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実らずの樹  作者: 朽九斎
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滅びゆく村

『この世界はもう、死んでいる。』




とある世界の、とある村。


その村の中心で、巨大な枯れ木が天を仰いでいた。

〈実らずの樹〉

幹には無数のひび割れが走り、枝という枝はことごとく折れ、僅かに残った梢も空虚に宙を掻いているだけ。

太い根っこが地面から飛び出し、まるで苦悶に身をよじる巨人の腕のように見えた。


その根元には、カラカラ池と呼ばれる窪地がある。

底には乾いた泥がひび割れ、所々に魚の白骨が散らばっていた。

池の縁に残された石は、今では座り込んだ老人たちの背もたれになっている。


もう何年も、何も起こらない日々が続いている。

それどころか、日に日に村は寂れていく一方だった。


家々の壁は剥がれ落ち、屋根には穴が空いている。

雨が降れば家の中まで濡れ、風が吹けば隙間風が容赦なく入り込んだ。

畑は雑草に覆われ、井戸は枯れ果てている。


「お父さん、また今日も畑に行かないの?」


一人の少年が、家の前でぼんやりと座り込んでいる父親に声をかけた。

しかし、父親は振り返りもしない。


「行ったって、何も生えてやしねぇよ」

「でも、種を蒔けば……」

「種? そんなもの、どこにある?」


少年は黙り込んだ。

確かに、村には種も肥料も、農具さえまともなものが残っていない。


「無駄なことは考えるな。どうせ、もう……」


父親が吐き捨てるように言った。

こんな会話が、村のあちこちで繰り返されていた。


大人たちは何もしようとしない。

修理する気力も、働く意欲も、とうの昔に失せてしまった。

ただ、残り僅かな食べ物を分け合いながら、漫然と日々を過ごしているだけ。

朝になれば渋々起き上がり、昼になれば木陰で居眠りをし、夕方になれば薄い粥をすすって寝る。

それだけの毎日。

誰も明日のことを考えようとしないし、考えたところで希望など見えやしない。

希望という言葉は死語となり、努力という概念は忘れ去られ、未来という発想は完全に消失していた。


ここは怠惰で溢れる、名も無き村。


そんな絶望的な状況の中で、それでも生きている子供たちがいた。


「ねぇ、シェド!」


村の片隅で、少女の声が響いた。


「今日も集まるんでしょ?」


声の主は、茶色の髪をした十一歳の少女

——ノッカ。

汚れた服を着ているが、それでもどこか上品な雰囲気を漂わせている。

大きな瞳には、まだ僅かながら好奇心の光が残っていた。


「ああ、もちろんだ」


振り返ったのは、オレンジ色のゴーグルをかけた十二歳の少年

——シェド。

この年頃の子供たちの中では、自然とリーダー格になっている。

背は同年代より少し高く、声も大きく、何かを決める時にはいつも彼が中心となった。


「みんな、もう来てるかな?」

「多分な。ネネネが朝から張り切ってたから」


二人は顔を見合わせて苦笑いした。

ネネネの張り切りようは、時として少々厄介だった。

やたらと音を立て、やたらと動き回り、やたらと喋り続ける。

静かに過ごしたい時には、正直なところ邪魔になることもある。

でも、この沈んだ村にあって、彼女の明るさは貴重だった。


「それにしても、本当に静かよね」

ノッカが呟いた。


確かに、村は異常なほど静寂に包まれている。

鳥の鳴き声も聞こえなければ、虫の音もしない。

風が吹けば枯れ木が軋む音がするくらいで、他には何の音もない。

まるで、世界から音が消えてしまったかのようだった。


「昔は、もっと賑やかだったんだろうな」

シェドが言った。


「私たちが生まれる前の話でしょ?」

「そうだけど……でも、想像はできるよ。大人たちも、子供たちも、みんなが笑ってた頃があったんだと思う」


ノッカは頷いた。

確かに、村の造りを見れば、昔はもっと多くの人が住んでいたことが分かる。

今は空き家ばかりだが、その家々にはかつて家族が暮らしていたはずだ。


「どうして、こんなになっちゃったんだろうね」

「さぁな」


シェドが肩をすくめた。


「大人たちに聞いても、はっきりした答えは返ってこないし」


二人は黙って歩き続けた。

彼らが向かったのは、村外れの廃屋だった。

かつては誰かの家だったのだろうが、今では屋根も壁も崩れかけている。

それでも、雨風をしのぐには十分だった。

何より、大人たちの目が届かない場所として、子供たちには格好の隠れ家になっている。

廃屋の前まで来ると、中から声が聞こえてきた。


「だから、それは違うって言ってるじゃん!」

「でも、本に書いてあったもん!」

「君の読んだ本が間違ってるんだよ!」


誰かが、ケンカをしているようだった。


「今日も元気だな、あの二人は」

シェドが苦笑いした。

二人が廃屋の中に入ると、既に四人の仲間が集まっていた。


オレンジ色の髪にメガネをかけた九歳の少年

——クワレン。

いつものように何かの本を小脇に抱え、眉間に皺を寄せて困った顔をしている。

村で一番の物知りを自負しているが、実際のところ知識は断片的で、しばしば間違いも多い。


おかっぱ頭の十二歳の少女

——フージィ。

壁にもたれかかったまま、じっと外を見つめていた。

いつも冷静で、滅多に感情を表に出さない。

物事を客観視する能力に長けているが、希望を持つことも少ない。


ゆったりとした服を着た十三歳の少年

——コタ。

床に座り込んで、ぼんやりと宙を見つめている。

六人の中では最年長だが、リーダーシップを取ろうとはしない。

いつも楽な方、楽な方へと流れていく性格で、面倒なことは避けたがる。


そして、ツインテールの髪を揺らしながら、せわしなく動き回る十歳の少女

——ネネネ。

手には何やら紙切れを握りしめ、興奮した様子でクワレンに何かを説明していた。


「シェド!やっと来たのね!」

ネネネが真っ先に駆け寄ってきた。

その瞳は、いつものように期待に輝いている。


「ごめん、遅くなった」

シェドが頭を掻きながら謝ると、クワレンが本から顔を上げた。


「それより、例の話だけど……」

「ああ、オアシスだろ?」


シェドの言葉に、廃屋の中の空気が変わった。

全員の視線が、彼に集中する。


一週間前、彼らは偶然その話を耳にした。

村の大人の一人が、酔っ払いながら口にした言葉。


「昔、オアシスという場所があったんだ」と。


そこには澄み切った水があり、瑞々しい果物が実り、緑豊かな大地が広がっているという。

最初は酔っ払いの戯言だと思った。

でも、その後何度か、似たような話を耳にした。


「本当にあるのかな、そんな場所」

コタが呟いた。


「あるよ!」

ネネネが力強く頷く。


「私、ちゃんと調べたもん。綺麗な水がたくさんあって、美味しい果物もいっぱいで、緑もいっぱいで——」

「でも、どこにあるかは分からないんでしょ?」


フージィが冷めた声で割り込んだ。


「それは……」

ネネネの声が小さくなる。

確かに、場所については誰も知らなかった。


「だからこそ、探しに行くんじゃないか」

シェドが立ち上がった。

その瞳には、諦めかけていた希望が再び宿っている。


「僕たちで、オアシスを見つけるんだ!」


廃屋の中に、静寂が流れた。

大人たちは決まって、村から出てはいけないと言った。

外には恐ろしい化け物がいる、一歩でも外に出れば命はない、と。


でも、この村にいても未来はない。

日に日に食べ物は減り、水も枯れていく。

このままでは、いずれ全員が飢え死にしてしまうだろう。

それなら、最後に賭けてみる価値はあるのではないか。


「やってみる価値はあると思う」

クワレンが本を閉じた。


「僕が計画を立てよう」

「私も手伝う!」


ネネネが手を挙げる。


「……まあ、どうせダメだと思うけど」

フージィがため息をついた。


「でも……他にやることもないしね」

コタが迷うように呟く。


「それじゃあ、決まりね。」

ノッカが微笑んだ。


こうして六人の子供たちは、勢い任せに旅立つことを決めたのだった。


外では〈実らずの樹〉が風に軋む。


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