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3 ラース、気まずさを覚える

 ラースは藁の上で目覚めると、わざわざ人間に戻ってベッドに潜り込み、そしてすぐにカピバラに戻った。

 洗いたてのシーツの匂いなど、カピバラには馴染まない。

 だが――。


 ドンドンドンと、遠慮のないノックの音がして、ユイハルが入ってきた。

「お、カピ。おはよう。ラースはもう外か?」


 ここにいるのだが、ラースはとりあえず沈黙を選んだ。

「あいつちゃんとベッド使った?」


 言いながら、ユイハルは乱れたシーツをきれいに直し始めた。

 そのさなか、何か発見したらしく彼はそれを取り上げまじまじと眺めた。


「……藁」

 ラースは内心ギクッとしたが、ユイハルは無言でカピの巣へ藁を投げ入れた。

「カピ、もうすぐ朝食だから、ラースのことを呼んできてくれないか」

 一つ頷いて、外に飛び出す。


 みんなで掃除と洗濯をしたあの日以来、ユイハルはこうしてラースがベッドを使っているか見に来る。

 人間らしい生活を送れ、などと言って。

 ラースとしてはそんなものより、カピバラとしての快適さのほうが好ましい。


 温泉に入ってから食堂へ向かうとすでにミケとユイハルがせっせと配膳していた。

「少し手狭ではないか? 私の分は――」

 並べなくていい。そう続けたかったのだが、ユイハルは“手狭”のほうに気を取られたようだった。

「そうか? 充分だろ」

「それでも――」


 言い直そうとしたところで、グーが大あくびをしながらやってきた。

「なんじゃ、まだ準備がすんでおらぬじゃないか」

「のんびり屋が二人もいるから、見計らって準備してるんだ。丁度だろ」


 これにはグーも黙るしかない。


「ラースさん、今日もお茶しか召し上がらないんですね……」

 ミケの寂し気な声に胸のあたりにチクチクした痛みを感じつつ、食事を終えたらそれぞれ解散だ。


 ユイハルは食事の片づけ、ミケは錬金術の修練、グーがそれを見守っている。

 ラースはカピバラ姿で扉の外からミケの様子を窺った。


 錬金術というのは非常に根気のいる術だ。

 精緻な魔法陣を描き、準備した素材の魔力量から、必要な分量を計算し、一分の誤りもなく量る。

 ミケは驚くほどの集中力でそれをこなすが、本人的にはまだ納得がいかないらしい。


 少々大雑把なところのあるラースにはその違いを理解することは難しい。

 ラースは彼らに背を向けた。


 森へ向かったラースは、ほどなく鹿型の魔獣の群れを見つけた。

 カピバラのまま屠ってもいいが、少し考えて人の姿になって屋敷から剣を呼び寄せた。


 剣が届くまでは、魔獣の攻撃を軽くいなしながら時間をつぶした。

 いい勢いで飛んできた剣をつかんでも、すぐに倒す気にはなれなかった。

 なんだか、手持ち無沙汰だったのだ。


 妙な気分だ。

 カピバラとして好きな時に食べたり休んだり、温泉でのんびりするのが合っていると思っていた。

 だが、今は、自分だけさぼっているようでなんだか気まずい。


 森の外のことを思い出す。マナが不足して荒れた土地のことを。

 ユイハルもミケも、邪神のことが解決したら屋敷を去るだろう。自分の成すべきことをするために。

 私には、何ができるのだろうか……。


 少しぼんやりしていたところ――。


「ラース!」

 ユイハルの叫ぶ声を聞き、ラースはとっさに魔獣を切り伏せる。

 一頭ユイハルの元へ向かってヒヤリとしたが、彼は案外落ち着いて魔獣を倒した。

 弟子の成長を目の当たりにして、一瞬誇らしい気分になった。だが今はそれよりも、彼がなぜここにいるのかが問題だ。


「ユイハル、何かあったのか」

「それはこっちのセリフだ!」

 ユイハルはすごい剣幕でそう言って、ラースの肩をつかんだ。

「ケガはないのか!」

「特にない……」


 答えを聞きもせず、ラースの体をあちこち点検すると、彼はようやく認めたらしい。大きなため息をついた。

「おまえの剣が、ぶっとんでいったから……」

『だから我が、何もないと言っただろう』

 瓶詰邪神がユイハルの懐から口を挟んだ。


『コイツをどうこうできる奴なんているか。もっとも、我が本気を出せば』

 などと何か言っている。

 そちらはどうでもいいが、ユイハルに心配されるのはむず痒い。

「片づけはどうした」

「終わったよ」


 とはいえこの屋敷でユイハルは結構多忙だ。家事、邪神の世話、邪神の影響を受けすぎた素材の浄化。もちろん、修練も欠かさない。

 対するラースはこうして、魔獣を倒すことくらいしかできぬというのに。

 ラースはそわそわと森を見回した。

 何か他にできることは――。


「ユイハル、鹿はさばけるか」

「魔獣は食べられないぞ」

「知っている」


 そもそも、魔獣は生を歪められた存在なので、倒せば基本的に魔石に変わる。死体は残らない。


「鹿、食べたいのか?」

「いや、私は食べない。だが、子供達には肉が必要だろう」

「さりげなく俺も子供に混ぜてねえだろうな」

「もちろんだ」


 もちろんまだ子供だと思い、ラースはきっぱりと頷いた。

 するとユイハルはまたしても大きなため息をついた。


「肉ならグーが買ってきてくれたから、狩るなら鳥にしといてくれ。羽をむしるくらいは手伝えよ――いまじゃねえよ!」

 さっそく行こうとしたところを、引き留められてしまった。


 ラースは無言で、掴まれた手首を見下ろす。

 ユイハルはハッとした様子で手を離し、かわりにその手を首に持っていった。


「それよりラース、ちょうどいいから付き合ってくれないか」

「修行か?」

 ユイハルが固い顔で頷いた。




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