明けても、クワレンとコタの姿はどこにも見えない。
コタの荷物だけが、まるで無言の証人のように残されている。
「やっぱり、探しに行きましょう」
ノッカが提案した。
このまま何もしないでいるのは、彼女には耐えられなかった。
「そうだな。でも、どこを?」
シェドが疑問を口にする。
昨日は化け物の恐怖で動けなかったが、今朝になると少し冷静になっていた。
「薬草取ったのがあっちで、入ってきたのがそっちだから……こっちとか?」
フージィが明確な答えを出す。
「そうね。みんなで手分けして」
ネネネも同意した。
四人は荷物をまとめ、コタの荷物も背負って捜索を開始した。
森の中を慎重に歩き、大声で名前を呼びながら進む。
「コタ!」
「クワレン!」
声は森に響くが、返事はない。
しばらく歩いていると、フージィが立ち止まった。
「あそこ、何かない?」
彼女が指差す方向を見ると、木立の向こうに小さな建物の屋根が見えた。
「小屋?」
ノッカが首をかしげる。
「行ってみよう」
四人は注意深く近づいた。
それは確かに小屋だった。
木造の小さな建物で、かなり古そうに見える。
壁には苔が生え、屋根の一部には穴も開いているが、まだ十分に使える状態だった。
「誰かいるのかな?」
ネネネが不安そうに呟く。
「コタ? クワレン?」
ノッカが呼びかけると、小屋の中から弱々しい声が聞こえた。
「……ノッカ?」
「コタ!」
四人は急いで小屋に駆け寄った。
扉を開けると、コタが毛布にくるまって座っていた。
顔は青白いが、意識ははっきりしている。
「良かった! 生きてたのね」
ノッカが涙ぐむ。
「みんな……心配したよ」
コタが安堵の表情を見せる。
「どうしてここに?」
フージィが聞く。
「一人でいるのが怖くて、みんなを探してたら見つけたんだ。中に食べ物もあったから……」
コタが小屋の奥を指差した。
四人が見回すと、小屋の中には様々なものが置かれていた。
棚には保存食らしき袋がいくつか並び、水の入った容器もある。
壁には厚手の毛布が掛けられ、隅には道具類が整然と並んでいた。
「すごい……誰が置いたの?」
ネネネが驚く。
道具を手に取ってみると、金属部分には錆が浮いているものの、まだ十分使える状態だった。
毛布も古びているが、厚手で暖かそうだ。
「ずいぶん古いものね」
フージィが毛布の端を調べながら言った。
色褪せ方や匂いから、かなりの年月が経っていることが分かる。
「でも、ちゃんと整理されてるな」
シェドが感心したように言う。
食料は密閉容器に入れられ、道具も種類ごとに分けて置かれている。
子供たちの準備とは比べ物にならないほど、計画的で丁寧だった。
「あ、これ見て」
ネネネが壁の一角を指差した。
そこには、下手ではあるが果実の実った大きな木の絵が描かれていた。
太い幹から豊かな枝が広がり、たわわに実った果実。
木の根元にはいびつな円。
「これって……」
「オアシスの木かな?」
「この丸はなんだろう?サイン?」
四人の目が輝く。
ついに、オアシスの手がかりを見つけたのかもしれない。
「やっぱりオアシスはあるのね!」
ネネネが興奮して声を上げる。
「この絵を描いた人が、実際に見たってことよね」
ノッカも希望に満ちた表情になった。
しかし、フージィが別の壁を見て眉をひそめた。
「でも……これは何?」
彼女が指差した場所には、粗い文字で「引き返せ」と刻まれていた。
「引き返せ……?」
シェドが読み上げる。
「え……なんで?」
コタが不安そうに聞く。
「何か危険があるってことかも」
フージィが冷静に推測した。
四人は複雑な気持ちになった。
オアシスの存在を示す絵がある一方で、不穏な警告もある。
希望と不安が同時に心を支配していた。
「でも、オアシスはあるのよ。引き返せって言うのは、きっと弱気になった人が書いたんだよ」
ネネネのそれは希望的な解釈だったが、そう考えることで不安を和らげようとしていた。
「とりあえず、コタが治るまではここで休もう」
シェドが提案した。
小屋には十分なスペースがあり、雨風もしのげる。
何より、食料と水があるのは心強かった。
夕方になると、コタの体調も少し良くなっていた。
食事を取り、薬草を煎じて飲んだ効果かもしれない。
熱も下がり、傷の腫れも引いてきた。
夜になると、四人は毛布にくるまって小屋で過ごした。
外は風が強く、枝が軋む音が聞こえてくるが、小屋の中は暖かく安全だった。
しかし、みんなの表情は決して明るくはなかった。
小屋の発見は希望をもたらしたが、同時に新たな謎も生んでいた。
この小屋は誰が作ったのか。
なぜ警告が刻まれているのか。
そして、クワレン。
彼は無事なのか、どこへ行ってしまったのか。
答えのない疑問を抱えながら、四人は眠りについた。
明日こそは、すべての答えが見つかることを願って。