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実らずの樹  作者: 朽九斎
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僕は知らない

三日目の朝、空は嘘のように晴れ渡っていた。


昨夜の激しい雷雨が去った後、森には静寂が戻っている。

しかし、二手に分かれた六人にとって、この朝は決して穏やかなものではなかった。


何とか雨をしのげる程度の木。

その根元でノッカ、フージィ、コタの三人は一夜を過ごした。

コタの怪我は思ったより深刻だった。


「痛い……なんだか体がだるい……」

コタが弱々しく呟く。

膝の傷は昨夜から腫れ上がっている。

明らかに感染を起こしているようだった。


「熱があるわ。どうしよう。薬とかないし……」

ノッカが困り果てた様子で言う。


「森なら薬草があるかも」

フージィが周囲を見回しながら提案した。


「薬草って、分かるの?」

「詳しくはないけど……ちょっとだけなら」


ここで何もしなければコタの状態は悪化する一方。

可能性は低いかもしれないが、探してみる価値はあった。


「わかった、私も一緒に行く」

ノッカが立ち上がった。

その時、微かに心の奥で計算が働いた。

もし何か危険なことが起きたとき、動けないコタといるより、冷静なフージィと一緒にいた方が安全かもしれない。

そんな考えが一瞬頭をよぎったが、彼女はそれを意識的に押し殺した。


「そんな、置いてかないで……」

コタが震え声で言った。


「大丈夫。すぐ戻ってくるからね」

ノッカが優しく声をかけた。

こうして、ノッカとフージィは薬草探しに出かけることになった。



一方、森の別の場所では、シェド、クワレン、ネネネの三人が気まずい朝を迎えていた。


昨夜はノッカたちを心配しつつも、雷雨のために身動きが取れなかった。

今朝になって改めて状況を整理すると、自分たちが仲間を置いて逃げてしまったという事実が重くのしかかる。


「他のみんな、大丈夫かな……」

ネネネが不安そうに呟く。


「きっと大丈夫だ。あの三人なら、何とかしてるさ」

シェドが楽観的に答えたが、内心では罪悪感を感じていた。


「でも、コタが転んだのを見たような気がするんだけど……」

クワレンが言いかけて、シェドが慌てて遮った。


「気のせいだろ。雨で何も見えなかったし」

「そうね、きっと無事よ」


ネネネも同調したが、三人とも心の奥では不安を抱えている。

そんな微妙な空気の中、些細なことがきっかけで言い争いが始まった。


「こんな森、入らなければ逸れることも無かったのに」

クワレンがメガネを直しながら言った。


「は?クワレンが言ったんじゃないか。北はあっちだって」

シェドが何気なく言った言葉に、クワレンがピクリと反応する。


「僕が?」

「そうだろ?」

「でも、それは……」


クワレンが言いよどんだ。

確かに彼が方向を指示したが、それは確信を持ってのことではなかった。


「もしかして、方向間違ってたの?」

ネネネが不安そうに聞く。


「間違ってないよ。多分……」

クワレンの声が小さくなる。


「多分って何だよ!」

シェドの口調が少しきつくなった。

彼も余裕を失っている。


「だって、正確な方位磁針があるわけじゃないし……」

「じゃあ、なんで自信ありげに言ったんだよ!」

「それは……だって」


クワレンが困惑する。

彼は知ったかぶりをしていた。

でも、それを認めるのは屈辱的だった。


「そもそも、最初の計画がいい加減だったんじゃないのか?」

シェドが畳み掛ける。

自分の責任を他人に押しつけようとしているのだ。


「いい加減って何だよ!」

クワレンが声を荒らげた。


「食料だって水だって、全然足りてないじゃないか」

「それは、みんなが勝手にたくさん使うからじゃん」

「勝手にって……お前の計算が甘かっただけだろ」


言い争いはエスカレートしていく。

離ればなれになった不安と、仲間を見捨てた罪悪感が、二人の感情を爆発させていた。


「シェドの言う通りよ」

ネネネが小さく呟いた。


「え?」

クワレンが振り返る。


「だって、クワレンが知ってるって言うから、みんな信じたんでしょ?」

ネネネの言葉は、シェドに好かれたい一心から出たものだった。

彼女は困惑していたが、シェドの味方をすることで彼に良い印象を与えたかった。


「ネネネまで……」

クワレンが愕然とする。


「本当は、口ばっかりで、何も知らないんじゃねぇの?」

シェドの言葉が、クワレンの心を深く傷つけた。


「何も知らないって……そんな言い方……」

「でも事実だろ。本当は分からないくせに、知ったかぶりしてさ」

「僕は……僕は……」

「知らないくせに、偉そうにしないでよ」


ネネネの追い打ちが、クワレンを完全に孤立させた。

クワレンの目に涙が浮かぶ。

九歳の少年には、あまりにも辛い状況だった。


「お前らこそ……お前らこそ何なんだよ!」

クワレンが逆情した。


「僕が頑張って計画立てたのに、文句ばっかり言って!そんなに言うなら、最初から自分でやればよかったじゃん!」


クワレンの声が裏返る。


「でも、お前が『任せて』って言ったんだろ」

「そうよ、クワレンが『一番詳しいから』って」

「うるさい! うるさいうるさい!」

「戻れなくなったらどう責任取るんだよ!!」


二人がかりで責められ、クワレンの心は限界に達した。


「知らないよ!そんなの知らない!! 僕は知らないっ!!!」


クワレンが叫んだ瞬間。

森の空気が変わった。


それまで聞こえていた木の枝が軋む音も、風も止んだ。

まるで森全体が息を呑んだかのような、不自然な静寂。


「……なに?」

ネネネが首をかしげる。


「何か……変だぞ?」

シェドも異変を感じ取った。


そして、三人は同時に気づいた。

木立の向こうに、黒い影がゆらめいている。

影は静かに、しかし確実に、三人の方へと近づいてきている。


そして、それは姿を現す。


「……ヌラヌラ……!」

シェドが恐怖に震える声で呟いた。


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