冒険者になんてならないで! (3)
「お兄ちゃん。」
ナディの声で目が覚めた。辺りはまだ暗い。しかし、目の前にナディの顔があった。
「な?!」
「しっ!リアさんにはスリープ(誘眠)をかけたけど、大きい声出したら起きちゃうよ。」
普段、エイムと一緒に手ほどきを母 ミネルバから受けている魔術をそんなことに……と思うより先に、吐息が触れるとはこういうことを言うのかというほど距離に、もうちゃんと女性の柔らかさを感じられる身体に成長していたナディを感じて、エイムは完全に動転していた。
「お兄ちゃん。」
エイムは生唾を飲んで返事をした。
「怒ったりしないから、正直に答えて、お姉ちゃんと何かあった?」
「な、何もしてない。ち、誓って何も……」
そう答えてエイムの喉は、もうすでにカラッカラであった。
「お兄ちゃん、私のことをお嫁さんにしてくれるって言ったこと。覚えてるよね?」
納得したのか、そうでないのかはわからなかったが、少し間をおいて、ナディは質問を変えた。
それはまだ小さい頃の話だ。何がきっかけだったかは覚えていないが、父親がいないこと問い詰めてミネルバを困らせたことがあった。
「俺がナディの側で、お父さんの代わりをしてやるから。大人になったらナディを嫁さんにして、ずっと側にいてやるから。ミネルバ師匠もいてくれるし、それでいいだろ。」
そうエイムが諭すと、ナディがすごく喜んで、その時、見せてくれた笑顔を、エイムもずっと覚えている。
それ以来、何か取り立てて秀でた才能もない自分のことをずっと慕っていてくれる、こんなかわいい娘を、何があっても守ってあげたいとエイムも努力してきた。
「覚えてるよ。ちゃんと。」
ただ自分の力で守ってあげたい、守らなければならないと思うのは、ナディだけじゃないことに、エイムは、つい数日前に気付いてしまった。
「冒険者になって勝手にいなくなったらダメだからね。魔法学院なら、来年、私も受けて追いかけていこうと思ってけど、黙ってどこかに行っちゃうなんて絶対許さないからね。」
エイムは声も上げられずにうなずいた。二度、うなずいた。
「だったらキスして。」
そう言ってさらに迫ってくる。どんどん熱くなってくるナディの体温が、エイムの理性を溶かしていく。
二人の唇が重なった。長く、お互いの体温も心臓の鼓動までしっかりと感じられるほどの長い時間。
このまま、ナディの気持ちを、その華奢なカラダを受け止めたい。力一杯抱きしめて、自分のものにしたい。そんな欲望に押し流されそうになったエイムは視線を感じた。そして、一度、しっかりと抱きしめてから、精一杯ゆっくりとナディから唇を放した。
「師匠に怒られるよ。」
そう言ったエイムに、ナディは微笑んだ。満足したような、それでいて安心したような不思議な表情をしていた。
「お兄ちゃんが怒られるのは、ママ?それとも……」
ナディの笑みはその不思議な表情の色を一層濃くした。
「いいや。でも安心して。私も誰も悲しませたりはしないから。だからお兄ちゃんも、私を放さないでね。何も言わずに勝手にいなくなったりしないで。絶対だよ。」
ナディはそう言ってリアが寝ているベッドに戻っていった。
そうして、夜はさらに更けていった。
「ふわぁあぁ。」
「エイム様、朝からそんな大きなあくびをなさって、よく眠れなかったのですか?」
「リアはよく眠れた?」
「不思議なくらいぐっすりと。よほど疲れていたのでしょうか?」
ナディにスリープをかけられていたことはしゃべる必要もないとエイムは判断した。
「ナディが起きたらすぐに出発するから。」
昨夜、あんな大胆な行動をしておいて、最後まで寝ている大物感溢れるナディのために、朝食を宿の食堂で買ってきておいた。早いうちに出れば、昼前には村に帰り着けるだろう。
とっとと帰って、自分のベッドでゆっくり寝たいエイムが、そう考えていたところでナディがやっと目を覚ました。
「あ、お兄ちゃん。リアさん。おはよぉ。」
そこからナディの身支度に結構な時間がかかって、結局、馬車の中で食べさせるはずだった朝食をナディが食べ終わってから、宿を後にした。
ナディの身支度が終わるまで一寝入りすれば良かったと、エイムは少し後悔した。
「ふわぁあぁ。」
「お兄ちゃん、手綱持ってるんだからしっかり前向いてよ。」
誰のせいで寝不足になっていると思っているのか?と思っても、腹立たしさすら湧いてこないほど、エイムは眠かった。
「お兄ちゃん、ほら!前に人が倒れてない?」
一気にエイムの目が覚めた。
「リア、後ろをからなんか付いて来てないか?」
「来てます。そう言えば、マルタを出てから、ずっと。馬車です。 」
「ナディ、代わってくれ。そのまま、速度を緩めるな。前に倒れてる奴は引いてもかまわん!」
「何?どうしたの?どう言うこと?」
「この先、うちの村しかない田舎道をそう何台も馬車が行き来するはずがない。狙われているんだよ!俺たちは!というか、俺たちの持ってる金貨が!」
ナディに手綱を預けて、エイムは荷台に移った。
「リア!ユダを呼びだしてくれ。あの後ろの馬車に何人乗ってる?ナディ!もっと速度を上げろ!」
案の定、倒れていた男は、寸でで飛び退いた。それと同時に、道の左右の茂みに潜んでいた男たちが、ぞろぞろと姿を現す。
「馬車には、御者も合わせて五人です。エイム様。その中に昨夜から我々を監視していた男も含まれてます。草むらに潜んでいた男たちも含めて、これで全部、その他に伏兵はなしです。」
「ユダ、いい仕事するな。でかした。これで、遠慮なくたたきのめせる。ナディ!このまま、村まで突っ走れ!」
そう言って、エイムは馬車を飛び降りた。
「ガキが邪魔しやがって!」
取り囲んだ盗賊どもが、そうレベルの高いやからではないとエイムは踏んでいた。
昨日からのエイムに気付かれる程度の尾行といい、三人しか乗っていないエイムたちの馬車を、大の大人五人も乗って一台の馬車で追いかけてくる段取りといい、一人立ちはだかったエイムを、獲物を逃がした怒りにまかせて取り囲んだところといい、計画がそもそもずさんすぎる。素人仕事だ。
「ガキに邪魔されたくらいで取り逃がすなよ。」
揚げ足を取られて、さらにいきり出す男たちを見て、やれやれと思いながらも、『三分』という時間を体感してみるにはちょうどいい機会だと、エイムは思った。
「変身、レビルオン!」
レビルオン・スーツ装着時の発光から目をそらした瞬間、盗賊どもはエイムを見失った。
「これ着て、使ったことない魔術だから、加減がわかんねぇ。二、三日目を覚まさなくなっても悪く思うなよ。スリープ!」
馬車の上に降り立ったエイムの放った魔術で、男たちは次々と睡魔に襲われ倒れていった。残ったのは馬車から少し離れた位置にいた二人。
「逃げるんなら逃げろ。これ着て、人間を殴ったらたたじゃすまねぇ気がする。」
まったく動きを追えず、目の前に飛んできたエイムに、襲いかかることもできずいた二人の盗賊の前で、着地と同時に軽く地面を拳で叩いた。
ドンッ!
爆発音のような轟音とともに、目の前に空いた大穴を見て、盗賊たちは何とか腰を抜かさずに、マルタの方角に向けて逃げていった。
「三十くらい減ったか?意外にいけそうだな。」
目の前に見えている数字を確認してから、エイムは変身を解いた。
「お兄ちゃん、どう言うこと?」
エイムが振り返ると、そこにナディがいた。
「私がナディ様を止めきれなくて……」
その後ろにはすまなさそうな表情をしたリアもいた。そんなリアに向かって、エイムは頭を下げて、その頭を掻くことしかできなかった。




