リアからの依頼 (4)
村に戻ってきてからの三日間は、道中に無理をさせてしまったマルタで借りた馬二頭に、毎朝、たっぷりの牧草に、レオンがピュアリファイ(浄化)まで施した水をたっぷりと与えて、しっかりと養生させた。すでにかれこれ十日以上、面倒を見た馬たちなので、多少、情も移っていたりするので、最後のご奉公は、半日かけてマルタまでの道をゆっくりと歩かせて戻った。
そうして、マルタに着いて馬たちとお別れすると、また六花亭に部屋を確保して、荷物を置き、そのままギルドにリオキリルに向かう依頼を探しに行った。
「受けさせてもらえるなら、これがいいかな?」
それはリオキリルで再興しようとしているギルドへの書類の輸送と、帰りには仮設のリオキリル支部から返送される書類を受け取って戻ってくると言う依頼だった。
物資の輸送とかでなく、書類なので嵩張らず、かつ重量もない。
ただし、持っていって捨てられても困るものなので、ほどほどに信用は必要で、誰にでも受けられる依頼でもない。しかし、通常、路銀程度の報酬しかもらえず、当然、依頼としての評価も高くないため、その方面にたまたま向かう冒険者が、ついでで引き受ける、いわゆる「ギルドのお使い」と言われる依頼で、これだけ受ける冒険者は、ふつうはいない。
「エイムさんならいいですよ。」
受けられればラッキーくらいの気持ちで、エイムは受付嬢に聞いてみたのだが、思いの外、早く、しかもいい返事がもらえてしまった。
冒険者としてはまだブロンズで、さほど信頼もないが、エイムの場合、過去に何度もミネルバの依頼で、ナディと一緒にポーションの納品に来ており、他の冒険者と比較すれば、身元もはっきりしていて、マルタのギルドでは比較的顔が通っている。また実績もあまりなければ、当然、悪い噂もないし、冒険者に成り立ててやる気もあるだろうと判断されたようだった。
「受けるのはこの依頼だけでいいですか?」
「ああ、リオキリルに別用もあるんで。」
「ではこれをリオキリルの仮設ギルドまで、よろしくお願いします。」
「明日、出発前に改めて取りに来るでいいか?」
「分かりました。午前の係のものに伝言しておきます。」
そして、翌朝、リオキリルまでの脚に、また馬を借りに行くと、貸し出されたのは、また例の二頭だった。
「こいつら、レムルとナムルって言って姉妹なんだ。一緒に貸し出さないと、さみしがるんだよ。」
うちにもレオンとナディという義姉妹が……って話ができすぎだろとエイムは思わずにはいられなかった。
「また会えたね。じゃあ今回もよろしくね。」
いつもおいしい水と牧草を持ってきてくれていたレオンにはすっかり懐いていた二頭の馬で、いつものようにエイムはナディを後ろに乗せて、レオンはリアを後ろに乗せて出発した。
「レオン様、今日はとてもいい香りがします。香水ですか?」
「わかる?ふふ、エイムがね。プレゼントしてくれたの。どう?」
レオンは今日は朝から上機嫌だった。
女性の冒険者への人気の贈り物と言えば、なんと言っても香水。これはクエストで何日も旅をする中でも、汗や泥臭さをさせない女性冒険者の嗜みとして、ほぼ必ず持っているとの話を、ギルドの受付嬢に聞いて、ギルドで売っていたものの中から、ナディには花の香りのものを、レオンには柑橘系の果物の香りのものを選んでプレゼントしたのだ。
おかげで、選ぶときにも何種類もの匂いを嗅ぎ、渡したあともナディにも、レオンにも何度も嗅がされて、今日のエイムの鼻は完全に機能低下を起こしていた。
「すごいすてきな香りです。」
「ありがとう。」
香水などつけたことのないレオンは渡したその場で、ナディにどこにどれくらいつければいいのかレクチャーを受けていたことは黙っていた方が良さそうだった。
「今朝も朝から一番に、つけてたよ。ああいうところ、かわいいよね、お姉ちゃん。」
「ナディはつけなかったのか?」
鼻がバカになっている上に、馬を歩かせて多少なりとも風を切っているので、後ろにいるナディの匂いは感じられず、エイムは聞いてみた。
「昨日、お風呂にも入れたしね。それに……」
「それに?」
「今日はお兄ちゃんの後ろに乗せてもらえるって分かってたから、香水なんてつけるとお兄ちゃんの匂いが分からなくなっちゃうじゃん。」
そんなことを言うナディも、エイムにとって十分にかわいかった。
そんな朝の出発から始まって、急ぐこともなく、休み休み馬を走らせて、リオキリルの街が見えてきたのは、日も沈みかけたその日の夕方だった。
「もう五ヶ月以上経って、まだこんな状態なのか……」
それは街と言うより、街だったまだ廃墟だった。リオキリルに入る手前の南の高台から、街の全景を見渡せたが、街の中央に大きなくぼみができていて、それを避けるように所々に建物は建ち始めているものの、どれもまだ仮設で、ここがリオキリル一の大都市だった面影は、どこにも感じられなかった。
「なんか、首都機能は別のところに持っていくなんて話もあるみたいだし、そうなるともっと大変になるよね。」
人は死に絶え、物は燃え尽くした街に善意以上の金など集まってこない。これでキリルの首都という看板まで取り上げられれば、ナディの予想は間違いなく現実のものとなるだろう。
もともとオストマン聖王国が瓦解した先の大戦で、反旗を翻したストーリア公爵領と、隣接していた今のキリルの前身、キリル公国が核となって、たの中小諸侯がより集まってできたのが今のキリル連合共和国で、その建国の際、その中心となったストーリア公爵はもとより、キリル公国にも権益が集中しないよう別のところを首都とするということで折り合ってできた新しい街がリオキリルである。
戦争が終わり、国が安定するに伴い、順調に発展してきたリオキリル「共和国」に、法制度上は貴族階級は存在しないが、各地方の領主を務めているのは元貴族たちで、しかも、その領地で、今でも臆面もなく爵位をつけて呼称されている。おまけに後継者は、原則前任者の指名制であるために、世襲は面々と受け継がれている。
建国時には「共和国」などという御旗を掲げて、戦争で疲弊した領主たちが寄せ集まって、力を合わせもしたキリルではあるが、十分に力が回復した今となっては、リオキリルに集中していた権益を同じところに再構築するはずはなく、何らか理由をつけて奪い合うことになるのは火を見るより明らかだった。
そんな争いが起こることもそもそも問題だが、リオキリルにとっては、おそらくこの状態ではそれに参加できずに、蚊帳の外で、権益を奪われ、金も物も集まってこなくなり、当然、そんなところに人は戻ってこないという負のスパイラルに陥ることの方が大問題であった。
おそらくリオキリルの街はこのまま死んでいくことになるのだろう。事実、あの地震から半年近く経った今の状態が、リオキリルの運命を如実に物語っている。
「ごめんなさい。ごめんなさい……ごめんなさい。」
「どうしたの?!リア!」
夕陽で赤く染まる荒れ果てたままのリオキリルの惨状をみて、レオンが駆け寄って、泣き崩れそうになったリアを抱き留めた。
エイムにはリアは何かに怯えているようにも見えた。
しかし、抱き留めたレオンも、もちろん駆け寄ったエイムもナディも、なんと声をかけて良いか分からず、ただ側に寄り添っていることしかできなかった。




