オアシス探索隊
翌朝、六人は再び廃屋に集まった。
村全体が静寂に包まれている中、子供たちだけの秘密会議が始まる。
昨日の決意は一夜明けても変わらず、むしろより強固になっていた。
みんなの顔には、これから始まる冒険への期待が浮かんでいる。
「よし、みんな来たな」
シェドが言うと、仲間たちが頷いた。
廃屋の中央に、クワレンが昨夜描いたという手作りの地図が広げられた。
木の皮に木炭で描かれたそれは、村を表す歪な円と、北を指す真っ直ぐな線だけの単純な図だった。
しかし、子供たちにとっては宝の地図のように見えた。
「情報によると、この村は大きな島の最南端にあるらしい。ってことは、北の方角に行けばいいと思うんだ。距離は……まあ、徒歩で五日くらい?かな」
クワレンが眼鏡を光らせながら説明を始める。
彼の声には自信が込められているが、実際のところ根拠は薄い。
それでも、みんなが熱心に耳を傾けている。
「絶対に着くよ! 北に向かって真っ直ぐ歩けば、絶対に見つかるって」
ネネネが身を乗り出して宣言した。
彼女の瞳は期待に輝いている。
「誰から聞いたの、その話?」
フージィの質問に、ネネネは少し頬を赤らめた。
「村の人たちが話してるのを聞いたの。間違いないよ」
実際のところ、彼女の「調査」は村人の断片的な噂話を寄せ集めただけだった。
でも、その情熱的な姿勢に、みんなが希望を感じ取っている。
「とりあえず北に向かってみよう。みんなで相談しながら進めば、何とかなるさ」
シェドの提案に、仲間たちが頷く。
装備の話になると、雰囲気はさらに盛り上がった。
「食料は、七日分。水も同じくらい。あとは最低限の道具があれば大丈夫だと思う」
クワレンが昨夜考えたという計画を発表する。
彼が取り出した紙には、大雑把なリストが書かれている。
細かい計算はされていないが、それでも一応の目安にはなりそうだ。
「ところで、本当に大丈夫なの? 村の外にはヌラヌラがいるって聞くけど」
フージィの言葉に、一瞬廃屋の中が静まり返った。
確かに、大人たちはいつもそう警告している。
〈ヌラヌラ〉
村の外を徘徊する化物。
遭遇すると一瞬で丸呑みにされてしまうと、昔から恐れられていた。
「多分、大人たちの脅しだよ。僕たちを村から出したくないから、そう言ってるんだ」
クワレンの推測に、みんなが納得する。
「でも、もし本当にいたら?」
コタの不安に、ネネネが明るく答えた。
「その時はみんなで逃げればいいのよ。私たち、足速いし。それに、六人一緒だから大丈夫」
ネネネのその言葉に、廃屋の中に温かい空気が戻った。
確かに、六人で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられそうな気がする。
「まあ、やるだけ無駄だと思うけど……でも、ここにいても何も変わらないし」
フージィがいつものように冷めた意見を言ったが、今日はその後に続けた。
「それに、みんなでなら、何とかなるかもね」
普段は諦めがちな彼女の口から出た希望的な言葉に、みんなが嬉しそうな顔をした。
その瞬間、六人の心が一つになったような気がした。
確かに具体性に欠ける根拠のない自信かもしれないが、仲間がいる心強さと、新しい世界への憧れが、彼らの胸を熱くしていた。
「いつ出発する?」
ノッカの質問に、シェドが答える。
「明日の朝はどうかな。早朝、まだ誰も起きてない時間に」
みんなが頷く。
いよいよ現実味を帯びてきた。
「それじゃあ、今日は準備の日ね」
ネネネが嬉しそうに言った。
「食料と水を集めて、使えそうな道具も探しておこう」
クワレンも張り切っている。
「でも、あんまり重くならないようにね」
コタの心配に、みんなが笑った。
「大丈夫、大丈夫。きっと上手くいく」
シェドが安心させるように言う。
「よし、それじゃあ今日は解散。明日の朝、ここに集合ということで」
「はーい」
「楽しみだね」
「頑張ろうね、みんな」
「オアシス、絶対に見つけようね」
口々に希望に満ちた言葉を交わしながら、六人はそれぞれの家へと帰っていく。
明日から始まる冒険への期待で、胸が高鳴っていた。
不安もあるが、それよりもずっと大きな希望がある。
その日、子供たちはそれぞれの準備に追われた。
家から食料をこっそりと持ち出し、水を容器に詰め、使えそうな道具を探し回る。
大人たちには気づかれないよう、慎重に、しかし期待に胸を躍らせながら。
夕方になる頃には、みんながそれなりの荷物を用意していた。
お世辞にも完璧とは言えない装備だったが、子供たちにとっては十分に思えた。
何より、仲間がいる。それだけで心強かった。
夜が更けても、六人はなかなか眠れなかった。
明日から始まる冒険のことを考えると、興奮で目が冴えてしまう。
オアシスはどんな場所だろう。
本当に綺麗な水があるのだろうか。
美味しい果物は実っているのだろうか。
そんな夢を抱きながら、やがて子供たちも眠りについた。
そして、運命の朝が訪れた。
まだ薄暗い早朝、六人は約束通り廃屋に集まった。
それぞれが背負った荷物は思ったより重く、歩き始める前から少し息が上がっている。
でも、誰も弱音を吐かなかった。
「オアシス探索隊のみんな、準備はいいか?」
シェドがみんなに向かって話しかけた。
「オアシス探索隊?」
「昨日の夜、考えたんだ!」
「いいね、それ!」
「最高!」
それはどんな名前でもよかった。
ただ名前があるだけで、みんなの気持ちがひとつになった。
「それじゃあ、行こうか」
六人は廃屋を出て、村の北端へと向かった。
朝靄に包まれた村は、いつも以上に静かで、神秘的にすら見えた。
村の境界を示す古い柵が見えてきた。
それは脆弱で、ヌラヌラの侵入を防げるようには思えない。
でも、今朝の子供たちには、そんな疑問も些細なことに思えた。
「いよいよだね」
ノッカが呟く。
「ああ。よし、出発だ!」
シェドが答えた。
六人は柵の隙間を潜り抜け、ついに村の外へと足を踏み出した。
未知なる世界への第一歩。
彼らの冒険が、今、始まった。
今日も〈実らずの樹〉が軋む。
まるで、子供たちの行く末を案じているかのように。