海空恋物語
太陽の光に照らされて、海面がキラキラと輝いている。
海中で呼吸をしながら、そんな海面を眺め、頬を緩ませたルネットは、珊瑚をとるために向きをかえた。
「王女様! そろそろ宮に戻りましょうよー! 王様にバレてしまいますぅ」
幼い頃からルネットの世話をしてくれている、侍女のキアナが急かしてきたので、ルネットは軽く頷き、珊瑚礁に別れを告げる。
海面に顔を出したとき、ルネットは恐ろしいものに出会った、心臓が早鐘をうつ。
「王女様? どうかなさったのですか……。あ、あれは! 王女様隠れましょう」
「え、ええ。そうね」
ルネットが見たのは、空を自由に飛びまわる空人族だった。
それも、ルネットのことをじっと見詰めてきた、若い男性。
ルネットは、海人族の王女だということもあり、他人から見詰められるという経験があまり無い。若い男性だとなおさらだ。
恐ろしさに心臓が脈打ち、頬まで火照ってきた気がした。
「帰りましょう」
空人族が居なくなるまで、岩陰で隠れていたルネットとキアナは、潜めていた息を吐き出して、宮に帰るために立ち上がる。
「お待ちください! 海人族のご令嬢。落とし物です」
「っ! あ、ありがとうございます……」
動き出したルネットたちを止めたのは、珊瑚の髪飾りを手にした空人族の青年だった。先程ルネットをじっと見詰めてきた青年だ。
「私はシエロと申します。どうかお見知りおきを。ご令嬢、貴女の名をお聞きしても?」
「え。あの、挨拶ありがとうございます。私はルネットでございます。それでは失礼いたします……」
戸惑いつつも答えるルネットの隣で、キアナが小声で「王女様に迫るなんて、無礼な!」と憤っていたが、自分のことで精いっぱいなルネットは気づかない。
それからというもの、ルネットは外出する度にシエロに遭遇することになった。
草原で遠乗りしたとき。森で野花を摘んでいたとき。海で和んでいたとき。シエロは、ルネットに会う度にささやかな贈り物をくれた。
遠乗りしたときは花かんむりを。森で過ごしたときは野花の花束を。海での逢瀬では、とうとう空人族にとって大切な自身の羽を一枚。
気づけばルネットはシエロに恋心を抱いていた。
海人族のルネットが、空人族のシエロに恋をする。それは、互いに避けている両族にとって、歓迎しがたいことだと分かっているけれど、この想いを消すことはできなかった。
花畑でシエロに遭遇したルネットは、一大決心をして口を開く。
「シエロ。私は貴方に恋心を抱いてしまいました。もう私に会いに来ないで下さい」
ルネットがそう言った瞬間、嬉しそうな顔をしていたシエロが、凍りついた。みるみるうちに蒼白になる顔。
「慕ってくれているのに、会いに来るなとはどういう意味ですか? 理解が追いつきません」
「私は、海人族の王女です。民の模範にならなければなりません。それなのに、貴方に恋をしてしまいました。秘さねばならないことです」
このまま会い続ければまわりにばれてしまう。ルネットのこの心も。シエロの迷惑にはなりたくない。
「私は! ルネット、貴女を愛しています! もう会わないと言うのであれば、無理やりにでも国に連れて行きます」
冗談では無いとシエロの目が訴えてくる。
「やめてください。そんな事をしたら、大事になってしまいます。下手したら戦争にっ!」
涙目で制止するルネットに、シエロは絆されたのか、小さく吐息をつくと、ルネットの髪に口づけをして飛び立って行った。
辛い別れから季節は巡り、軽やかな鳥のさえずりが心地よい春がきた、今日この頃。
ルネットは、父王に呼び出され、謁見の間を訪れている。
「お父様ったら。呼び出しておいて、長いこと待たせるなんてどういうおつもりかしら」
眉を潜めてつぶやくと同時に、謁見の間に誰かが入ってきた。
「お父様と……、シエロ……?」
とうとう会いたいが余りに、幻覚でも見えるようになってしまったのだろうか?
「ルネット。謁見の間では節度を保ちなさい」
「申しわけありません、国王陛下」
「紹介しよう。こちらは天空王国の第一王子である、シエロ殿下だ。ルネット、そなたの婚約者に内定した。挨拶するとよい」
これは夢? 姿勢を正した裏で、手首をつねって確認してみる。いたい……。現実だ。これは、紛れもない現実のできごとなのだ!
「大海王国第一王女のルネットと申します。どうぞよしなにお願いいたします」
嬉しさに声がか細く震える。涙は零れないようにぐっと堪えた。
「ルネット王女。お会いできるのを心待ちにしておりました。末永くよろしくお願いします」
後日、二人は両国の中間地点で、盛大な結婚式を挙げた。
それまで、互いを避けていた両族は、この結婚によって歩み寄り、それまでの関係が嘘のように、仲睦まじい間柄になったそうである。
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