1 ユイハル、使命に燃える
広い聖堂にはこの秋、見習いから正式に昇格したばかりの聖騎士たちが集っていた。
「魔獣の動きが活発になっている。これは邪神の目覚めの兆しであるかもしれぬ」
アーチ形の大きな窓の前に立つのは、豪奢な祭服に身を包んだ聖導者で、聖騎士たちは跪き、彼の言葉を一心に聞いている。
「魔獣を討つことこそが、邪悪なる力を削ぐ唯一の手段——王国の未来のため、聖騎士たちよ、魔石を集めよ! 穢れた魔石は神の力で清めなくてはならない。これは神聖なる義務であり、フィデーアの御心である!」
「フィデーア様の御心のままに!」
聖騎士たちが唱和する。ユイハルは最前列にいて、ひと際大きな声で誓いを立てた。
ユイハルは使命に燃えていた。
両親を魔獣に殺され、七歳で教会に引き取られて以降、彼は聖騎士になるためずっと訓練してきた。
その甲斐あって、最年少の十五歳で聖騎士として認められたのだ。
人々から期待を集め、それに応える強い意志があった。
彼は、金髪に澄んだ青い目をしている。
そこそこ整った顔立ちなのだが、『健康的!』という印象が強すぎて美少年とは認識されていない。
ようするに、少々暑苦しい少年だった。
「ユイハル、おまえすごいよ。その分だと、銅の勲章もすぐにもらえるんじゃないか」
魔石を奉納すれば、その数に応じて聖騎士としての階級が上がっていく。まずは三十体、それがさしあたっての目標だ。そしていずれは百個の魔石を神に奉納し、金の勲章を戴くのだ。自分でもできるだろうと思っているから、ユイハルは先輩の嫌味に気づきもせず瞳を輝かせた。
「本当ですか! ありがとうございます!」
先輩の方は少々鼻白んだが、すぐに気を変えたらしい。ユイハルの肩を抱くようにして囁いた。
「なあユイハル、知ってるか? 古城の東に広がる森の話だ」
「幻の離宮の話ですか? 百年前、大魔法使いが住んでいたという!」
ユイハルが身を乗り出すと、先輩は静かにするよう手ぶりで示し、さも重要なことのように話した。
「そうだ。その周囲の森の魔獣だが――、相当ヤバいらしい。金の勲章を持つ騎士でも手こずるそうだ。だから誰も行きたがらない。それでもおまえなら……ひょっとしたら倒せるかもな」
お前なら倒せると言われたことよりも、ユイハルはむしろ『誰も行きたがらないと』いう言葉を耳に留めた。
人がやりたがらないことをやる。それは、ユイハルが普段から心がけていることの一つだった。
「俺、行ってみます!」
そしてユイハルは、簡易鎧を身に着け、意気揚々と森へやってきた。
しばらく進むと、イノシシ型の魔獣が現れた。魔獣は体にうっすらと黒い煙のようなものをまとい、目は赤く血走っている。
「なんて大きいんだ……」
合同訓練で倒した個体は六十センチほどだった。いま目の前にいるこいつは、一メートルを超えているように見える。
それでも、倒せるかではなく、倒すという強い意志を持って、ユイハルは静かに剣を抜く。
魔獣がこちらに気が付いた。そうかと思えば、もう数歩先まで来ている。
――早いっ!
魔獣は、本来持っている知性を犠牲にして力を得ているのだ。その分、動きは遅いというのが常識だった。
それなのに、このスピード。金の勲章を持つ騎士でも苦戦するというのは、この速さのせいだろうか。
ユイハルは魔獣と行違う形で剣を振るった。だが、浅い。慌てて体の向きを入れ替えようとしたその時、足元がずるりと滑ってバランスを崩してしまった。もちろん魔獣が見過ごしてくれるわけもなく、すぐさま突進してきた。
ユイハルはとっさに、懐に手を突っ込んで中身を確認しないまま投げつけた。
鼻面にぶつかったのは聖水で、魔獣は一瞬怯んだ。嫌がるように顔を振ったため、喉ががら空きになる。ユイハルは無我夢中でそこに剣を突き立てた。
バシャッと血しぶきをまともに頭からかぶってしまった。ユイハルは肩で大きく息をする。
魔獣はピクピクとひきつけを起こしていたが、やがて塵となり風に飛ばされていった。
「あー、失敗した……」
ユイハルは乱暴に、塵に変わった魔獣の血を手で払う。
魔石ごと壊してしまったから、この勝利はユイハルだけが知るものとなった。
やはり、そう簡単に魔石を得ることはできないらしい。最初の一つはまぐれだったのではと落ち込みそうになるが、首を振ってすぐに気持ちを切り替えた。
今のはいい経験になった。次はもっとうまくやれるはずだ。
「よし、次だ!」
ユイハルはさらに奥へ進む。
それから三体ほど魔獣を倒したのだが、いまだ魔石はゼロだった。
日が暮れかかっている。そろそろ引き上げたほうがいい。理性はそう言っているのだが、焦りがユイハルを前に進ませた。
足元で枯れ葉が音を立てた瞬間、ユイハルはぎくりと足を止めた。自分でもよく分からないが、悪寒が走ったのだ。
「なんだ――?」
ユイハルはあたりをゆっくりと見回した。
先程までの荒れた森と違い、ここら辺は人の手が入ったようにすっきりしている。違和感はそれだろうか。
草がきれいに刈り取られ、朽木や枝も取り除かれてずいぶんと歩きやすい。
王侯貴族が狩りに入るような、そんな場所が森の奥深くにあるのは不自然だ。
ふと、どこからともなく妙な臭いが漂った。毒か――?
ユイハルは手で鼻を覆い、慎重に歩を進めた。
危険なものがあるのなら、なおさら自分の目で確かめなくてはと思ったのだ。
しばらくして丸く開けた場所に出た。そこに広がっていた光景に、ユイハルはぽかんと口を開けた。
「……温泉?」
人工的に岩を並べ、湯を貯めたそこで、一匹のカピバラがぬくぬくとつかっていた。