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訳あり王子はカピバラライフを満喫中!~邪神を封印したのだが呪われて、追放されたので温泉を作ることにした~  作者: 山端のは
煮炊きの匂い

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5 ラース、光を見る

 夕方、約束通りユイハルの剣の修行を見てやると、驚いたことに呼吸がかなり良くなっていた。


「こちらの修行も続けていたのだな」

「当然! 俺は聖騎士だぞ。邪神の件が解決するまでは世話になるつもりだけど、俺の目標は立派な聖騎士になって世のため人の為役に立つことなんだから!」

 ユイハルはなにやら熱く燃えている。


 ラースからすると、教会とやらにはうさん臭さしか感じ取れないのだが、ユイハルにはしっかりと帰属意識が根差しているらしい。

 マナを知ればこちらから何も言わずとも、そのうち真実に気づくだろう。

 それに、彼の持つ神聖力は正す力。悪用などできるはずもない。


 ユイハル自身が、利用されることはあっても……。

 その時、何やら胸のあたりがチクッとした。ラースはわずかに首を傾げたが、すぐに余計なことだと振り払った。


「少し打ち合おう」

 その提案にユイハルは喜んで乗ってきた。

「まだ力んでいるぞ。重心はもっと低く! 上ばかり見るな、足元にも注意を払え! 自分より大きな相手は、まず足を狙うんだ」


 ユイハルはラースの教えを少しずつ吸収していった。




 それから数日後。

「今日は魔獣を倒してみるか?」

「行く!」


 ラースも剣を携え、ユイハルを連れて屋敷の裏にある山の方へ向かった。

「山の中腹には毒ガスが噴き出しているところがある。危険だから一人で行くな」

「毒!?」

「あれはいわば大地の呼吸。神聖力でどうにかできるものではない。だが、恐れすぎるのもよくない。山は恩恵もくれる。温泉とか」

 しばしうっとりしていたラースだが、ふと足を止めた。


 魔獣の痕跡に気づいたのだ。

 こんなときグーならどうするか。――むろん、ユイハルに見つけさせるのだ。


「何か感じないか」

「え?」

 ユイハルはあたりに目を走らせた。

「そうではない。マナの乱れを感知してみろ」


 ユイハルは頷いて、調息するときのような深い呼吸をした。

 邪神の気配の濃淡はわかっても、わずかな痕跡を探すのはまだ苦手なようで、遅い。

 だが、その結果もまたユイハルの修行に使えるだろう。


 ラースの耳は、枝を踏むパキッという音を拾っていた。

 別の方向から草をかき分けるかすかな音も。


「囲まれたな」

 ラースのつぶやきに、ユイハルはあからさまな隙を見せた。

 その瞬間「アオォォオオンン!」と声が響いて、あたりから一斉にオオカミ型の魔獣が飛び出してきた。

 まずは一匹、切り捨てる。


「そなたは奥の一番大きいのを倒せ」

「え、それ、ボスでは!?」

「残りは私が片付ける」


 ラースは立ち位置を変えぬまま、次の二体も切り捨てていた。どさり、と、いまさらのように魔獣が地面に崩れ落ちる。

 チラリと見ると、ユイハルは構えもせず、やや青ざめた様子でこちらを見ていた。

「やっぱり、こいつ教官よりも、ずっと……」

「どうした、怖気づいたか」


「いいや、やってやる!」

 ユイハルは自分に気合を入れるように叫び、正面から行った。

 走りながら彼は剣を抜き放つ。

「おりゃあああっ!」


 振りかぶった剣は、オオカミの被毛をわずかにかすっただけだ。魔獣は鋭い爪を見せつけるようにユイハルに飛びかかる。彼は焦らなかった。さらに踏み込むと見せかけ、体を深くひねり、攻撃を避けて見せた。魔獣は彼と行き違い、くるりと振り向き牙をむき出しにして唸った。

 彼は腰を低く落とし、ラースの教え通り、向かってくる魔獣の足を狙った。

 「ガアアアァ!」

 魔獣が身をよじり、ユイハルから距離をとる。


 どうやら心配なさそうだ。ユイハルは相手をよく見ているし、呼吸の乱れもない。

 ラースは口元に笑みを浮かべ、残りの魔獣を仕留めて行った。


 ユイハルのほうも決着は近い。しばし向き合っていた両者。魔獣の方が、怖気づいて一歩下がった瞬間、ユイハルは首すじめがけて剣を振るった。今度こそ深く入った!


 ずしんと一際大きな音を響かせ、魔獣が倒れ伏す。

「倒し……たのか?」

 ユイハルは魔獣が塵になって消えていく様を、呆然と見つめた。

 隙だらけのその姿に、やはりまだまだだとラースは少し呆れ、彼の代わりに周りを警戒した。


 あらかた片付いたな。

 ――いや、もう一匹。


「キュウウン……」


 かすかな鳴き声が茂みから聞こえてきた。ユイハルも気づいたらしく、らーすとともに茂みを覗き込んだ。

 そこにいたのは、ろくに動けもしないような、幼すぎる魔獣だった。いや、魔獣としても未完成なのかもしれない。敵意が感じられない。

 マナの歪みに巻き込まれたものの、恨みや恐怖を抱くには穢れを知らな過ぎたのだろう。


 ラースは静かに剣を構えた。

「ラース、待ってくれ!」

「これの命はもう、戻れぬところまで来ている。憐れむならなおさら、切ってやった方がいい」

「それでも……。この子のために、祈る時間くらいはくれないか」


 ラースはため息を押し殺し、一歩下がった。

 ユイハルは反対に、幼い魔獣へ近づき、片膝をついた。

「フィデーア様、この小さき魂に安らぎをお与えください」


 すると彼の祈りに答えるように、魔獣から光の粒が立ち上り、 元の姿――オオカミの子供の姿に戻った。


 ラースはふらりとユイハルの隣に行く。すると急に足の力が抜けたようだ。気づけば地面に両膝をついていた。

「おい、ラース!?」


 ユイハルの声が遠くに聞こえた。ラースは一心にオオカミの子供が光の粒になって解けていく様を見つめ続けた。

 光がすべて消えてしまえば、魔獣がいた痕跡は、指でつまめるほどの小さな魔石だけになる。

 いや、これはもはや魔石とは呼べまい。


「美しいな、これはもう玉だ……」


 ラースの目には、それが淡く光っているように見えた。真っ白な玉に誘われるように、ラースはそれを手のひらに載せた。

 邪気の欠片もなく、清らかで、穢れたラースの身には、ピリピリと痛いくらいだった。

 それでも、目を離したくなかった。


「――私も、こんなふうになれたら……」

「なんだって?」


 邪神が呪いを完成させたなら、この身は世界を滅ぼす伝説の魔獣“カヒィバーラ”となり果てる。

 だが、彼ならば――。


「私の中の邪神が暴走したら――、そなたが私を殺してくれ」

 ラースは玉を両手包み込み、額に押し当てた。

 我知らず、祈るような仕草をしていた。





(ん? だが、私の場合、どちらの姿に戻るんだ?)

 カピバラか、人間か――。

 ラースは温泉でぬくぬくしながら、首を傾げた。



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