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実らずの樹  作者: 朽九斎
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はじまりの嘘

「走れ!」


シェドの叫び声が響いた。


三人は無我夢中で駆け出した。

足元の落ち葉を蹴散らし、枯れ枝を踏み折り、とにかく黒い影から遠ざかろうと必死に走る。


シェドの頭の中は恐怖で真っ白だった。

あの不気味な影の正体が何なのか、考える余裕もない。

ただひたすら、足を動かし続けるだけ。

背後から追いかけてくる気配に、心臓が破裂しそうになる。

血管を流れる血液の音まで聞こえてくるような気がした。


「待って、シェド!」

ネネネの声が後ろから聞こえたが、シェドは振り返らなかった。

振り返ったら、あの恐ろしいものが見えてしまうかもしれない。


ネネネは必死にシェドを追いかけた。

普段なら息切れしてしまう距離でも、恐怖が彼女を駆り立てる。

シェドの後ろ姿だけを頼りに、足がもつれそうになりながらも走り続けた。


どのくらい走ったのか、時間の感覚が分からない。

一分なのか、十分なのか、それとも一時間なのか。

気がつくと、二人は森の中の小さく開けた場所で立ち止まっていた。

激しく息を切らし、心臓の鼓動が耳に響く。


「はあ、はあ、はあ……」

シェドが膝に手をついて荒い息を吐く。

汗が額から流れ落ち、服は汗でびっしょりだった。


「もう、大丈夫かな……?」

ネネネも同じように息を切らしながら、恐る恐る後ろを振り返った。

しかし、黒い影の姿はどこにも見えない。

追いかけてくる気配もない。


森は再び平穏を取り戻し、風が木を揺らす音も聞こえてくる。

まるで先ほどの出来事が嘘のようだった。


「さっきの……もしかして、ヌラヌラ?」

ネネネが震え声で呟く。

大人たちが警告していた化け物の名前が、自然と口から出た。


「分からない……でも、とにかく逃げられて良かった」

シェドがほっと息をついた時、はたと気づいた。

周囲を見回しても、いるのは自分とネネネだけ。


「あれ? クワレンは?」

二人は慌てて周囲を見回したが、クワレンの姿はどこにも見えない。

木の陰にも、茂みの中にも、小さな体は見当たらなかった。


「え? 一緒に逃げたんじゃ……」

「いや、最初は一緒だったけど……」


シェドは記憶を辿ろうとしたが、あまりにも必死だったため、途中からクワレンがいたかどうかも分からない。

恐怖でいっぱいで、他のことなど考えられなかった。


「どうしよう……はぐれちゃったのかな」

ネネネが不安そうに言う。声が小さく震えている。


「多分、別の方向に逃げたんだ。きっとどこかで待ってるさ」

シェドが楽観的に答えたが、内心では嫌な予感がしていた。

もしかしたら、クワレンはあの黒い影に……。

でも、そんなことは考えたくなかった。

考えるだけで、また恐怖がよみがえってくる。


「探しに行く?」

ネネネが提案したが、シェドは首を振った。


「また、あの化け物に会うかもしれない。ここで待ってた方がいいよ」

二人は不安を抱えながらも、その場で待つことにした。

時間だけが過ぎていく。


しばらくすると、森の奥から物音が聞こえてきた。

枯れ葉を踏む音、枝を掻き分ける音。


「何?」

ネネネがシェドに身を寄せる。


「もしかして……」

シェドも身構えた。

あの化け物が戻ってきたのかもしれない。

しかし、茂みから現れたのは、見慣れた二人の姿だった。


「ノッカ! フージィ!」

シェドが駆け寄る。

安堵の気持ちが一気に湧き上がった。


「シェド! ネネネ! 良かった、無事だったのね」

ノッカがほっとした表情を見せる。

彼女の顔にも安堵の色が浮かんでいた。


「そっちこそ。でも、どうしてここに?」

「薬草を探してたの」


フージィが小さな袋を見せた。

中には、薬草らしき葉っぱがいくつか入っている。

緑色の葉や、ちょっと変わった形の草など、様々だった。


「クワレンは?」

ノッカが周囲を見回す。

彼女の表情に心配の色が浮かんだ。


シェドとネネネは顔を見合わせた。

一瞬の沈黙が流れる。本当のことを言うべきか、それとも……。


「……昨日の雨で、はぐれてしまったんだ」

咄嗟に嘘が口から出た。

自分でも驚くほど自然に。


「そんな……」

ノッカが心配そうに眉をひそめる。


「雷雨がすごくて、走ってるうちに見失って……」

「そ、そうなの!」


ネネネも慌てて同調した。

シェドに合わせることで、彼に良い印象を与えたかった。


「そっか……。クワレンなら賢いし、物知りだから大丈夫だと思うけど……ちょっと心配ね」

ノッカが優しい口調で言った。

彼女は今でもクワレンを信頼している。

あの小さな博士を心配する気持ちが、言葉の端々に表れていた。


「きっと、どこかで雨宿りしてるよ」

シェドが根拠もなく断言した。


「でも、早く見つけてあげたい」

フージィも心配そうだった。


「それより、コタは?」

シェドが話題を変える。


「それが、大変なの!ケガしちゃって、熱も出てて」

ノッカが深刻な表情を見せた。

声にも切迫感がある。


「急いで戻りましょう」

四人は足早にコタを残してきた場所へ向かった。

薬草が効けばいいのだが、フージィも確信は持てない。

それでも、何もしないよりはマシだろう。


木立を抜け、岩を越え、急ぎ足で進む。

みんなの心の中には、コタへの心配が重くのしかかっていた。


しかし、木の根元に着いた時、四人は愕然とした。


そこには、コタの荷物だけが残されていて、肝心の本人の姿がどこにも見えない。


「え?」

ノッカが呆然と立ち尽くす。


「コタ? コタ!」

大声で呼びかけたが、声は森に響くだけで何の反応もない。


「どういうこと……」

ネネネが震え声で呟く。


荷物は整然と置かれており、争った形跡もない。

血痕もなければ、引きずられた跡もない。

まるで、コタが突然蒸発してしまったかのようだった。


「まさか……」

シェドの脳裏に、あの黒い影の記憶がよみがえる。


「探しましょう!」

ノッカが慌てて言ったが、シェドが止めた。


「でもどこを探すんだよ。手がかりもないのに」


確かに、闇雲に探し回っても意味がない。

それに、また化け物に遭遇する危険もある。

あの恐怖を、もう二度と

味わいたくはなかった。


「そうだけど……でも、このままじゃ……」

ノッカは涙ぐみ、声が震えている。


四人は途方に暮れた。

クワレンとコタ、二人の仲間が行方不明。

残されたのは、シェド、ノッカ、フージィ、ネネネの四人だけ。


もはや、オアシス探索どころではなくなっていた。


クワレンとコタはどこへ行ってしまったのか。

本当に生きているのだろうか。

時が経つにつれ、不安は深まるばかりだった。


森の奥から時折聞こえる不気味な音に、四人は身を寄せ合った。

夜が近づき、辺りはさらに暗くなっていく。


六人で始まった冒険は、いつの間にか四人だけの生存劇に変わっていた。

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