ハイキングに行こう! (1)
雪こそ降らない地方とは言え、さすがにこの時期の冬の夜は冷える。薪の火のありがたみが身に染みる。
「二人は寝たのか?」
「うん。もうぐっすり。一応、二人とも寝袋の上から毛布掛けておいた。」
そう言って、レオンはエイムの横に遠慮がちに距離を置いて座ったが、すぐにくっつくほど身を寄せてきた。
「出発前まで、二人とも頑張ってたしね。初めての本格的な野営だし、ナディなんか山へ行くって言ったら『ハイキングだ!』ってはしゃぎぎみで毎朝、お弁当作ってたし、リアも遅くまで何日もミネルバお義母さんにいろいろ聞いてたしね。近くまで来て、いっぺんに疲れたんだよ。」
「お前は大丈夫か?」
「僕は全然、平気。ただ……エイムの身体に、もっとくっついていい?」
エイムはレオンの身体を引き寄せて、自分の外套の中に入れた。
「ふふ、ありがとう。あったかーい。」
先ほどまでありがたみを感じていた薪の温かさより、なによりレオンの体温は優しく、暖かかった。そして、なによりその優しい体温はエイムの心に癒やしをくれた。
「俺が火の番してるから、ほどほどにしてお前も寝といてくれよ。」
「うん。僕も少し寝たら火の番、代らないといけないからね。でも、久々に二人きりだし、エイムが暖めてくれるし、もう少しだけ。もうちょっとだけ。お願い。」
そんなわがままを言うレオンがかわいくて、さらに強く自分の方にエイムは引き寄せた。
「幸せだよ、僕。今でも、まだ夢を見てるんじゃないかって思うときがあるんだ。」
レオンはずっと薪の火を見つめていた。
「だってさ、ずっと何の取り柄もないただの教会の娘と思ってたのに、この人がいないとだめなんだと思えた人のお嫁さんになれて、愛してるって言ってもらえて、本当に僕の全部を愛してもらえて、まだ一ヶ月も経ってないんだよ。そして、今、一緒に冒険者になって、毎日、いろんなことにドキドキして……夢なら覚めないでって、毎日、神様にお願いしてるんだ。」
そう言って、レオンはエイムを見つめた。
「幸せ。ほんとに幸せ。この幸せをくれたエイムが好き。大好き。心の底から、僕の全部でエイムを愛してる。」
レオンの身体は小刻みに震えていた。寒いからじゃないことはエイムにも痛いほど分かった。
「僕まだ、ちゃんとエイムに言ってなかったよね。言っとかないと、そろそろ神様に怒られそうで、怖いんだ僕。」
「夢だと思うんならそれでもいい。俺がもっと幸せな夢を見せてやる。見続けさせてやる。」
震えるレオンを思いっきりエイムは抱きしめた。そして、キスをした。レオンの身体の震えが止まるまで、レオンの不安が消えるまで、唇を離さなかった。
「ありがとう、エイム。これでゆっくり眠れそう。エイムも絶対、無理はだめだよ。」
少なくともレオンは冒険の怖さを、自分の身体と命が危険にさらされる怖さを知っている。それだけに感じていた不安が、街道を外れ、町を出て、いよいよ何が出てもおかしくない山の麓まで来て強くなってきたのだろう。
レオンは強い。しかし、それは武技だけのことであって、心はまだ真っ白な冒険者。何より女の子で、自分が守らなければらないかけがえのない妻だというだということをエイムはもう一度、噛みしめて、笑顔になってテントの中に入っていったレオンを最後まで見守った。
そして、エイムはベランメルの山の方に目を向けた。近づけば近づくほど、その高さに圧倒されるこんなでかい山の中から、咲いていないクリストル草の、しかも、岩の中にある球根だけを見つけようなんて……
「ほんとにこれで見つけたら……とも思うけど、やってみる価値はあるねぇ……」
それがミネルバが出した結論だった。
「私も少しは自分の考えに確信を持てました。三日間も夜遅くまでお付き合いいただきありがとうございました。」
「なに、もしこれで見つけたら球根一個で手を打つよ。一個しか見つからなかったら、手間賃抜きで私がエクストラ・ハイポーションを生成してやるから、持ってきてくれりゃいい。」
「もう皮算用かよ。気が早えよ。」
「冒険者ってのはね、まずは皮算用ができなきゃ、命の安売りするだけだよ。覚えときな。」
「では、エイム様……」
「戦闘になる危険も少なそうだしな。ちょっと遠いのが難点だが、当たれば一攫千金……とまではいかないかもしれないが、かなりな稼ぎになることは確かだ。そんなおもしそうな賭けに乗ってみるのが冒険者だろう。」
「ありがとうございます。これで、やっと私もやっとエイム様のお役に……」
そこまで言うと、リアはろうそくの火が消えるように静かに水晶が置いてある机の上で伏せて寝息を立て始めた。
「おい!リア。大丈夫か?」
「寝ちまったのかい?その娘、昼間も資料室に籠もってたんだろ。ここんところ、ほとんど寝てないんじゃないのかい?」
リアがそんなに無理していたことをエイムはこのとき初めて気がついた。
「いろいろ不思議なことをいう娘だけどね。悪い娘じゃないことは確かだよ。ずいぶん、お前に恩義も感じてるみたいだしね。」
そんなミネルバの言葉を聞きながら、ぐっすり寝てしまったリアをベッドまで運んで、毛布を掛けた。
「まだまだだな。俺も。」
「まだまだだよ。お前は。うちのナディや、レオン、お前の大事な嫁二人の半分でいいからさ、その娘も大事にしてやりな。」
「ああ。そうする。ありがとな、助かった。球根楽しみに待っててくれ。うまくいったらナディの顔も見せに行くから。」
「ああ、期待してるよ。せいぜい気を付けて行ってきな。」
そんなミネルバの言葉を残して、水晶が光を失うと、部屋の扉が開いて、今日も内見に出かけていたナディとレオンが帰ってきた。
「どうだった?」
「へんに妥協したくないんだよね……ギルドに行ってきて、別の仲介してくれる人、聞いてきた。」
ナディの高い要求を満たす物件はそうそうないだろうとは思っていたが、今日も空振りだったようだ。
「そっちは?」
「ああ。リアを一日、二日、ゆっくり休ませたら、行くぞ。目指すのはベランメル山だそうだ。」
「え?山に行くの?ハイキング!?じゃあ、私、お弁当、作る!」
そんなナディからは初クエストだという緊張感はまったく感じられなかった。




