3 ユイハル、白目をむく
「祝いじゃな!」
夕食の席で、グーが瞳をきらめかせるので、ユイハルはビシッと手を伸ばし待ったをかけた。
「飲んでもいいけど、食べてからにしてくれ。じゃないとグーは食事の途中で寝ちゃうじゃないか」
「いや、わしはとうとう発見したのじゃ! ほどよくほろ酔いになれる理想の配合をのう」
ふふん、と鼻息を荒くするグーを見てラースも彼を盛り立てた。
「理想の配合か。それはいいな!」
「うむ、見ておれラースよ」
そう言ってグーはスプーンに酒を慎重に注ぎ、水に混ぜた。
「おお! それが!」
「それはもう水なのでは……?」
ユイハルが思わず突っ込むと、二人はピタリと動きを止め、ゆっくりとこちらをみた。
そのじっとりとしたまなざし。
部屋の空気も急激に薄くなったよう。
耐えきれなくなったのはユイハルの方だ。
「うまそうな酒だな!」
親指を立てて乗り切った。
今日はここで空気を壊すわけにはいかないのだ。
ユイハルはそっとため息を押し殺し、彼らの前にパンとチーズとハム、それにスープを置いた。
グーが食料を調達してきてくれたおかげで、食卓はだいぶ華やかなものとなった。
それでもこの一週間、結局ラースはユイハルの料理を口にしなかった。
グーのとってきた木の実や果実を気まぐれにつまむくらいで。
食べなくても平気だと言われても、ユイハルにはどうしても気にかかった。
ラースは強い。それはもう疑いようもない。
だが、料理を目の前にしているときの彼は、どこか居心地が悪そうだった。途方に暮れているようにもみえる。屋敷の主だと堂々と言い放ったくせに、まるで自分の居場所はここにないと感じているみたいだ。
ユイハルは、彼の前にキイチゴのジャムを置きながら、自然と笑みを浮かべた。幼い子供に対するように。
「甘いよ。これなら食べられるんじゃないか?」
するとラースはぶるりと身を震わせた。
「急になんだ。鳥肌が立ったぞ!」
「いいから! いい加減なんか食べろよ!」
「食べている」
「火の通ったものを食べろって言ってるんだ。カピバラでもあるまいし」
「カピバラだ」
答える瞳に濁りはなかった。
ユイハルは衝撃を受けた。こいつ、自分をカピバラだと思っているのか!
そっと視線を向けると、グーは深くうなずいた。
つまりこの状況、ラースはグーを大魔法使いだと信じていて、自分のことをカピバラだと思っているってことか!?
なるほどなるほど――。やっぱりついていけないな!
ユイハルはやれやれと首を振って、無理やり食べさせるのは諦めた。
「これなら食べると思ったんだけど、仕方ないな」
ジャムの小皿を片付けようとしたら、ラースが小さく何かつぶやいた。
「……食べる」
びっくりしてラースを見ていると、彼はスプーンを手に取って、ジャムをじっと睨みつけ、やがて小さな口を開いた。
ぱくっと一口食べた瞬間その目が輝いた。だが数秒もしないうちに、彼の顔が青ざめていく。
「え、なんだ、どうした?」
ラースはピクッと体を震わせたかと思うと、スプーンを取り落とした。
それを追いかけるように、ラースの体もぐらつく。
「あ!」
ユイハルが手を伸ばしかけたときには、グーがひょいとラースを支えていた。
ラースはそのままずるずると椅子から落ち、グーの膝にしなだれかかった。
「グー、腹が痛い。さすってくれ……」
「え!?」
ユイハルは驚いて、自分でもジャムを食べてみる。別に腐ってはいないと思う。
グーは特に動揺も見せず、どこからともなくソファーを取り出した。
「いや、どっから!?」
ユイハルのツッコミにも構わず、グーはラースを膝枕して、慣れた様子で腹を撫で始めた。
ラースは険しい顔で唸っている。
ただ事ではない様子に、自分も撫でたほうがいいのか右往左往していると、見かねたグーが座るように言うので、ユイハルはその場に、つまり、床に座った。
「うーむ、ラースよ。そのジャムを作る前に祈らんかったか?」
「そりゃまあ、邪神の影響を受けているかもって思って」
「それじゃな。ラースの中には邪神の呪いが残っておるから、それで苦しんでおるんじゃろう」
「俺のせい!?」
「そこまで気に病むことでもない。ラースは昔から、腹痛だけは滅法弱いんじゃ」
「グー……ちゃんとさすってくれ。腹が痛い、死んでしまう……」
「平気じゃ平気じゃ」
見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、ラースはグーにべったり甘えている。
「カピ……カピバラ……」
「うんうん、そっちの方が辛いと思うぞ?」
などと謎の会話をしているし。
「え……、なんだこれ……」
どうにも見てはいけないものを見ている気がして、ユイハルは白目をむいた。




