3 ラース、話し合いを見つめる
毛玉のように顔を覆う真っ赤な髪。栄養不足でガサついた手。
ラースは、話しかけられたことよりも、その姿に虚を突かれた。
あっけにとられているうちに、毛玉は意外なほど素早く駆けていく。……かと思えば地面に倒れ伏した。
ユイハルが駆け寄って抱き上げたとき、少年は弱弱しい抵抗をした。
「放せ! 教会の手下め!」
「え?」
ユイハルの手が一瞬緩むと、少年はグーを目指して駆け出した。
「助けてください! 名のある魔法使いとお見受けします!」
「そこでグーを選ぶとは、なかなか見どころがある」
「おい、ラース!」
ラースとユイハルのやり取りを聞き、少年は小さく「グー……?」呟いた。
「まさか、かの大魔法使いグースレウス様でいらっしゃいますか!?」
少年は前髪がどこかもわからぬようなぼさぼさの髪をしていたが、その奥からじっとグーを見つめているのはわかった。
グーは何やら楽しそうに眉を上げた。
「いかにも。じゃがここは話をするには向いていないようじゃ。一緒にくるがよいじゃろう」
場所を宿に移したのだが、少年がグーの背中に張り付いてハリネズミのように警戒心をむき出している。
主に、ユイハルに向けて。
彼の方も少し様子がおかしい。いつものように「俺は聖騎士だ」などと騒ぐこともせず、うつむき唇を引き結んでいた。
ラースは重たい前髪の奥でわずかに眉をひそめた。
邪神の再封印のためにも、ここで彼に抜けられては困る。
「彼のことなら心配いらない」
視界の端でユイハルが顔を上げたのが見えたが、ラースは構わずまっすぐ少年を見つめた。
「確かに彼は聖騎士らしいが」
「らしいってなんだ。聖騎士だ!」
憮然とした声で訂正が入った。それを聞き、ラースの口の端が自覚もないままわずかに上がる。
「今、彼は訳あって私たちの協力者だ」
ミケはまだ不審を隠さずにいる。
「ユ――そなたはどう思う」
「ユイハルでいいって」
ユイハルはため息とともに、荒っぽく短い髪にぐしゃっと手を突っ込んだ。
ふと気づいたのだが、それでなくとも狭い部屋の中、入り口に四人の男が固まっているのは妙だと思い、ラースは手近なベッドに腰を下ろした。
グーがそれを見て、ミケをもう一つのベッドに座らせる。
この部屋は、ラースとグーが泊るはずの部屋だ。ユイハルは邪神のこともあるから別室にしている。
それに、夜くらいはカピバラとなってのびのび草を食んで過ごしたい。
余計なことを考えずに入られないほど、ユイハルの逡巡は長かった。
やがて彼は口を開いた。
「俺は、親を魔獣に殺されて教会に引き取られた。そこには似たような境遇の子供たちがいて、寝る場所や食べるものをもらって、戦うすべを教えてもらった。だから、教会が間違っているって言われても、信じられない。……だけど、ラースやグーが噓を言っているようにも思えない」
ユイハルの言い分ももっともだ。教会のやることすべてが悪とも言い切れない。
「……だけど、実際。魔石を悪用してるじゃないですか」
「そのことだって知らなかったんだ! 魔石を集めるのは邪神を弱めるためだと言われていた。この国のためだって……」
互に折り合いをつけるのは大事だが、この話し合い、どうやら長引きそうだ。
ラースは干し草の詰まった荷物を開けた。
そしてカピバラになってむしゃむしゃ食べ始めた。
大いに話し合ってくれという気持ちであり、邪魔するつもりは欠片もなかったのだが、ユイハルが「ん?」と呟いてこちらを見た。
「カピ!? ラースはどこに行ったんだよ! ほんとマイペースな奴だな!」
もしゃ。
なんとなく気まずい思いで、食べかけのまま口を閉ざすと、ユイハルは頭を押さえておざなりに手を振った。
「いいよ、カピは悪くない。食べてて」
少年のほうは、グーの袖に縋りつきながら何やらぶつぶつ言っている。
「カピ……? いや、でも、マナの流れは同じ……」
どうやらこの少年、見た目に騙されず一瞬でラースの正体を見抜いたようだ。
やはりユイハルは相当鈍いのではないか?
もしゃもしゃしながら、横目でユイハルを見ていると、彼は大きく息を吐いて気持ちを切り替えたようだった。
「まあ、そうだな。食事は大事だ。お前、お腹空いてるだろ?」
少年は、気の抜けた様子で素直にうなずいた。




