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4 ラース、世話係を追い出す――【百年前】

 追い出すと決めた後、ラースの行動は早かった。


 燃え残った皿を魔法でぷかりと浮かせ、廊下に出しっぱなしの箒も見つけ、やはり魔法で浮かせて持っていく。

 もののついでに、屋敷に巣くっているネズミや虫も呼び寄せた。

 ラースが食堂に姿を現すと、世話係たちは一瞬ぽかんとしたが、ラースは構わず作業を開始した。


 料理を床に投げつけた女には皿を、箒が云々と武勇伝を語っていた下男には箒を投げつけ、ニヤつきながら悪魔払いの仕草をしてくる男にはネズミや虫をけしかけた。


 彼らは食堂から調理場へ逃げ込んだ。互いにぶつかり、罵りあう人間たちはおろかで醜かった。

 ラースは裏口を開け放ち、風を巻き起こす。


 不要なものは全部外へ!

 虫もネズミも壊れた箒も、もちろん人間だって一緒くただ。


 もはや言葉にもならず、ギャーギャーと鳴き声を上げるだけになった彼らが、ふいに何かに気づいたように上を向いて叫んだ。

「大魔法使い様!」


 ラースも外へ出て見上げると、三階の窓から、グーが顔と腕を出していた。

 少し眠そうな顔つきだ。


「何の騒ぎじゃ」

「大魔法使い様、お助けください。あの化け物が!」

 グーは彼らに構わずに、のんびり言った。


「そうか、こ奴らを追い出すことに決めたんじゃな?」

「ゴッゴッ(そうだ!)」

「手伝いはいるか?」

「キュキュ(不要!)」


 返事をするなり炎を出して、虫やネズミを追い払う。一番鈍いのは人間で、髪や服が焦げてもへたり込んで動かない。

 威嚇が足りなかったかとラースが足を踏み出すと、ようやく彼らは立ち上がり、ほうほうの体で逃げて行った。


 もともと彼らの助けなど必要なかったわけだ。むしろ汚されなくて済むと思えばかなりすっきりした。


 邪神の封印をどうするかという問題はあるものの、それは長期の課題だ。

 ラースは晴れやかな気分で声を上げた。


「クキュ(グー、祝杯をあげよう!)」

「なんじゃと」

「キュルッキュ(考えてみれば、見事邪神を封じたというのに祝いもまだではないか)」

「それもそうじゃ。じゃが、それならあいつらに何か作らせればよかったものを」


「キュウ(グーは酒さえあればいいだろう)」

「わしはそうじゃが、おぬしはどうするんじゃ」

「キュルゥキュ(草を取ってくる!)」

「……は?」


 ラースは笑いだしたい気分だった。大魔法使いのあんな間抜けな顔、めったに見られるものじゃない。

 風で草を刈り取り、グーには野イチゴを手土産に戻ると、グーは研究室にいなかった。


「キュ(グー?)」

「おお、ラース、こっちじゃ!」


 グーの声とともに、隣の部屋の扉が開いた。

 中に足を踏み入れて、ラースは驚いた。部屋の中はマナに満ちていて壁が滑らかな岩肌のようになっている。扉付近には大小の(かめ)がずらりと並び、左の奥の少し湿気を含むあたりには、様々な形の瓶や樽が並んでいた。右奥には氷柱ができていて、酒を冷やしておくための場所らしかった。


 グーがいたのは、ワインの瓶が並ぶあたりだ。


 グーの酒好きは有名だったが、まさかこんな部屋まで作っているとは……。

 ラースはそこで恐ろしいことに気づいてしまった。


「キュキュクゥ(まさか、グー、邪神と戦いながらこの部屋を維持していたのか?)」

「いや、さすがにあのときは他の者たちに任せていたのじゃ」

「キュウウ(では、今は?)」


 グーはそっと目をそらし、ワインの瓶を抱えなおした。

 なるほど。ラースは頷いた。邪神の封印だけで手一杯というのは少々ごまかしがあったらしい。

 とはいえ、分かったからと言って、わざわざ告げ口する気もない。



 場所をグーの研究室に移して、グーはワインを掲げ、ラースは草をくわえる。

「では、我らの勝利を祝して!」

「乾杯じゃ!」


 グーは幸せそうな顔で香りを楽しんでいたのだが、ふと、胡乱な目つきでラースを見た。

「それにしても、おぬし……。草なんぞ食べて、本当に大丈夫なのか?」

「キュルキュル(それが、意外とうまいんだ)」


 例えばこっちの草は、甘みが強いしこっちは爽やかだ。こっちは噛み応えがあっていい。

 ラースはうっとりと草の魅力について語った。

「キュキュルルキュ――クゥ(一番うまいのはこれ――って、グー?)」


 返事がないと思ってふと見ると、グーは酒器に手を添えたままウトウトしていた。一口飲んだだけなのに、彼の顔は真っ赤に染まっていた。

「キュキ(もう酔ってしまったか……)

 ラースは呆れながら草をはむ。


 稀代の大魔法使いグースレウスは酒好きとして有名だ。しかし同時に、彼はすこぶる酒に弱かった。

 だからこそ彼の蒐集品(コレクション)は増え続けるのであった。


 


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