4 ユイハル、なぜかがっかりする
ユイハルは、間借りしている部屋の扉を開いた。
後ろから静かについてきたラースは、中へ入るのをためらった。
「ここ誰が使ってたんだ?」
「……母が」
ラースの答えを聞いても、ユイハルは驚かなかった。
わざわざきれいに保存しているくらいだから大事な部屋なのだろうと思っていた。だから、掃除のとき以外は、なるべく物に触れずに過ごした。
クローゼットや引き出しの類も一切開けていない。
「そんな大事なら、人に貸すなよ」
「大事……?」
ラースはどこかぼんやりとした顔つきになった。
「大事というのは少し違う。単に片づけるのが面倒で、そのままにしておいたんだ。この部屋に案内したのは、状態がマシだろうと考えたからだ」
言いながら彼は中に足を踏み入れ、遠慮がちに見回した。
その顔に、懐かしさや悲しさなどは見えない。とはいえ、もともと表情の薄いヤツだから、本当のところはわからない。
「母の訃報を聞いた陛下が、この部屋に保存の魔法をかけるよう命じたんだ。生きているときに会いにくればよかったものを……」
淡々と告げられて、ユイハルは反応に困った。
ラースがろくな幼少時代を送ってこなかったのは、言葉の端々からなんとなく伝わる。
自分を大事にできないのは、大事にされてこなかったからなのか。
母親の部屋だけが綺麗に保存され、自分の部屋の床を焦げ付かせたまま放置していたこともそうだ。
ついこの間まで湯殿の片隅の、藁の上で寝起きしていたというのだから本当に信じがたい。
――なんで、誰も、こいつに……。
こみ上げそうになった怒りを、必死に押し殺す。
ラースは、触れれば折れそうな華奢な体をしている。顔も少女じみているし、表情も乏しくていかにも弱弱しく見える。
だが、中身は結構図々しいし、やたらと強いことももう知っている。
それでも、あれこれ口出ししたくなる。
あまりに生活力がないから。
ユイハルはぐっと奥歯を嚙んだ。
踏み込むべきじゃない。
邪神のことが片付けば、ユイハルがこの屋敷に滞在する理由はないのだから。
「すまない」
「へ?」
自分の考えに没頭していたユイハルは、急に謝られてつい間抜けな声を出した。
「余計なことを言ったな。……邪神の件が片付いて――」
ラースから切り出されるとは思っていなくて、ユイハルはドキッとした。
「そなたの行く道が決まり、もしもまたここで暮らす気になったのなら」
「……え?」
ラースの言葉を遮ってしまった。
こいつはいったい何を言い出そうっていうんだ?
「修行が途中だろう? それに、ミケのこともある」
「ああ……、ミケな……確かに放っておけないな」
ラースとグーに子供の世話を任せるなど不安しかない。
ユイハルを子守として、浄化係として便利に使いたいだけのようだ。
なんとなくがっかりして、とっとと用件を済ませることにした。
バルコニーへ出て、ラースを手招く。
「グーから預かってた、素材があっただろ?」
もともとは錬金術の素材にするためグーが集めていたものらしい。だが、長年邪神のマナを浴び続け、ダメになった。
グーが言うには、巡り巡って新たな邪神が立ちかねないやばい代物らしい。半信半疑ではあるが、仕方ない。神聖力を込めてせっせと壊しているところだ。
「このところ、壊れづらくなってるんだよ。マナの流れが悪くなっているのかも。ちょっと見てほしいんだ」
ユイハルはそこでようやくマズいことに気が付いた。
「あー、ごめん。グーに頼んだほうがよかったかな。おまえ、俺の力で具合が悪くなるよな」
「グーは今、ミケについている。ならばそなたのことは私が見るのが道理だろう」
ラースは普通に頷いたあと、「グーに任されているからな」などと無表情ながらもどこか誇らしげに言った。
こいつの、グーに対する絶大な信頼感は何なんだろうな。
ユイハルが胡乱な目つきになりかけたその時、ラースはついでのように言い足した。
「それに、そなたも上達しただろう。むやみに神聖力をあたりにまき散らしたりしないはずだ」
「お……おう」
急に認められては、調子がくるってしまう。
「邪神もおとなしいようだし」
いや、これは……、認められたのか?
でも確かに、邪神も『ふん』とつぶやいただけでおとなしい。
ユイハルは首を振って気を取り直し、黒々と炭化した枝を手に取った。
マナを巡らせ、本来ならここで一気に力をかけて壊すのだが、今は少し迷いがある。
ラースと一緒に火口へ素材を取りに行って以来、思うのだ。
これはもともと、どんな姿だったのだろう、と。
ラースが採取してきた火山燕の巣は、枯草や泥でできていた。お世辞にもきれいとは思えなかった。だが、彼がそれをユイハルの手に乗せた途端、考えが変わった。そこから火山にも似た荒々しいマナを感じたのだ。ただ、圧倒された。
ならばグーから預かったこの素材たちも?
今は禍々しさしか感じられなくても、もともとは凄いものだったのでないか。ある種、敬意のようなものがユイハルの中に芽生えたのだ。
元の姿が見たい。
「あ、まただ……」
余計なことを考えているからなのか、ユイハルの手の中で枝は黒々した姿を保ったままだ。
つついても崩れない。
むしろますます強固になった気がする。
チラリとラースを見ると、彼は一心に素材を見つめていた。
「これは――」




