1 ラース、空の魔石を発見する
錬金術師を探す。それがこの旅の目的だ。
だが、その情報は全くと言っていいほど見つからない。
結界の外へ出てみてラースが知ったことは、土地の力が弱まっていること、国が傾きつつあることだった。
この国の元王子として、何も感じないと言えばうそになる。
だがカピバラにはカピバラの本分がある。
まだ夜も明けきらないころから起き出して、ラースはもしゃもしゃと草を食べていた。
グーは昨夜、宣言通り酒を飲んで寝おちして、まだ幸せそうな顔で眠っている。
隣の部屋ではユイハルが邪神を抱えて眠っているはずだ。いや、添い寝は断られたんだったか……。
彼らが起きだして朝食を済ませたあと、改めて行く先を告げるとユイハルは首を傾げた。
「魔石の集まる街がある? 教会じゃなくて?」
「教会が魔石を集めて、その後どうするかは聞いたことがないのか?」
「聖騎士は、自分の仕事を全うすることを第一に考えるものだ!」
やはり、ユイハルは何も知らないらしい。
彼の無知というか無関心ぶりに、ラースは危ういものを感じ、そっとグーに念話を送った。
「(教会が怪しいと、教えるべきだろうか……)」
「(難しいじゃろうな、わしらの口から言っても信じるとは思えん)」
「(それはそうなのだが……)」
ラースたちの屋敷は北の果てにあったので、一行はひとまず南へ南へと向かっている。
話に出た魔石の集まる街、ガイアルに行くため東へ進路変更だ。
「ガイアルなら知ってる。すごく豊かな街だって、先輩方が言っていた」
ユイハルは屈託なく答えた。
「ガイアルからさらに南下すると、俺のいた聖騎士団の拠点があるんだよ」
「というと、邪神が目覚めたあたりかのう」
「そうだ! ――こいつじゃなくて本物の邪神だけどな」
ユイハルは瓶詰邪神を入れた袋を嫌そうに見るが、残念ながらそれが本物だ。
「聖騎士団はもともと、邪神監視のために集められたんだ。今では浄化がだいぶ進んだから、見習いや新人を育てる場所になっている」
それならなぜ、ユイハルが北の果てまでやってきたのかと問えば、彼はどこか決まり悪そうに答えた。
「……だれも行きたがらないって聞いたから、困ってる人がいるんだろうなって思って。だけど実際行ってみたら、魔獣が森から出ることは稀だって――」
ユイハルの目からだんだんと力が失われていく。
邪神の結界を壊したこと、なんだかんだ魔石を得られていないことを思い出しているのだろう。
そうかと思うと彼は一人で立ち直る。
拳をギュッと握りしめ、「修行は無駄にならない!」などと呟いている。
それには同意だったのでラースもうなずく。
「カピにも会えたし」
そちらは、どうにも頷きづらい。
ガイアルは確かに栄えていた。
教会やその周辺の建物は贅を尽くしきらびやかな外観で、行きかう馬車や人々も派手だ。たっぷりと布地を使ったローブやドレスは昔ならば王侯貴族しか纏えなかったような上質なものだ。だが、非常に違和感がある。
「……なんだ? マナが薄い?」
ユイハルもそれに気づいたようだった。
「じゃが、一方で非常に濃いマナを抱えている場所もあるようじゃ」
グーが険しい顔を向ける先に、教会の尖塔が見えた。
その表情に、ユイハルが戸惑ったように口を開きかけたそのとき――。
一台の馬車がラースたちの前を横切った。
そこから濃厚なマナの気配を感じた。
「グー、私が追う」
ラースは言うなり屋根に飛び乗って、馬車に気づかれぬよう追いかけた。
馬車は国境門を抜け、隣国へと続く道を走っていった。
「……あれはなんだ?」
ラースは低くつぶやき考え込んだ。
魔石だとすれば、相当大きな魔獣を倒さなければ得られないようなマナの濃さだし、魔岩石や魔木などの貴重な素材だとすれば、あれほど大量に他国へ持ち出す意味は何だ?
グーたちの元へ戻ると、二人は土産物屋を覗き込んでいるところだった。
「グー、それは――」
「うわ! びっくりした! 戻ったんならそう言えよ!」
グーに話しかけようとしたら、ユイハルに怒られてしまった。ラースはやや憮然としながら答える。
「……戻った」
「いや、そうじゃなくて」
ユイハルはまだ何か言いたげだったが、グーが手招くのでそちらを優先させる。
――というより、もともとグーに話しかけたつもりだ。
「魔石を加工したもののようじゃ」
「マナが空だな。……錬金術か?」
いなくなったとされている錬金術師、他国へ大量に運ばれていったマナを含んだ何か。
そして空の魔石。
ラースは眉を寄せ考え込む。
「……あのさ。この街にも騎士の詰め所があるみたいだから、俺、ちょっと報告に行ってきていいかな」
ユイハルが遠慮がちに挙手をした。




