第八話 竜飼まきと
✿女子高生さら美のお話㊤❀
「おとなしい」「大人びている」と印象を持たれる子供だった。
前世を加算すると十四歳を超えているのだからそれもそのはずだ。年相応の幼さを演じてみても、本物のそれ程にはふっ切れない。
けれど年の功に感ずかれてはいなかっただろう。
なぜなら私は前世でもまさに「おとなしい」「大人びている」と評価される子供だった。
そう元々、外遊びが好きなフワコとは対照的に、部屋の隅で本を読んでいる方が好きって子だったのだ。
勤続初日の新しいメイドにも照れて目も合わせられなくって、フワコの背に隠れてばかりで。
おまけに大勢の子供との集団行動なんて物は一国の皇女であった前世では経験していなかったのだ。
想像を絶する未曾有の景色にそれはもう心底怯えていた。
その結果の「おとなしい」「大人びている」でもあるのだろう。
そんな私は小学校である存在に絶望した。
小学生男子である。
いいえ主語がでかいわね!ごめんなさい!けれどやんちゃな子程目立つでしょう。
友達を作る事に消極的な私を囲んでしつこくちょっかいをかけてくるなんて子が、何度クラス替えをしても必ず複数人いたのよ。
クォーターである私の、前世と同じ金髪と碧い瞳の色は日本の小学校ではあまりに目立ったから。
子供の興味関心はけっして悪意では無いと思う。
けれど同級生の男の子に、ほんの少しだけれど、ハサミを毛先に入れ勝手に切られた時、私の男嫌いは今世で根深い物となってしまった。
うんと歳下の子供相手に情けないのだけれど、その時は衝撃と恐怖でえんえん泣いてしまって、お互いの保護者は呼ばれるわ校長先生も同席した謝罪の場になるわ、おおごとになってしまって青ざめたっけ。
けれどその事件もあって、女子校への中学受験をパパもママも快諾してくれた。
中高一貫校だったからそのまま六年、これで男の子と関わらなくて済む!と安心したものだ。
けれど両親に公立より高い学費を支払わせる事になるのは申し訳なかった。
なのでせめて自分のお小遣いくらいは自分で賄おうと、高校生になるとアルバイトを始めた。
男の子の従業員がいない可愛らしいカフェを選んだ。前世でも働いた事が無かったから緊張したけれど、初めて自分で稼いだお金にいたく感動した事を、今でも鮮明に覚えている。
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誤算だった。
可愛らしいカフェといっても、客層が女性ばかりなんて事は無い。それは心得ていた。けれどそう、通いやすいからと実家の近所を選んだのだ。校区内なのだから小学校の同級生だってこの辺に住んでいるという事を失念して。
「えっ、花通?」
はながよい、それは今世の私の名字だ。けれどあなたは私を「カルパス」って呼んでなかったっけ?
注文カウンターを挟んで対峙しているこの客は忘れもしない、私の髪を切った小学生男子(元)だ。
私より小さかった背もすっかり伸びて、どこかの高校の体操着を着ている。名前はえっと…
「たつかい…君…。ひ、久しぶりね…。」
視線が泳ぐ。微笑もうとした口元は引きつったが、顔を逸らし俯いているのであまりわかりはしないだろう。
「そう!竜飼まきと!すげえ偶然だな!花通ここでバイトしてたんだ!」
どうしてそんなあっけらかんと話しかけられるの?あなた私の前でお母さんに打たれて泣きながら頭を下げていたじゃない。
乾いた笑いしか返せない私に、彼も察したのか「あー…」と気まずそうに頭を搔く。
「俺クソガキだったよな。ごめんな。」
本当にその通りよ。もう二度とその顔を見せないで。と言いたい。そんな度胸も無いのだけれど。
「わ、私も子供だったし…。いいのよ。」
私も子供だったから何?!余計トラウマ植え付けた罪重いんじゃない?!なんにも良くないのにどうして私はこう!!
私の言葉に安堵したらしい彼は再び人懐こい犬のような笑顔を浮かべ、自分は今どこの高校だとか、バスケ部で大会目指してるだとか、土日も部活の朝練があるからその帰りだとか、どうでもいい話を私に聞かせた。いいからさっさと注文をしてほしい。
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もう二度と来るなと祈ったが、その後も彼は毎週のように私のバイト先に現れた。
そして土日にシフトを入れている私は毎度かち合った。
ホールや厨房の仕事をしている時は気付いてない振りをしてやり過ごせたが、やはり注文を聞かねばならないタイミングもある。
その度に彼はまるで友達みたいに私に話しかけてきた。
私の反応が薄かろうと雑だろうと楽しそうに一人で喋っているので、二ヶ月も経つ頃には恐怖心よりも呆れが勝ち、(嫌いだけれど)段々どうでもよくなっていた。
これで出待ちでもされたり連絡先の交換を迫られたりしていたならせっかく慣れたアルバイトも辞めて逃げていただろうけれど、彼はそういった事はしないのだ。
後ろに客が並んでいればさっさと注文を済ませ、一言二言フレンドリーな言葉を投げかけ帰って行く。
きっと部活終わりのレモネードにハマっているのね、帰り道のカフェなら通いやすくてポイントも貯まるのだし。たまたま同級生が働いているから話をするだけで。
空いた席のテーブルを拭いてレジの混み具合をちらりと見やると、ちょうど商品待ちをしているらしい竜飼君とぱちりと目が合う。
からりと笑って小さく手を振られたが、手を振り返すような好意も、しっし、とお早い退店を促す勇気も無いのでぺこりと他人行儀に小さくお辞儀をした。
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夏休みに入り、私のシフトも彼の部活動も曜日や時間帯を選ばなくなった。そのおかげで遭遇率が減り、些細だけれど億劫な業務がひとつ解消した私は平穏を満喫していた。
二週間ぶりだろうか、久しぶりという程でも無い。少し日を空けてからカウンター越しに遭遇した彼の指には大層な包帯が巻かれていた。
「その手、どうしたの?」
思わず目を丸めて聞いてしまうと、彼は私から話を振られた事に少し驚いたようだったが、照れくさそうに情けなく眉を下げて「怪我した」と笑う。いや、怪我だとは見てわかるのよ。
「片付け中にちょっと挟んじまって。折れてはねえの。ヒビ入ってるんだって。」
大会に出られるかは五分五分らしい。医者にはやめておいた方がいいと言われたが、治り具合によっては或いは、ギリギリ。そう話す彼は明らかに落ち込んだ様子だ。
それもそのはずだろうと自然と納得してしまう。普段の彼からは部活が楽しい、大会が楽しみだという気持ちが溢れんばかりに伝わっていたのだもの。
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「さら美様の御髪を切った罰が当たったんですね。」
報いを受けて何よりです。チクタクはそう飄々と言ってのけた。あのね。そこまでは思わない。
自分の部屋だと周りの目を気にする事無くチクタクと話が出来る、両親に話し声を聞かれても友達と通話していたと言えばいい。(通話する友達なんていないのだけど。)
お風呂上がりのスキンケアをせっせとしながら今日あった話をしている私の髪を、チクタクがタオルで優しく拭いてくれている。
私のすぐ側にいる場合のみ、ふわふわと物体をすり抜けるその体でも何かを持ったり触ったり、干渉する事が出来るのだ。
その為竜飼君がしつこい時は呼びなさいと言われた時は、何をする気か怖くてこれは呼べないと青ざめた。
周りから見たら今の光景もポルターガイストだ。タオルだけがふわふわと宙に浮いているように見えるだろう。
竜飼君が変人に思われるだけなら良いわ。アルバイト先のカフェにホラーな噂が広まってみなさい。神に懺悔する事がこれ以上増えたらあの世で私の舌はからからに乾いてしまうわよ。
⋯確かに彼は男嫌いになった原因のような物ではあるけれど、恨んでると言う程では無い。
あんなに楽しみにして、きっと部活も頑張っていたのだろうに。
どうでもいいけれど、竜飼君が大会に出られるといいなと思う。どうでもいいけれど。