すれ違い
「先生」
「何? 山口君」
「僕と、付合って下さい」
精一杯の告白だった。あの時は、僕は、まだ幼くて、其れをする事を考えただけで、頭がパンクしそうで、だけど、つい、本当の気持ちを伝えたくて、放課後、二人以外誰も居ない教室で、僕は愛の言葉を伝えた。
多分、いや絶対、断られると思ってた僕は、まさかのオッケーな返事に、声が裏返ってしまった。
「…え? 好いんですか? 」
「変な事を言うのね。好いに決ってるじゃない。其れとも、断られた方が、好かった? 」
「い、いや! 全然!! 」
夢だと思った。だけど、先生、いや、久美子がキスをしてほしそうな瞳で此方を見ていたので、僕は顔を近付け、そっと唇を押付けた。
其の日から、僕等は誰にも内緒で、付き合う事になった。
電車を乗り継いで、隣の県まで行って、デートをしていた。其れで、よくお小遣いはパァになっていた。だけど、先生に奢らせるまでは、男としてのプライドで、やりたくなかったので、親には御小遣アップを頼んだが断られ、親に同意書を書いてもらい、バイトをして、御小遣の為に稼いでた。
何時までも、此の幸せは続くと思った。だけど、ある日、クラスの間でこんな噂が囁かれた。久美子先生は、G総合病院の医者と付合ってるんじゃないか、って。
僕は、久美子を何度も問詰めた。だが、久美子は目を合わせてくれず、僕は思わず、彼女の頬を殴った。
「さと、る…」
「御前はサイテーだ! もう、顔も見たくない! サヨウナラ」
「待って! 聡! 聡ッ!! 」
あの時見た君の顔は、酷く、泣きたそうな表情だったって事を、未だに目に焼き付いて消えない。
何で、あの時もっと、君の話を聞いてやれなかったんだろう…。だが、其れも後の祭り。今になって後悔したって、もう、遅い事なのに。
久美子は、全く浮気なんてしてなかった。じゃあ、何故彼女が病院に通っていたかというと、彼女は、元々体が弱かったらしく、薬を貰いに行く為だったらしい。
あの日、僕が責めた次の日辺りから、彼女の容体は急変して、其の儘眠る様に息を引取ったそうだ。
「…っく…ゴメン、ゴメンな…ゴメンナサイ…久美子」
今更謝った処でもう遅いのに、僕は彼女の墓の前で膝をつき、手を合わせ、涙を流してた。
通り掛る人は、不気味がって、誰も此処に近付かない。其れで好い。そっちの方が、僕にとって、都合が良かった。
僕は、ポケットからカッターナイフを取出し、首筋に刃を向けた。彼女の後を追う為に。
「待っててな、久美子…」
後数センチで刃が首筋を掻っ切れると思った其の時、カッターナイフを握ってた両手を包み込む様に握られてる事に気付いた。顔を上げる。
『私に謝罪したいなら、生きてよ! そして、自分の家庭を持って、幸せになってよ! 』
(久美子…!! )
其れが、夢だったのかはどうかは分らない。唯、気付いたら、僕は彼女の墓に体を預けて寝てたらしく、カッターナイフは地面に落ちていた。ふと、彼女に触れられた手首をジッと見てると、手形の赤い線が入ってた。
「うっ…うっ、あ…く…くみ…久美子…っ! 久美子ぉぉぉ!! 」
声を上げて泣いたのは、久し振りな気がする。不思議と、もう、死にたいとは思わなかった。だって、彼女に言われたから。謝罪の方法を。
数時間位経ってから、僕は腰を上げ、もう一度お墓の前で手を合わせると、其の場を立去った。
今度お墓に行く時は、素敵なお嫁さんになる彼女を連れて行こうと思ってます。なぁ、久美子。僕、貴女を好きになって良かったです。来世では、今度こそ、二人で結婚しような。
了
初出【2011年5月14日】