ハイキングへ行こう! (2)
この大陸を南北に大きく二つに分断するカフス山脈に連なる山々ほど高くはないが、大陸の北東に位置し、大陸の北東部からはほぼどこからでも、天気のいい日には隣国ハン帝国からも、目にすることができると言われるベランメル山。
近辺にはベランメル以上の標高を誇る山はなく、冬には山頂に雪をかぶり白く輝きを放つことから、神が大地に立てた道しるべと言い伝える人もおり、今でも霊峰と称されている山で、以前は純度の高い銀が大量に、そして、ミスリルまで採掘され、噂を聞きつけたドワーフたちも大陸中からこの山を目指して集まった。そんな質のいい銀を求めて集まった人たちが麓に開いたベラントールは、大陸屈指の銀細工の町として近隣で一、二を争う大変な賑わいを見せたという。
しかし、それもエイムたちが生まれるずっと前の話だった。
いつしか銀は掘り尽くされ、質も低くなり、さらにキリル連合となって、リオキリルに遷都が決まると、街道はリオキリル中心に整備され、ベラントールへの街道は、リオキリルから西に延びる大街道と、ハン帝国に至る南の街道を、リオキリルを迂回して繋ぐ裏街道と言われるまでに、人の流れも少なくなった。
それでも何十年か前に、女神が愛でる花 クリストル草が見つかったことで、再び女神が舞い降りる山として一時、一攫千金を夢見る冒険者も集まって賑わったそうだが、それ以来、その球根どころか花びら一枚ですら見つからず、またもとのしなびた町に逆戻り。
ただ、今でも栄えていた頃に、ドワーフたちから受け継がれた銀細工の技術をもつ職人が暮らしており、宿もあり、食料の補充もでき、なんならエイムたちの村はおろか、マルタより人の数だけで言えば多い町ではあった。
マルタで馬を二頭借りて、このベラントールまで丸二日。そこから、さらにベランメルの山に向かって半日ほどでたどり着いた南側の山道の入り口付近に、エイムたちはテントを設営した。そして、そこに一泊して次の日。
「さぁ、いよいよ今日は山登り?」
「いえ、登りません。」
登る気満々だったナディの出鼻を、リアが事もなげに挫いた。
「あ、おはようございます。エイム様。体調はいかがですか?」
「ああ、レオンが日が昇る前に代わってくれたからな。おかげで結構、しっかり寝れた。」
「はい、お兄ちゃんの朝ご飯。」
ナディが朝から、鶏肉を団子にしたものとたくさんの葉野菜が入ったスープを持ってきてくれた。
「で、どうすんだ?」
「もう少々お待ちください。」
ナディの作ってくれたスープを味わいながら待っていると、今度はレオンが食べやすいサイズに切ったパンを持ってきてくれて、それらを。ゆっくり味わった。
「レオン、腹ごなしに久々に組み手をやらないか?」
「え?いいけど。エイム、最近やってないから鈍ってない?大丈夫?」
「なめんなよ。手加減なんかすんなよ。」
そうして暇つぶしがてら始まったエイムとレオンの組み手を興味深げに見ていたリアに、ナディが朝ご飯の後片付けを終えたナディが近寄ってきた。
「すごいですね、かっこいいです。レオン様。エイム様と五分以上に、あんなに激しく打ち合って。」
「小さい頃、身体があまり強くなかったお姉ちゃんが始めた体術に、面白がってお兄ちゃんが付き合い始めて、昔からやってる稽古よ。めずらしい?」
「いえ、私がいた世界でも身体を使った武道というのはいくつもありましたし、その中には武器を併用するものなんかもあります。ただ、この世界には魔法があるのに、技をそれとは併用したりはしないのかなと思いまして……完全な無手の武術なんですか?」
「魔法と併用?聞いたことないなぁ……」
そんな感じで朝のひとときを過ごしていると、一瞬、空にきらめきが見えたと思ったら、それがものすごいスピードで近づいてきた。
「お待たせしました。お久しぶりです。エイム様。」
それはユダだった。
「ほんと、なんか久しぶりだな。」
「覚えていただいていて光栄です。そろそろ忘れられているのかと不安になっておりましたので。あ、大変遅くなり恐縮ですが、ご結婚されたそうで。おめでとうございます。」
出てくるたびに流暢に、口数も増えて、世辞や冗談まで言えるようになってきたユダは、昨日の夜からリアの命令で、山の頂上付近の調査をしていたらしい。
「ご指定の標高付近の山の南側で、銀の含有率の高い岩盤がある、さらに山道から離れた場所をいくつか見つけてまいりました。」
その岩盤を割ってできるだけ大きい塊で持ってきてほしいというのが、リアのオーダーなのだが、山頂は雪化粧をしているような高山に上り、岩盤を担いで降りて来るだなんて、普通の人間にはできっこない。
「しかし、私たちにはレビルオン・スーツがあります。」
「変身!レビルオン」
「お兄ちゃん、かっこいい!白騎士様みたい!」
白騎士というのは、本来は騎士の中でも法術も使える聖騎士の俗称なのだが、黒を基調とした兵装を纏う重騎兵で有名なハン帝国の騎士に対して、最高位の騎士は白を基調とした武具を纏うエレーニア王国の騎士を指したりもする。ちなみに、エレーニアの最高位の騎士が、本当に聖騎士であるかは定かではないので、後者はキリルの女性たちの憧れから生まれた噂話の中の存在である。
「俺は自分の姿を自分で見たことないからなぁ……」
「うん、エイム、かっこいいよ。くれぐれも気をつけて行ってきてね。」
「あぁ。」
「エイム様、すでに二十秒が経過しております。いくらレビルオンとはいえ、この高さの山を百二十秒少々で登り切るのは……」
「まかしとけ。」
レビルオン・スーツを纏ったエイムの身体が、ストレングス(身体強化)の魔術で淡い光を帯びた。
「エイム様、連続使用しなくても、何度も変身を繰り返せば、やはりお体に負担がかかります。一度、変身を解いたら、次の変身までは十分にお休みになってからにしてください。ユダ、そのあたりも含めて、エイム様への指示はお願いね。」
「じゃぁ、行ってくる。ユダ、来い!」
呼ばれたユダは、エイムの肩に乗った。次の瞬間、エイムの体がふわっと宙に浮いた。
最近、エイムが習得したフライ(飛翔)の魔術である。エイムには高位の魔術で、まだまだ飛ぶというよりは、自力で飛び上がるよりはずっと高く長く、宙に浮いてられるというレベルだが、レビルオン・スーツを纏えば違う。
ユダが帰ってきたときのスピードに匹敵するスピードで、エイムはベランメルの山頂方向に飛び去っていった。
「すご!あの調子だと、あっという間に帰ってきそう。お腹すかして帰ってきたら、すぐに食べられる温かいもの準備しとかないと。」
エイムの姿が見えなくなると、そう言ってナディはテントの方に戻っていった。
「レオン様、ご心配なさらずとも。エイム様にはユダも付いておりますので。」
エイムが見えなくなっても、ずっとその方向を見つめていたレオンに、リアは声をかけた。
「いや、心配とかじゃなくてね。エイムは僕より強いし。ねぇ、それよりリア、教えてほしいことがあるの。正直に答えて。」
「はい。分かりました。ちょうど、私もレオン様にも聞きいてみたいことがあったので。」




