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第九話 竜飼まきととレモネード

❀女子高生さら美のお話㊦✿


 それからしばらくも、彼とは遭遇しなかった。

他の従業員からの目撃情報はあったから、相変わらずレモネードはテイクアウトしに来ていたようだ。

関係を聞かれたので小学校の同級生なんですと説明をしたが、「あの子来てたわよ!」と私に嬉々として報告するのは別にいらないのでやめてほしい。


 そんな日が続き、あっという間に夏休みは終わりを告げていた。

高校一年生二学期の始業式帰り、昼からシフトを入れていた私は制服のままアルバイト先のカフェに向かう。


一度家に帰るくらいの時間はあったわね。けれどそれもまた面倒だ。

従業員割引でアイスティーでも一杯飲むとしようと、従業員用の勝手口ではなくカフェの入り口に歩いた。


 昼時は近くの会社員がお昼休みを利用して来店する為、客の入りが良い。

今日は私と同じく午前中で学校が終わった学生も多いのだろう。少し遠目に、高校生らしい男の子がカフェから出てくるのが見えた。

私の方には曲がらず、背を向けて歩いて行く。


珍しい髪型じゃない。体操着姿しか見た事が無かったのに、私は慌てて声をかけた。

だってその子はレモネードを片手に持っていた。


「竜飼君!」


 はっと振り向いた彼は、良かった合っていた、確かに竜飼君だった。


「えっ、花通?!うわマジで?!なに、出勤前?!」


ええそうよ。と答えるも、そんな事より気になっていた事がもう止まれなくて、まるで焦っているみたいに早足で喉から言葉が駆け出る。


「怪我は大丈夫?大会は出れたの?」


自分の様態を気にされていたのがよっぽど意外だったのか、目をまん丸にした後、竜飼君は砕けんばかりの笑顔で力強く答えた。


「出れた!!指ももーなんともない!」


レモネードを持っていない方の手でブイサインまでしてみせる。前に見た時は痛々しく包帯が巻かれていた指だ。

なんだか私まで嬉しくなって、ほっと胸をなで下ろした。


「〜っ良かったわね…!」


へなへなな声が出た。口元も緩んでいたと思う。だって罰が当たったなんてチクタクが言うから…。ちょっと怖かったのよ…。


「夏休み、怪我したって聞いて以降一度も見なかったから…。

大会ってきっと夏休みの内でしょ?結末聞かないと気持ち悪くって。」


こんなに饒舌に男の子と話しているのは前世を含め初めてだけれど、なんだかもう気が抜けて頭が空っぽだ。

なんだ、本当に、ハラハラさせないでよ。そんな私の様子に竜飼君はそわそわと少し落ち着きが無くなっている。


「普通に敗けたけどな!」

「え?ああ、それはどうでもいいわ。」

「マジかあ…。」


言葉を取り繕えていない事に竜飼君の反応で気付く。いけない、気が抜け過ぎよ。


 「呼び止めてごめんなさい。それだけ聞きたかったの。ご来店ありがとうございました。」


逃げるように簡潔に言葉を並べ会釈してその場を去ろうとする。アイスティーを飲む時間も無くなっちゃうわ。


「待って!花通シフトって土日だけ?」

「…どうして?」


これには怪訝な顔を隠せない。いつも隠せていないかもしれないけれど。


「俺、花通に会いたくてここ通ってた。

外からレジ見えにくいし、来店したら買わないと冷やかしになっちまうから、夏休み中数当たったせいで財布ヤバい。」

「…はあ…。」


あなたのお財布事情なんて知らないけれど…。という気持ちが、その少し前の言葉をぼんやりとさせる。

だから?とでも言いたげな私の様子に、竜飼君はやたら赤くなっている顔をきっと引き締め拳を強く握った。

レモネードの入っているプラスチックの容器がべこっと音を立てて凹む。


「好きなんだよ、花通のこと!」

「⋯⋯へっ?!」


耳を疑う言葉に動揺を隠せない。

というか人通りも少なくない往来で突然なに?しかも私アルバイト先の目の前よ?竜飼君が私を好き?!どうして?!

混乱している私に構わず「小学校の時好きだったんだ、再会したらやっぱ好きで、」と言葉を続ける竜飼君に「あのそのあぅ、えっと待って、」と舌を噛みそうな程まごつく。

マスターしたはずの日本語がうみゃむみゃと情けなく絡んで転びまくる。

そのどさくさに紛れてとても小声で、とても早口で、堪らずチクタクの名を呼んだ。


 チクタクはひと目見るやいなや「こやつが竜飼まきと」と理解した。そして殺気を放った。人畜無害なはずの妖精がさあ殴ってやろうと言わんばかりにぱきりと拳を鳴らす。『待って!何もしなくていい!とにかくそばにいて!』とテレパシーで制止する。


 理解が追いつかないなりに竜飼君のある言葉が引っかかった。


「小学校の時って?変なあだ名を付けてからかったり、意地悪ばかりしてきていたじゃない。」

「それは素直になれなくて、構いたいけど気の引き方がわからなくて⋯本当にごめん。」


幼き失態を悔い、罪を認め謝罪する人間を追い立てるのはどうかと思う。けれど言わせてほしい。


「馬鹿なの…??」


ドン引きという言葉が相応しい迫真の本音に、竜飼君は「大馬鹿です…。」と弱々しく項垂れた。


好きな子に意地悪してしまう、そんな小学生男子の習性を聞いた事はあった。けれど半信半疑…いいえ全く信じていなかった。実在した事への驚きが隠せない。


だって好意と真逆の行為じゃない?韻を踏んでいるわ、ラップバトルするの?ああもう違うでしょ落ち着いて、どうしたら、男の子に告白された事なんて生まれて(もう一回生まれて)初めてで何もわからない。

告白された経験なんて、フワコからの一回きりだ。


⋯そう、フワコからだった。


 ふたりきりのベッド、どうしたのと言いたくなるほど冷たくなったフワコの手は震えていて、月明かりが照らした彼女の眼差しはいつになく真剣で、必死で。

あの時のフワコも、今、竜飼君も、いったいどれだけの勇気を振り絞って気持ちを伝えてくれているのだろう。


いつも私は、自分からは何も、踏み出さなかった。悪い結果を怖がって、選択をする事に怯えて、目を逸らして。


「⋯ごめんなさい。」


レモネードの氷が跳ねる音で、竜飼君の手がびくりと震えたのだとわかる。

傷付けてしまうのだとしても断る以外に無い。私はフワコを愛している、恋焦がれている、そう、



「⋯私っ、好きな女の子がいるの⋯!」



前世であれだけ非難の目で見られたのだ。私がそれをカミングアウトすると思っていなかったのだろう、チクタクは目を丸くしている。

竜飼君もまた、断られるにしても想像していなかった理由なのか、心底驚いた様子だった。


今世でフワコへの気持ちを誰かに話したのは、チクタクを除いて初めてだ。羞恥心よりも恐怖心が勝る。けれど、どんな非難をされても今彼になら構わない。

彼だって想いを告げる事は怖かったはずなのだから。

その勇気に応えたかった、私も正直に精一杯を伝えなきゃと思った。それだけなのだ。


 「⋯そっか⋯。そっか、」


竜飼君はしっかりと反芻するように、穏やかに二度そう呟いた。


 日陰だけれど八月末の気温はまだ秋の気配など微塵も感じさせない。レモネードのカップをつたう結露がぽたぽたと地面を濡らしている。

窓際のテーブル席を拭きに来た一緒に働いているアルバイトの子がこちらの様子をガラス越しにちらちらと気にしているが、今はそんな事を構ってもいられない。


「付き合ってる⋯とか?」

「えっと、⋯いいえ、今は会えなくなって。

⋯私がずっと想ってるだけ⋯なの⋯。」


女の子が好きだという告白だけじゃない、間接的に前世の話をしている。こんな事をするのは初めてで、躊躇いと不安で後ずさりたい気持ちが溢れ出る。


 チクタクの手がそっと私の背中に触れた。

わかっている、大丈夫、そうぬくもりが伝わってくるようで、私にはちっとも足りていない勇気や覚悟という物が、彼の心強さで補われていくのを感じた。


 「⋯そっっかあ〜〜〜〜!」


突然のハキハキした元気な声量に今度は私がびくりと震える。びくりどころじゃない、少し両足が浮いた。竜飼君の声はあまり低くなくてよく通る。


「なんかすごく、納得した。

そっか、そりゃ俺なんか勝ち目無いよな。」


 声色は先程と打って変わって脱力したようにひしゃげていくが、それは失望というよりも、緊張が解けたような、いっそ安堵に近いような、これっぽっちも嫌悪などの攻撃性を感じない穏やかな物だった。

それを裏打ちするように、顔を上げた竜飼君の顔は晴れやかで、相変わらず人懐こい犬のような、眩しい笑顔だ。


「正直に話してくれてありがとな!

会えなくなったとか辛すぎねえ?!

そんなの応援するしかないだろ。

つっても俺なんかが何が出来るでもねえけどさ、」


"穢らわしい、悔い改めろ"

姉妹だと話したらあなたもそう言うのかしら。

ああけれど、


「花通の恋が叶ったらいいな!

俺の怪我気にしててくれたみたいにさ、

俺も祈っとくから、がんばれよ!」


今はその言葉をありのまま受け取って失わないようにしたい。どれだけ肯定を願ったか、そして叶わなかったか、きっとあなたが思うよりずっと報われようの無い私達なのに。


 アイスティーを飲む時間は結局すっかり無くなって、真夏の立ち話で汗だくになった体を制汗シートで誤魔化し出勤した私は「あの子とどうなったの?!」と従業員達に群がられる事となった。


 苦いようでいて心にひとつ贈り物をもらったような、花通さら美十六歳。レモネードの眩しい黄色が目に焼き付いた夏だった。



次話からは再び大学生さら美のお話に戻ります。

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