6 ユイハル、吹っ切る
「世界はもっと面白いぞ」
そう言った時、ラースはほのかに笑ったように見えた。
見間違いか勘違いだと言い切られれば、反論する自信はないけれど。
ラースはいつも無表情すぎる。だから、ささやかな表情の変化でもすごく珍しいものを見た気分になって、ユイハルは一瞬呆けた。
その隙をつくようにして、ラースは「火口へ行く」などと気軽に言ってさっさと駆けて行ってしまった。
追いかけようかと思ったが、ユイハルも仕事を託された。
「マナのこもった石を探せ……、だったっけ」
ラースはさも簡単なことのように言っていたが――、火口からは恐ろしいほどのマナがあふれている。石ころの微弱なマナを探すなんて無理なのでは。
弱気になりかけてユイハルは首を振る。
「できると思ったから、置いていったんだよな」
気合を入れるためひとつ頷いて、あたりに目を配る。
いや、目で見たところで分からないだろう。
ふと思い出したのは、錬金術師として育てるべく、グーが連れ帰った少年の言葉だ。
彼はグーを見て、大自然がどうとか言っていた。そしてラースも、最初に呼吸法を教えてくれた時に言っていた。
「身の内に流れるマナを知り、自然界を巡るマナ知る。だったよな……。なら、まずは呼吸から」
ユイハルはその場に座り込み調息を始めた。
そうして静かに巡るマナの中に身を置けば、目で見るよりもずっと明確に、生き物の気配やマナの濃淡がわかるはずなのだ。
残念ながら、ユイハルはまだマナを使いこなせていない。
それでも探す。先に見つけたのは魔獣のほうだった。
向こうもこちらに気づいたようだ。
ユイハルの足よりも大きな――ネズミ型の魔獣だ。しかも五匹も。じりじりと間合いを詰めてくる。
一瞬焦ったが、ラースたちの暮らすあの森の魔獣に比べたらずいぶん弱い。落ち着いて対処することができた。
「もしかして、修行の成果かな」
口元を緩ませたユイハルだが、地面に転がった魔石を見て、ふと黙り込んだ。
これを教会に持っていけば、聖騎士としての実績を積める。
ユイハルは魔石を拾い上げ、手のひらの小さな魔石をじっと見つめた。
「いや、やっぱり……」
目を閉じて、魔石を握りこむ。
ユイハルは静かに目を開いた。指の隙間から魔石だったものがサラサラと零れる。砂のように見えるそれが地面に落ちることなく光の粒になって消えていくのを見て、ユイハルはホッと息を吐いた。
フィデーア様の力で、自然に還元されたのだ。
「まずは邪神のことを解決する。もう決めたことだ」
ラースとグーと共に過ごして気づいた。おそらくグーはこの邪神を滅することができるのだ。
それでも、ラースを生かすためにあえて半端な状態で抑え込んでいる。
彼らはずっと、探していたのではないか。
ラースと邪神を引きはがす方法を。
途中で放り出すなんて、ごめんだ!
ユイハルはマナのこもった石の気配を探りながら、ゆっくりと山を登って行った。
一つ、二つと広い進めるうち、火口からあふれるマナはますます濃厚になる。だが、ラースのマナ――というか邪神の気配はうっすらと感じられた。
「なんだ、……そっか」
ラースを探すのは、小さな石ころを探すよりもずっと簡単だった。
「もう探し回らなくても済むかもな」
ユイハルは苦笑してラースと合流した。
火口で見た光景は、予想外のものばかりだった。まさか火山に湖があるなんて知らなかったし、そこで暮らす燕にも驚かされた。
ただただ景色に圧倒された。
「すげえなぁ!」
叫んでしまった。
ラースにとっては、珍しくもない光景なのか、非常に余裕なのが癪に障った。
けれどわざわざこれを見せるために、彼は用事がすんだはずの火口へ引き返してくれたのだ。そう思えば、やはり悪いやつではないのだと思う。
説明不足だし、不愛想だが。
感謝の言葉を口にしようとしたら、毒ガスがどうとか言い出すので引っ込んでしまった。
そこまでは楽しい思い出だったのだが……。
帰り道はひたすら走らされた。
「歩法を教えていなかったな。今から教える。マナを使え、体で覚えろ!」
「ちょっ、待てってラース! 早っ!」
いかにも体力なんてなさそうな華奢な体つきのくせに、ユイハルが追い付くこともできない。
しばらく走るとカピが道の先で悠々と草を食べていて、追い付くとまた駆けて行ってしまう。
「カピもかよっ!」
思わず恨めしく叫んでしまった。
いや、叫ぶ元気があるのだからまだ走れる。
そう思って気合で走っていたら、ラースが道の先で待っていた。
「ユイハル、マナを使えていないぞ。体力だけで追いついてくるのはさすがだが、それだけは私に追いつけんぞ」
そう言ってまた駆け出す。
一日走って、体力の限界になると近くで野宿する。
瓶詰の邪神が『酔う』とかなんとか文句を言っていたが、改善してやる余裕もない。
次の日には少しコツをつかんだのか、短い間だけならマナを使って走れるようになった。
自分の体ではないような素早い動きに感動していたら反動ですっころんだ。
立ち木にぶつかりそうになったところでふわりと風に抱き留められ、カピが魔法で助けてくれたのだと知る。
「カピーッ!」
感激のあまり抱きつきに行ったらひらりと避けられた。
カピとラースは、どことなく似ている気がする。
懐いたと思っても、どっちも肝心なところでつれない。




