代償ってそれ? (2)
「生命力の増進?」
「はい。レビルオン・スーツは、装着した者の力を数倍にする。ただそれは目に見える効果であって、実はライフ・ブーストと言って、装着した人の増進させた命の力で、あらゆる能力の強化させているんです。」
だから魔法の威力まであんなに上がったのかと、エイムは部屋に呼び戻して、オフィーリアの説明を聞きながら、あの時の異常なまでの自分の魔力を思い出していた。
「ただレビルオン・スーツはその……まだ未完成で、生命力を増進させる副作用として、生存本能というか……その……」
「そこからは私めが説明させていただきます。」
あの妖精が出てきた。今までどこに隠れていたのだろう?
「言語解析に手間取りましたが、エイム様が眠ってらっしゃった三日間でほぼ完了しました。オフィーリア様にも学習いただいておりますが、あまり複雑な会話はまだできませんので、私、ユダが代わりに。」
自分が三日も寝ていたことをこの時、初めてエイムは教えられた。
その寝ている間にずいぶん流暢に、ずいぶんおしゃべりになった気がする妖精が、顔を真っ赤にして目を伏せているオフィーリアのあとを継いで説明を始めた。
「つまりは、レビルオン・スーツはその能力の代償として、装着者の生存本能まで過大に促進し、その一端として性欲まで増進させてしまいます。」
「な、なので……その……そんなものを説明もせずに使わせてしまった以上、私がこの身で責任をとらせていただこうと……」
まだうつむいたまま、さらに赤くなっているオフィーリアの説明にはかわいげを感じてたが、この妖精 ユダの説明は事務的にしか聞こえず、正直、エイムはあまりいい気はしなかった。
「わかった。他にも聞きたいことはあるけど、とにかくまずはナディの誤解を解きにいってくるから、責任というなら大人しくここで待っててくれ。」
レオンにはただただ謝るしか方法が思い浮かばないので、時間がどれだけかかるか分からないが、ナディは誤解が元なので、ちゃんと説明すればきっとすぐに分かってくれるとエイムは判断した。
「あの、エイム様。レビルオン・スーツの事はその、な、内密に……」
「しゃべるか!」
村を守ったことはまだしも、そんな英雄が鎧を脱いだら、性欲の権化だったなんて、いくら何でも話として夢も品もなさ過ぎる。そもそもあの鎧を着ていたのが、エイムだということは、オフィーリア以外、誰も知らないはずである。
もう二度と使うことがなければ、まして自分からしゃべる必要もないと心底、その時、エイムはそう思っていた。
「やっと来たね。」
エイムの家の隣にあるナディの家の前で、ナディの姉と言われると本人は上機嫌になるが、れっきとした母親であり、美貌の錬金術師でもあるミネルバが待っていた。『おばさん』は絶対禁句なので、ミネルバに魔法の手ほどきをしてもらったエイムはこう呼ぶことにしている。
「師匠!」
「ま、いろいろ心配したけど、あんたがそれだけ元気なら、あとでいい。ナディなら上にいるよ。下手な言い訳するんじゃないよ。まず謝るんだよ。取り繕うのはあと!」
何があったのか聞いたのだろうか?走ってきながらエイムは考えたが、娘 ナディのことに限った話ではないのだが、切羽詰まったときにくれるミネルバの助言は聞いた方がいいと言うのが、エイムの中では鉄則に近かった。
村で薬屋をやっているナディの家のカウンターの横を抜けたところにある階段を上って、一番手前にあるのがナディの部屋で、その扉の前まで来て跪いてから、ミネルバの言葉をエイムは実践した。
「ナディ、びっくりさせてごめん。話を聞いてくれないか?」
その間はエイムにはすごく長く感じられた。扉が開いた。エイムはナディの目を見る前に頭を下げた。
「私に謝るようなことしてたの?」
温度感の無いナディの言葉に肝が冷えたが、エイムがゆっくり顔を上げると、ナディも膝を突いてい微笑んでくれた。次に何を言っていいか、すぐには言葉が出なかったエイムを、ナディはそっと抱きしめた。
「お兄ちゃんが目を覚まして良かった。」
「ナディ……。」
「あんな地震もあったし、昨日の夜は魔物の雄叫びがいっぱい聞こえてきて、ずっと心配してたんだから。女の人と一緒に帰ってくるし、帰ってきたと思ったら気を失ってるし、やっと目を覚ましたと思ったら、裸でオフィーリアさんと……」
「な、何もして……ない!」
『してもらってない』っと言いそうになった言葉を無理矢理引っ込めた。ナディは、そっと離れて、エイムの目を見つめた。
「わかってるよ。だからすぐ、私のご機嫌とりに来てくれたんでしょ?いきなりあんなシーンだったからびっくりしちゃったけど……でも、ママに私の攻略法を聞いたのは減点かな?」
言葉を無くしていたエイムを見て、ナディはまた微笑んだ。今度の微笑みにはいつもの小悪魔っぽさがあった。
「お帰りなさい。お兄ちゃん。」
その言葉を聞いて、無事、自分が帰って来れたことよりも、村を、ナディの笑顔を守れたことを、初めてエイムは心の底から嬉しく、誇らしく思えた。