4 ラース、温泉を自慢する
邪神を瓶ごと封じた甕が大人しくなり、空気がふっと弛緩した瞬間、ラースはカピバラに戻っていた。
不完全と言えど呪いは呪い。邪神にとっては、ラースがこの姿でいる方が好都合らしいのだ。
一瞬ひやりとしたが、ひとまず封印に影響はなさそうだった。
だが、あれはしょせんその場しのぎ。いずれ大々的に結界を張りなおすことになるだろう。
そのときラースは、役に立たないどころか足を引っ張ってしまうかもしれない。
――いや、できることを探そう。
たとえ相手がグーであろうと、何もかも頼りきりというのはラースの流儀に反することだ。
邪神のことはラース自身の問題だ。
方法が見つかるまでは、この少年の手を借りることになったとしても。
「キュ(ひとまず、こいつを清めたほうがいいと思う)」
「うわ、カピバラ!」
少年は一歩あとずさり、グーは呆れた声を出した。
「おぬし、なにをやっとるんじゃ」
カピバラ姿を咎められたように感じたので、ラースはいっそ、うそぶいた。
「キュル(封印の強度を確認する必要がある)」
「本当にそれだけか? 今すぐ戻るんじゃ!」
グーが焦りを見せたなら従おうと思ったが、どうやらそれほどでもない。
うっかり戻ってしまったなどと言いたくもないし、ラースはぷいと顔をそむけた。
「え!? 何、会話しているのか? なんて言ってるんだ?」
少年は会話の中身を知りたがったが、グーはそんな彼を見てため息をついた。
「わかった。自慢の湯殿に案内してやるといい」
「キュ(承知した!)」
「湯殿?」
「あー、おぬし、名前は何と言ったかのう」
「ユイハル! 聖騎士ユイハルだ! ……です」
「よせよせ! 半端な敬語なんぞ不要じゃ。それよりユイハル。話の前にまずは風呂じゃ! 魔獣の血には毒があるからのう、そのままでは体に障るじゃろう」
「え? いやちょっと待って。うまくいったのか? あんなんで?」
「それも含めて話はあとじゃ! それがもう行く気になっているからな」
それなどと呼ばれるのは不愉快だが、早く行きたいのは確かだ。
ユイハルはそれでもまだ迷っていたようだが、自分の匂いを嗅いで顔をしかめると、ようやく行く気になったらしい。
まったく、どんくさいやつだ。
「キュイ(ついてこい!)」
ラースははずむ足取りで階段を降り、一階の奥へ向かった。
ラースのこだわりを詰め込んだ温泉は二つある。一つは結界の外にある露天風呂。
そしてもう一つは、屋敷の中に作った。
扉を開けると、目に飛び込んでくるのは、広々とした外の景色だ。壁の一部を大胆に開き、いつでも自由に外へ出て草を食べられるようにした。
石造りの床をきれいに磨き上げ、湯船の周りは自然の風合いを残した花崗岩で囲った。いくつかは滑らかに加工し、中でくつろげるようにしてある。
湯の表面にはほのかに湯気が揺らめき、ぬくもりと風の涼やかさを同時に味わうことができる。
洗い場には、グーが使いやすいよう石材で低めのベンチを作った。排水溝には砂利や細かく砕いた炭を敷き詰めて、川に戻す際も極力水を汚さないようにしている。
そして心地よい湯殿一角には小さな木片を敷き詰めて、寝床を設えている。
ここはラースの理想の空間なのだ。
「キュイ(どうだ!)」
「すご……、なんだこれ」
あっけにとられるユイハルに気をよくして、ラースは脱衣所を案内した。
「あ、ここで脱げばいいのか」
「キュ(そうだ。湯上りにはそこの布を使うといい)」
ソワソワするラースとは裏腹に、ユイハルは脱衣所でぐずぐずとしている。
「キュル(石鹸はこれを使え。よく洗い、よくすすいだら、ざぶんだ)」
ラースは手本を見せてやろうと、手早く魔法も駆使して自らを洗い、ざぶんと湯に飛び込んだ。
「……え? 一緒に入るのか」
当然入る。私の物だが?
そうして、どこか落ち着かない様子のユイハルを横目に、ラースは悠々と湯を楽しんだのだった。
「キュキュウ(極楽極楽!)」




