7 ユイハル、歓迎される
「わかった! そうと決まれば全部壊そう!」
「ふむ、心意気は買うがのう。今すぐというわけにはいかんじゃろうな」
「どうして!」
やはり騙すつもりなのだろうか。ユイハルは身構えた。
「単純に、おぬしのマナが足らんのじゃ」
「マナ?」
聞き返すと、グーは目をキラッとさせた。
「マナとはこの世界に満ちる根源の力じゃ! 本来、魔法使いは手のひらにマナを集め、周囲のマナを引き寄せて魔法を放つんじゃが、おぬしの魔法はでたらめじゃ! 体中からマナを無駄に放出してしまっている」
「えっと、つまり?」
「制御することをを学ばねばならんということじゃ」
突然講義のようなものが始まり、ユイハルは困惑して視線を彷徨わせた。
止めて欲しいと思ったわけでもないが、そのときラースは「うんうん、その通り」みたいに頷いていた。
「もうすでに、おぬしに魔法の師がいるというのなら別じゃがのう」
「いや、そんなもの、いないけど……」
「ならば早い方がいいじゃろう! そなたには導き手が必要じゃ」
「そうだな、それがいいだろう」
ラースまで口を挟んできた。
「グーから直接指導してもらえるのだ、そなた運がいいぞ」
「よさんか、ラース。わしはそんなたいそうなもんじゃないぞ」
「大魔法使いが謙遜などするな」
まだ“大魔法使い”を名乗る気か。
ユイハルはムッとした。他のことはともかく、やはりそこは信じがたい。
「それよりどうじゃ、ユイハル。神聖力は強大な力じゃが、扱い方を誤ればこうして壊すしかできん。じゃが、正しく学べば世界の均衡を保つ大いなる力となるじゃろう」
「世界の均衡? なんか、壮大すぎて胡散臭いんだよな」
「ではそなた、我々が嘘を言っていると?」
だから、そんな無表情に言われても。
もう少し、怒ってみるとか悲しんでみるとかしてくれればわかりやすいのに。
「そなたが拒むというなら、グーの指導を受ける権利、私が奪ってしまうぞ」
「は?」
何言ってんだ、こいつ。と、ラースを見ると彼は無表情ながらもどことなくワクワクしているように見えた。
「私にも修行をつけて欲しい。構わないか、グー」
「うーむ、そうじゃのう。よし、いい機会じゃ! ここはおぬしがユイハルに教えてやればよいじゃろう」
「それではほかならぬこの私が、グーから学ぶ機会を彼から奪ってしまうではないか!」
顔面からはちっとも読み取れないが、ラースはショックを受けているようだった。
ユイハルにはそれが、やはり茶番じみて見えた。
「おぬしにはまだ指導の仕方を教えたことがなかったのう。これも修行じゃ、ラース」
「グーがそういうなら、やってみよう。そうと決まれば修行だ!」
「いや、決まってないだろ!?」
「そう急くでない。ユイハルはマナ不足じゃと言ったじゃろう。それより、もっと大切なことがあるはずじゃ」
「大切なこと……?」
ユイハルは思わず聞き返す。
するとグーは、ニッコリと杯を傾ける仕草をした。
「もちろん、歓迎の宴じゃ! こんな事態ではあるが、なんにせよ百年ぶりの客人じゃ。もてなさねばな!」
「いや、俺はまだ手伝うとは……」
「ラースよ、何かこの子が食べられそうなものをもっておるか?」
「ちょうどいいものがある」
断ろうと思った時には、ラースはもうこちらに袋を差し出していた。
戸惑いながらも袋を受け取り、中を覗いたユイハルは思わずきつく目を閉じた。
「ドングリ! やっぱバカにしてるのか!」
「……え?」
反射的にきつい言葉を使ってしまったことに気づいて目を開けると、ラースはきょとんとユイハルを見上げていた。深緑の瞳は吸い込まれそうなほどきれいで、とても冗談を言っているようには見えなかった。
「ラースよ、人間はドングリなんぞ食べんのじゃよ」
「食べられないのか……」
それを聞いた瞬間、ラースは肩を落とした。無表情ながらもがっかりしたことは伝わってきた。
どうやら本気で食べ物だと思っていたようだ。偉そうにしているが、やはりこいつはまだ子供なのだ。
「いや、手間をかければ食べられなくはないよ! ただ時間がかかるし、俺は詳しい方法を知らなくて。えっと、水にさらして粉にするんだっけ……」
ユイハルは子供には弱い。守るべき存在だと思っているからだ。だからこそ厚意を無下にしてしまったようで居心地が悪かった。
「それより、自分の食べる分くらいなら持ってきてる! 調理場さえ貸してもらえれば、それでいいから」
「調理場……」
案内されたそこを見て、ユイハルは愕然とした。
食堂のイスやテーブルがひっくり返っている時点で嫌な予感はしていたが、調理場はさらにひどかった。
ぐちゃぐちゃだった。
棚が倒れ食器は散乱してほとんど壊れてしまっているし、かまどは崩れ落ちている。室内でつむじ風でも起きたのかというような惨状だ。
「……な、んでこんなに荒れてんの」
「使う者がいないからだ」
さも当然というようにラースは答えた。
どことなく誇らしげなようにも聞こえる。
「じゃあ食べ物とかどうしてるんだよ!」
「グーはマナを極めているから、基本的に食事を必要としない。私も、まあ似たようなものだ」
「ダメだろ、ちゃんと食べないと!」
ラースは無表情のまま首を傾げて、答えなかった。
結局ユイハルは調理を諦め、教会から支給された硬いパンと干し肉をそのまま食べることにした。
それらを三等分にして、「やるよ」と差し出すと二人にあっさり断られた。
「それはおぬしの分じゃ」
「いらない。私はこれでいい」
とラースが指さしたのはテーブルにのったドングリだ。
「だから、それは食えないって!」
その時、魔法でふわりと器が運ばれてきて、ユイハルがギクリと身をすくめた。
中身はどうやら水だ。
グーは待ちきれないとばかりに、小ぶりの杯を構えている。
「さあ、乾杯と行くぞ!」
「乾杯」
「カンパーイ!!」
ユイハルはつい、染みついた集団行動に流され、元気に杯を掲げてしまった。
こういう時、盛り下げないのが若輩者としての務めである。
「あ、しまった!」
なし崩しにささやかな酒宴が始まってしまった。
始まったからには杯を干さなくてはならない。
いや、そもそもこれは酒宴だろうか。ラースの前に置いてあるのは水とドングリだし、酒を飲んでいるのはグーだけだ。
せめて話だけでもしたいともう一度グーに目を戻した瞬間、ユイハルは思わず叫んでいた。
「――って、ええええっ!?」
グーはカクンと船を漕いでいた。その顔はすでに真っ赤だった。
「は!? 酔ったのか? 早すぎだろ!」
ユイハルは今、かなり大きな声を出したのだが、グーはそれでも目覚めそうもない。
一口飲んだだけのように見えたのだが……。
助けを求めてラースを見ると、そこに少年の姿はなく、カピバラがさもうまそうにドングリを食べていた。
「あいつ、どこ行った!? 自由すぎだろ!」
答えてくれるものはなく、ユイハルは憤りを持て余し干し肉をギュムギュム噛んだ。
これのどこが歓迎の宴だよ。
やっぱりこいつら、全然信用できない!




