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代償ってそれ? (3)

「ところでお姉ちゃんには、ちゃんとお礼を言ったの?」


 師匠が夕食に誘ってくれた。

 やっと起きたばかりということもあり、オフィーリアもいる。快気祝いだと言って気を遣ってくれたのだが、結局、作るのはナディである。村一番どころか、近隣の町でも名うてとして知られる錬金術師でも、旨い食事を作ることはポーション一つ作るよりもずっと難しいらしい。

 そのナディはそのミネルバからではなく、ナディが姉と慕うレオンの、その母、この村の聖母とも言われている助祭 マイアから料理を学んだ。

 マイアはミネルバに負けず劣らず美人ではあるのだが、一人とは言え娘がいるとは思えないボディラインを普段から隠そうともしないローブ姿のミネルバに対して、ゆったりした祭服を纏っていることが多いことも手伝って、母性を感じさせる癒やし系と、正反対と言っていいほどタイプが違う。

 しかし、マイアがその名を馳せるのは、その美しさではなく、教会の祝い事や祭などで振る舞われる料理を味わいに、隣町からも人がやってくるほどの料理の腕である。料理作りなどまったく興味を示さない自分の娘 レオンの代わりに、請われてマイアが仕込んだナディの腕は、ミネルバが食事作りを放棄する格好のいいわけになっていた。

 ちなみにエイムが「マイアおばさん」と言っても怒ったりもしない。


「何があったのか聞かないけれど、ちゃんとお姉ちゃんにもお礼は言った方がいいよ。」


 確かにエロい夢の続きで、現実に抱きついたのはエイムではあるのだが、裸で寝ている男に跨がったことに気付いて、いきなりかわいい女の子に戻ってぶっ飛ばされた三日も寝ていた人間として、謝ることにどうも納得がいかない。

 あれくらいのことなら時間が経てば、レオンは忘れてるだろうと言う妙な信頼感もエイムにはあった。


「レオン様は、エイム様が村に運び込まれてから、寝るときもずっと側におられて……」


 オフィーリアが補足する。そこにさらにナディが続ける。


「私が不安を口にすると、日に何度もヒール(小癒)のお祈りもしてくれて。」


 ミネルバを見ると我関せず、自分で考えろとその表情が言っていた。

 少し間が空いた。その間に黙っているといよいよ躾けられているような気分にエイムはなってきた。


「わかった。明日、レオンに謝ってくる。」


「ふーん。」


 さらに居心地の悪い間が空いた。


「謝りに行くんだ。謝ってくるということは、やっぱり何かしたんだ?お姉ちゃんには……」


「は、え?」


「私、お礼を言った方がいいよって言ったんだよ?なんで謝るの?」


 次の言葉が出てこないエイムは、口にしているスープの味すら分からなくなってきていた。


『口は災いの元。言霊を扱う魔術師たる者、いついかなる時も人の言葉を、ましてや自分が口にする言葉をおろそかにするなと、何度も教えたな?未熟者め。』


 エイムの脳裏に直接響いてきたのは、ミネルバの声だった。この時点で、スープの味は完全に分からなくなった。

 そのミネルバの方にエイムが恨めしそうな目を向けると、食べ盛りのナディと同じ大きさのパンと、ナディより大きめの皿に盛った具だくさんのスープを全て平らげて、すでに食器をかたづけようとしていた。

 あれだけの量を食べて、なぜあのスタイルをいつまでも維持できるのか?常日頃からエイムには不思議でならなかった。


 そのまま、会話も続けられなくなって、夜も更けていたこともあって、オフィーリアを連れて退散しようとすると、オフィーリアだけが、ナディに引き留められた。


「オフィーリアさんは、今日からうちに泊まって下さいね。いいよね?ママ?」


「好きにしな。」


 奥の作業場の方からミネルバの声だけがした。

 急な展開に、エイムの顔色をうかがったオフィーリアの表情には、完全に戸惑いの色が浮かんでいた。


「うちにいても朝飯もおぼつかないから、ナディの言う通りにした方がいいかもしれない。」


「では、私の荷物だけ、エイム様の家に取り入って戻って参ります。」


 そのオフィーリアの言葉に、ナディは笑顔で返した。

 そうして、オフィーリアと二人、家路についた。と言っても、隣家なのであっという間であって、その間、言葉のやりとりも無かった。

 オフィーリアが自分の荷物を持って、再び家を出ようとしたとき、エイムは声をかけた。


「また話す気になってからでいいからさ。オフィーリアのことも教えてくれ。ここ二、三日はいろいろバタバタするだろうから。ここで良けりゃ、ほっぽり出すような真似はしないから。ひとまずゆっくりするといい。」


 その言葉を聞いたオフィーリアが振り返って、まっすぐエイムの方に向いた。


「まだ私もお礼を言っておりませんでした。命を助けていただいたこと、このご恩、一生忘れません。」


「大げさだよ。助ける力をくれたのは……そもそもオフィーリアなんだから。こちらこそ、ありがとな。ほんとに。」


 そのエイムの言葉で、初めてリアは笑顔を見せてくれた。


「どうぞこれからは私のことは『リア』とお呼び下さい。」


 肩までで揃えた栗色の髪、真っ白な肌に、少し緑がかった瞳、普段、見ている黒髪で黒い瞳のナディやレオンとはまるで違うリアの美しさに、この時、初めてエイムは気付かされた。

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