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第五話 邂逅


 その日の講義も全て受け終わり、私とふわ子は帰路を歩いていた。

ふわ子は大学の徒歩圏内に部屋を借りて一人暮らしをしているが、立地は駅を少し通り過ぎた所らしい。

何度か部屋に誘われたものの、二人きりでベッドにでも座ったら?外で会っている時にしないような密着をされたら?私の気持ちが知られたら?友達ですらいられなくなる事態を恐れて、何かと理由をつけて避けてきてしまっている。


 「あっ!紫陽花が咲いてるよふわたん!リリーカル国にはいなかったよねえ。」


大学の化粧室で「櫛貸してくれない?名前なんだったかしら」「モコモコでーす。ふふ、さら美ったら忘れんぼさん。」とふわ子から上手くその名を引き出した。

モコモコにとってはまだ異世界の景色は目新しい。

子羊のようにあっちに跳ねてはこっちに跳ね、特殊な瞳孔の瞳を輝かせている。


 ふわ子は私が謀らずとも、本当にわけがわからないが、割とよく名前を呼んでくれるらしい。

「おはようモコモコ〜。」と言いながら朝髪を梳かしただとかで、大学に着いたら既にモコモコが居るなんて事も多い。

やはり前世の記憶が…?とまた淡い期待が過ぎったが、ドライヤーのプウちゃん、スマホのピヨピヨ、冷蔵庫のパタパタ…辺りまで存在を聞いた所で考える事をやめた。

「ふわたんのお家大家族だよ〜!」とモコモコは楽しそうだ。良いのよ…あなたが良いならそれで…。


 チクタクとモコモコを呼び出したままにする事は出来ない。前世の時からそうだった。妖精の国以外の空気は体力をとても消耗するらしい。

妖精の国の王は全ての妖精の父だという。可愛い我が子達が異界の地で倒れる事が無いように、彼らは二時間で妖精の国に強制帰還させられる。

一度帰れば次呼び出せるのはそこからまた二時間後。だから城に火の手が回ったあの時も、フワコはここぞという時までモコモコを呼び出さず温存していた。


 「睡蓮も咲いているのですよ。今はまだ開花時期ではありませんが蓮も。」

「えっ!じゃあこの世界にもぴょんぴょん競走があるの?」

「いいえ、浮力が違うようでこの世界の睡蓮には人は乗れないのです。」


ぴょんぴょん競走には触れないでおくが、妖精の国にはこの世の全ての花が咲き乱れているらしい。

その為か二人は花を友達のように親しんでいる。

一人暮らしをするにあたってチクタクと育て始めた観葉植物やベランダガーデニング、モコモコが見たらはしゃいでくれそう⋯。


 「ねえ、さら美聞いてる?」

「!ごめんなさい、なんだったかしら。」


私とした事がチクタクとモコモコの会話に興味が向き、ふわ子の話に反応しそびれたようだ。


「ゆめちゃんが合コンのお礼にって映画のペアチケットくれたんだよーって。

さら美は映画とかも興味無い?」

「え、ああ…。そんな事無いわ。映画は好きよ。

良かったわね、さすがゆめちゃんだわ。

映画のペアチケットなら気軽にデートで使えてお礼に最適だもの。」


あまり彼氏が絡む話題は聞きたくないのだけど…と思いながらも、卑屈な性格が災いこれでは私の方が男の存在を意識してしまっている。

デート、なんて単語は口にせず映画の話を膨らませれば良かったのに。


どうしてこう、私は墓穴を掘るのかしら…前世からずっと…。

陰鬱に沈む私を察しチクタクとモコモコが視界の端で元気づけようと踊っている。

妖精の励まし方はなんだかこう…ワールドワイドでいいと思う。ありがとう。


 ふわ子は二人のダンスが見えたかのように楽しそうに笑った。本気でダンスが見えたのかと思った。だって私に笑う要素無かったわよね?



「私、さら美を誘おうとしてるんだよ?

デートに最適だって言うなら、私達のもデートって呼ぼっか。」



悪戯っ子のように目を細めて私に微笑みかけると、彼女は悪戯が成功する瞬間を見逃すまいとでもいうように少し屈んで私の顔を覗き込んだ。


そんな事をされては耐えられない。

ぼっと真っ赤になってしまったであろう酷く熱い顔に、じわりじわりと汗が吹き出る。

そんな私の様子を見て、誘いにイエスと答える事を確信したのかふわ子は満足げだ。


「決定!ね、行こ?何観ようかな。

駅前のミスドーナツ寄っていろいろ決めようよ。」


もうこくこくと頷く事しか出来ない私は風船のように無力に、ふわ子に手を取られ引っ張られて行く。

神様、私は弄ばれているのでしょうか。

これで愛しているとバレていないのなら、部屋にお邪魔して私がどんな反応をしようともバレないのではないのでしょうか。


 フワコとふわ子は全然違う。ふわ子の天然さや能天気なところを見てそう感じていたけれど、時折まるで同じ眼をするから侮れない。

心の奥まで見透かしたような、包み込んで抱き上げるような、優しいけれど支配的な眼…。


「腰が抜けたら支えます。」

サッと私に寄り添うチクタクに『うう、お願い…!』と情けないテレパシーを送る。

「やっぱりふわたんはふわたんだね!」とモコモコはいつにも増して嬉しそうだ。そうね。前世ではフワコは常にド攻めだったものね…。


 さっきまでの落ち込んだ気持ちは吹っ飛び、波のように寄せては返す「私にもまだチャンスはあるかもしれない」という淡い期待が津波となってビーチを飲み込む。

危険。危険よ。

高鳴る鼓動を落ち着かせようと深呼吸を二回した。

その時だった。



「ふわ子。」



男の低い声が愛しい人の名を呼ぶ。


血の気が引く事も追い付かない、私の時だけが止まったように、瞬きすらはばかれる程に体が硬直する。

今世のふわ子のお父さんかもしれない。ふわ子もひとりっ子だと言っていたけれど従兄弟だとかはいるかもしれない。必死に他の可能性に縋ったが、声の主に振り向いたふわ子の顔を見てそれは現実逃避という物だと悟った。


「色君?」


シキくん、入学式の日ゆめちゃんとの会話で聞いた。一緒に過ごす大学生活の中でも、会話の中に何度かちらりと現れた。

私をドーナツ屋まで引っ張る為に繋がれていたふわ子の手がするりと離れる。やめて、いかないで。


いかないで!


「どうしたの?色君は今日五限まである日でしょ?」

「急に休講になった。だからいつもよりゆっくりふわ子と居れると思って。メッセ既読つかなかったけど来てみた。」


駆け寄ったふわ子はさっきまで私の右手を握っていた左手で、自販機より大きな背丈をした男の腕に触れる。


 繋ぎ止める事なんて出来ない。


参考になるかもと異世界転生物の作品を読み漁っていて知った言葉がある。NTR…寝取られだ。

けれど前世をカウントに入れて寝取ったなどと恨まれても知らんがな過ぎる。言いがかりも甚だしいと私だって思う。

リセットされるはずの物がリセットされていない、エラーを起こしている私の問題なのだ。


 だからそう、私はふわ子の友達。同じ大学の同期生。たまたま花かんむりがお揃いで、たまたまお互いクォーターで、たまたま誕生日が同じで、たまたま名前のキラキラ具合が同じの。


「たまたまがゲシュタルト崩壊しそうですけど他人と言うにはホント無理があると思います。」


自分に言い聞かせているつもりが念じ過ぎてテレパシーでだだ漏れだったようだわ。

チクタクがツッコミを入れてくれたおかげで独りでこの地獄に立ち向かっているのでは無いと思い出せた。


そしてチクタクがモコモコの腕を渾身の力で捕まえているのだけれど、羊のように可愛らしいはずのモコモコの顔がまるで猛獣のそれよ。

本当にふわ子達は何も感じないのかと不思議になる程の激しい殺気に思わず冷静になる。


「今友達とミスドに寄るところだったの。

ねえさら美、色君も一緒にいい?紹介したいわ!」


 正念場よ、サラミ・テクキュール・リリー姫

改め花通(はながよい)さら美。

私を逃がす為にフワコの命が犠牲になった、それ以上の地獄なんてありはしない。

こんな障害小石っ…大石…大きな岩…城壁…程度に過ぎないわ。

思い出すのよ、第四皇女としての威厳を。プリンセスたるもののプライドを!

背筋をぴんと伸ばし、凛々しく表情を引き締めて言ってやった。


「よろしくってよ!!」


「悪役令嬢みたいな友達だね。」

なんて素直な感想かしらこの男。穴があったら入りたい。



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