2 ユイハル、揺らぐ
騎士団の詰め所に行くと言ったら、なぜかラースがついてきた。
さすがに中に入るとまでは言わなかったが、建物の傍に立つ彼はずいぶん頼りなく見えた。
「攫われるなよ?」
「なんの心配をしている」
鼻で笑われてしまった。
ラースが華奢な見た目に反して強いことは知っている。それでも、姿勢よく佇む姿はどう見ても育ちの良い子供で――いや、王子さまなんだったか……。
ユイハルは首を振り、さっさと用事を済ませることにした。
詰所の中は入って正面がカウンターになっていて、そこで魔石の受け渡しや報告ができるようだ。隣の部屋は来客対応中だろうか、何か怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。
ユイハルが魔石を持ち込みではなくただの生存報告だと告げると、カウンターの向こうの神官は舌打ちでもしそうな顔つきだった。
ユイハルからしても、手ぶらで来たのは恥ずべきことと感じるので、文句も言えなかった。
けれど報告義務を怠れば、よくて聖騎士としての地位を剝奪。悪くて逃亡者扱いで追われる身となる。
その時、話が終わったのか扉の向こうから派手な服装の男が出てきた。
「お、魔石を持ってきたのか?」
「いえ、違います!」
ビシッと背筋を伸ばして答えると、派手な男はハッキリと舌打ちした。
「なんだ、役立たずだな! 誰がお前ら聖騎士を食わせてやってると思ってるんだ」
「……え?」
どういうことか聞ける雰囲気ではなかった。
「あの人はいったい」
「魔石加工者だよ。偉そうにしやがって」
神官の不満は、各方面へ向けられているようだった。
ため息を堪えて外に出ると、ラースがおらず代わりにカピがぽつんと立っていた。周りの視線を集めていて、居心地が悪そうだ。
「カピ!」
声をかけると、カピが一目散に走ってきた。
「キュイ!」
「大丈夫か? 嫌なことをされたりしなかったか? ラースはどうしたんだよ、攫われたわけじゃないんだよな?」
キョロキョロするユイハルに対してカピはまったくのマイペースだ。ついてこいと言うように、とてとて歩き出した。
この様子ならおそらくラースは無事なのだろう。
ほどなく人気の途絶えた路地裏で、グーと合流する。
「ラースはどうしたんじゃ」
グーも行方を知らないらしく、何やらカピを呆れた顔で見下ろしている。
「キュイルル……」
「ふむふむ、そうかそうか」
何を話しているかはわからないが、グーの目つきがだんだん厳しいものになっていくのに、ユイハルは我慢できずに割り込んだ。
「グー、カピをあまり責めないでやってくれ! 悪いのはラースだろ」
すると、グーは何やら額に手をやり空を仰いだ。
「ふーむ、まあ、そういうことになるのかのう……。カピ、見てないでラースを呼んでくるんじゃ」
「キュル!」
「一人で大丈夫か?」
ついて行こうかと思ったが、グーに止められる。
「あー、カピについては心配無用じゃ。ラースもほれ、戻ってきた」
「ラース! カピをあんなところに立たせておいてどういうつもりだ。危ないだろうが!」
「いや、その……。カピは平気だ。それより用事はすんだのか」
カピのことになると、彼はどうにも挙動不審になるようだ。……いったい何なんだ?
ユイハルは片方の眉を上げたが、ひとまず聞かれたことに答える。
「うん。支援品ももらってきた」
「支援品?」
妙なところに興味を持つものだ。ラースとグーが見たがったので、ユイハルは食料や聖水を見せた。すると無造作にグーが聖水の蓋を開けるのでユイハルは目を見張った。
「ふむ。ただのアルコールじゃな」
「え!? 飲むなよ」
「こんな不味いものは飲まぬよ」
「……だけど、この聖水、確かに役に立つんだ」
「そりゃおぬしが持っていれば本物になるじゃろうな」
グーはニヤリとした。ユイハルは言葉に詰まって聖水の瓶を見つめる。確かに、この瓶からはフィデーアさまの加護の力を感じられない。
けれど聖導者様は、神に祈りを捧げた特別なものだと……。
ぽすっと、大きな手が頭に乗った。ユイハルは、きつく寄せていた眉をふと緩める。
「それはそうと」
話題を変えるとともにグーはすぐ手をひっこめたが、子ども扱いされたと気づいて、ユイハルは思わず口をひん曲げた。
「わしはマナの集まる場所のほうを見てきたんじゃが。どうやら魔石からマナを取り出して別のものに詰め替えているようなんじゃ」
「では、先程馬車で国外に持ち出していたのはそれか?」
「え!? それって大丈夫なのか?」
前にラースは土地の力は土地に還すべきだと言っていたのを思い出す。
「大丈夫ではないから、土地がやせ細っているのだろう」
ラースは落ち込んだ顔を見せなかった。本心を隠されたと思えばなぜか余計に気にかかる。
「飢饉が起き、人が大量に命を落とすようなことがあれば、むしろ新たに邪神が立つこともあるじゃろうな」
ユイハルはハッと顔を上げた。
二人の言っていることは、明らかな教会への批判だ。
ユイハルは長年努力を続けて聖騎士になった。
そのことを誇りに思っている。
けれど二人を責める言葉は出てこなかった。
「知らないんじゃないのかな……。だったら報告しないと」
「――知ってるに決まってる!」
いつの間にか、ボロボロの子供が傍にいた。




