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訳あり王子はカピバラライフを満喫中!~邪神を封印したのだが呪われて、追放されたので温泉を作ることにした~  作者: 山端のは
煮炊きの匂い

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6 ユイハル、言葉を飲み込む


「私の中の邪神が暴走したら――、そなたが私を殺してくれ」


 ラースの言ったことが、耳から離れなかった。

 どういうことなのか問いただしたくても、今日彼は夕食の席にも現れなかった。

 グーはすっぽがしがちだが、ラースは毎回、食べなくても席にはついていたのに。


 二人を待っていたせいで、スープもすっかり冷めてしまった。ユイハルはむくれ顔で何口か食べたあと、ため息をついた。

「こんなに静かだったかな……」

 窓から外を見ると、ぽつぽつと雨が降ってきた。


 一人で食べて片付けているうちに、だんだん、腹が立ってきた。

 ユイハルは足音を立てて階段を上り、ラースの部屋の扉をたたいた。

「ラースいるんだろ!」


 だが、部屋の中はしんとしていている。寝ているにしても静かすぎる。

 普段ならしない行動だが、なんせその時ユイハルはいらだっていた。なので返事も待たずにドアを開けた。

「らー……」


 呼びかけた言葉が途中でしぼんでしまったのは、どうにもおかしかったからだ。

 空気がよどんでいる。

 薄暗い部屋の中は長らく使われていないようで、埃っぽい臭いがした。

 床は何やら焦げた跡があるし、一歩足を踏み入れれば、薄く積もった埃に自分の足跡がついてしまう。


 以前聞いたとき、確かにここが自分の部屋だと言っていたはずなのに……。

 ふいに空が暗くなり、窓の外に雷光が閃いた。遅れて、ゴロゴロごろと不気味な音が響き渡る。

 ゴーストハウスにでも紛れ込んでしまったような気分で、ユイハルはぞっとして後ずさった。

 

 怖くなってグーの部屋に飛び込むと、彼の部屋は明かりがついていた。ホッとしてしまった。彼は長い髪を弄びながら何か考え事をしているようだった。


「グー!」

 呼びかけながら、念のため腕をつかんでみると、ちゃんと感触があった。

「なんじゃ、どうした?」

「いや、生身だなって」

「生身かどうかはわからんぞ?」

 きょとんとしていたグーが、ニッと笑ってよく分からないことを言うので、ユイハルは強めに断った。


「今はそういうのいいから! それより、ラースがどこにいるか知らないか?」

「うん? 湯殿におらんか? そこにいないなら露天風呂――ああ、雨が降っておるのか。ならば屋敷のどこかにはいるはずじゃ」

「本当にいるんだよな……?」

「どういう意味じゃ」

「あいつの部屋、使ってる形跡がなかった」


「そうなんじゃ、ラースはいつも湯殿で寝ているからのう」

「湯殿で、寝てる……?」

 あんな、雨風が吹き込んできそうな場所で?

「なんで、あんな場所に寝かせておくんだ! それも修行のうちだっていうのか、あいつはまだ子供なのに!」


 グーは一瞬、虚を突かれたような顔を見せた。だが、何も言わず目を伏せてしまう。

 ユイハルはその様子を見て息を詰まらせ、癇癪を起しそうになった。

「そんな……、そんなんだからあいつは――っ!」


 ユイハルはぐっとくちびるを嚙んだ。

 勢いに任せてぶちまけてしまえるようなことではなかった。ユイハルは腹のあたりで服を握りしめ、荒くなった息を整える。震える指を引きはがすと、そのままグーに背を向けた。


 湯殿にラースの姿はなかった。

「寝床って、まさかここじゃないよな……」

 湯殿の隅の方に、木くずの敷き詰められた空間があった。カピならともかく、ラースのような華奢な少年がこんなところで寝ているなんて信じがたかった。


 ユイハルはすぐに湯殿を後にして、あちこち探し回った。

 するとほとんどの部屋が、使われず放置してあることが分かった。

 ラースはいったいどこにいるんだ。

 ほとんど意地になって次々部屋の扉を開けていく。


 あとはもうここだけだ。


「ラース!」

「キュ」


 すぐにカピの小さな返事が聞こえてきた。

 ユイハルはノブに手をかけたまま、部屋の中を覗き込み呆然とつぶやいた。

「……なんだここ、図書室……?」


 他の部屋に比べて、この部屋は人が使っている気配があった。ラースがいるのかと思って中に入ると、机に向かって本を開いていたのはカピだった。

 一瞬、その光景を妙に思うが、カピだからな。いったん流して、図書室内を見て回る。

 やはりラースの姿はない。


 少し疲れてしまって、ユイハルはラースの隣に座り、本を覗き込んで驚いた。

「え、読めない……? なんだそれ、古語か? ここの本、みんなそうなのか――」


 グーやラースが、百年前の人というのは、本当なんだろうか。

 ラースの動揺に構ったふうもなく、カピは器用にページをめくった。

 そこに描かれた挿絵を見て、ユイハルはハッとした。


「フィデーア様だ」

 カピもラースのことが心配なのかな。

 そっと腕を伸ばし、カピの頭を撫でてみた。カピはちょっと驚いたようだったが、逃げ出すことはなくなでさせてくれた。


「カピからもラースに言ってやってくれよ。……朝食にはちゃんと来いって」

 言いたかったことはもっと別にある気がした。けれど胸のあたりでわだかまって、うまく言葉にできそうもない。

 結局その日はラースに会うことは叶わなかった。

 窓の外では雨が降り続けている。




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