離ればなれ
二日目の朝、六人は体のあちこちの痛みと共に目を覚ました。
洞穴の硬い岩の上で一夜を過ごした代償は大きく、首も肩も腰も痛い。
昨日の歩行の疲労も完全には取れていない。
それでも、朝の光を浴びると気分は少し明るくなった。
「おはよう、みんな」
ネネネが元気よく声をかける。
彼女は六人の中で最も回復が早いようだ。
「うう……体が痛い」
コタが情けない声を上げながら体を起こす。
「まあ、慣れだよ。今日は昨日より楽になるって」
シェドが楽観的に励ました。
根拠はないが、そう言っておけば何とかなるだろう。
朝食は簡素なものだった。
各自が持参したパンを少しずつ分け合い、水で流し込む。
「さあ、今日も頑張ろう」
クワレンが地図を確認しながら言った。
昨日と同じ方角を指差すが、その手はわずかに震えている。
実のところ、彼も自分の判断に完全な自信があるわけではなかった。
六人は昨日と同じ順番で歩き始めた。
しかし、二日目の現実は昨日より厳しかった。
体の痛みと疲労が足取りを重くする。
昨日は新鮮だった景色も、今日は単調に感じられる。
岩だらけの荒地は相変わらず続き、オアシスの兆候は何も見えない。
「本当にこの方向で合ってるのか?」
歩き始めて一時間ほど経った頃、シェドが不安そうに振り返った。
「合ってるよ」
クワレンが即座に答えたが、声に迷いが混じっている。
「でも、昨日から景色がほとんど変わらないし。もしかして道を間違えてるんじゃ……」
シェドがしつこく食い下がる。
リーダーらしく状況を把握したい気持ちはあるが、自分で判断する気はない。
「だから、合ってるって言ってるでしょ!」
クワレンがいつもより強い口調で言い返した。
自信のなさを隠すための虚勢だったが、シェドには攻撃的に聞こえる。
「な、なんだよ。そんな怒らなくても……」
「僕だって一生懸命やってるんだから、そんなにしつこく言わないでよ」
小さな火種が燃え上がりかけたが、ノッカが間に入った。
「まあまあ、二人とも。みんなで頑張ってるんだから、喧嘩しちゃダメよ」
彼女の穏やかな仲裁で、その場の空気は和らいだ。
でも、小さな不協和音が響いたのは確かだった。
午前中の後半になると、別の問題も浮上してきた。
「シェド。水、飲みすぎじゃない?」
フージィが冷静な口調で声をかけた。
シェドは水筒を口から離し、少し赤くなった。
確かに、他の仲間に比べて頻繁に水を飲んでいる。
「喉が渇くんだもん」
「ネネネもコタも、ちょっと消費が激しいと思う」
フージィの指摘に、ネネネとコタも気まずそうな顔をした。
「でも、我慢するの辛いよ」
ネネネが弱々しく言う。
「そうなのは分かるけど、このペースだと三日目には水がなくなっちゃう」
フージィの計算は正確だった。
七日分のつもりで持参した水も、実際の消費量は予想を上回っている。
「大丈夫だろ、五日の予定なんだし」
シェドが楽観視するが、フージィは首を振った。
「予定通りに行けばね。でも、もし道に迷ったりしたら……」
その可能性を考えると、みんなの表情が曇った。
でも、誰もそれ以上深く考えようとはしない。
午後になると、景色が少しずつ変わり始めた。
これまでの荒地から、徐々に草木が増えてくる。
やがて、前方に深い森が見えてきた。
「おお、森だ」
ネネネが指差して叫ぶ。
「オアシスに向かってるのかな」
シェドも期待を込めて言った。
しかし、近づいてみると、その森は不気味な様相を呈していた。
立ち並ぶ木々はほとんどが枯れており、葉をつけているものは少ない。
まるで巨大な骸骨が無数に突き立っているようだった。
「何だか薄気味悪いね」
コタが不安そうに呟く。
「でも、通らないと先に進めないよ」
クワレンが地図を確認しながら言った。
その時だった。遠くから低い雷鳴が響いてきた。
「あれ? 雷?」
ネネネが空を見上げる。
厚い雲が急速に空を覆い、辺りが薄暗くなってきた。
「雨が降りそうね」
ノッカが心配そうに言った瞬間、大粒の雨が降り始めた。
「うわあ!」
六人は慌てて森の中に駆け込んだ。
雨宿りできる場所を探そうと、枯れ木の間を縫うように走る。
しかし、雨は予想以上に激しくなった。
雷鳴が響き、稲妻が空を裂く。
風も強くなり、枯れ枝が折れて落ちてくる。
「あっちだ!」
シェドが根拠もなく森の奥を指差した。
みんながその方向に向かって走る。
しかし、足元の落ち葉で地面は滑りやすくなっていた。
「うわあああ!」
コタが転んだ。
足を滑らせて、勢いよく地面に倒れ込む。
膝と手のひらを強く打ちつけ、痛みで動けなくなった。
「コタ!」
ノッカが振り返って駆け寄る。
フージィも立ち止まった。
しかし、他の三人は気づかずに走り続けた。
雷雨の音で、コタの悲鳴が聞こえなかったのだ。
「シェド! クワレン! ネネネ!」
ノッカが叫んだが、三人の姿は既に枯れ木の向こうに見えなくなっていた。
「大丈夫?」
フージィがコタに駆け寄る。
「膝が……手も痛い……」
コタが情けない声で言う。
膝からは血が流れ、手のひらも擦り傷だらけだった。
「立てる?」
ノッカが心配そうに聞く。
「ちょっと……」
コタは立ち上がろうとしたが、膝の痛みでよろめいた。
雨はますます激しくなる。
三人は近くの太い木の下に身を寄せたが、雨は容赦なく降り注いだ。
「どうしよう……みんなとはぐれちゃった」
ノッカが不安そうに呟く。
「きっと気づいて戻ってくる」
フージィが冷静に答えたが、内心では心配していた。
しかし、いくら待っても、シェドたちは戻ってこなかった。
一方、森の奥では、シェド、クワレン、ネネネの三人が大きな木の下で雨をしのいでいた。
「すごい雨だね」
ネネネが言う。
「早く止まねぇかな」
シェドが空を見上げた。
「あれ? 他のみんなは?」
クワレンが振り返る。
三人は初めて、仲間が三人しかいないことに気づいた。
「おーい!ノッカぁー!!」
「コター!フージィ!」
名前を呼び周囲を見回したが、姿は見えない。
「どうしよう……」
「探しに行く?」
「でも、この雨じゃ……」
三人は困惑した。
雨は激しく、雷も鳴り続けている。
とても外に出られる状況ではない。
こうして、六人は初めて二手に分かれることになった。
コタの怪我を心配するノッカとフージィ。
自分たちの身の安全を優先したシェド、クワレン、ネネネ。
雷雨の中、お互いの安否を気遣いながらも、どちらも動くことができずにいた。
雨は夜になってもやまず、六人はそれぞれの場所で不安な夜を過ごすことになった。
初めて離ればなれになった恐怖。
仲間への心配と、自分たちへの不安。
この夜には既に、六人の絆に最初の大きな亀裂が生まれ始めていた。