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第三話 チクタクとモコモコ


 初めて喋る言葉にとても気を使ったのを覚えている。

「ママ」が先か「パパ」が先か問題だ。


無難に「まんま」を選んだが、どちらが先かという問題は依然解決していない。

二言目「わんわん」を披露して尚、両親はいつ自分の番かという期待を失わなかった。


あまり焦らしてはどちらも可哀想だ。私は育児時間を計算し、より過ごす時間が長かった方、即ち「ママ」を選択した。

同日の内に「パパ」も披露した事でどちらが先だったかという記憶は二人とも曖昧になり、斯くしてどちらが先か問題は我が家では迷宮入りとなる。


 しかし私が発声しようと一心に練習したのは他でも無い、「チクタク」だった。

懐中時計は無い。けれど時計でさえあれば或いはと、一縷の望みを賭けて必死にその名を呼んだ。


「ちうたう!」


か行がしぬほど難しい。舌が回らない。そして我が家はデジタル時計である。秒針が無いディスプレイははたして時計判定になるのか。日付とか室温とか書いてあるけれど。


 生まれ変わって四年も経つと発声こそクリア出来たものの、この世界ではやはり魔法や妖精などおとぎ話だと突き付けるように、いくら呼びかけても奇妙な独り言が空を切るばかりだった。


けれどある日、父が学生時代使っていたという腕時計を発見する。耳を澄ませば秒針の時を刻む音がちくたくと微かに聞こえた。

期待する事に疲れていた私は「ほんの試しだけれど」と心の中で言い訳を呟き、ぽつりとその名を呼んでみた。


「チクタク」


するとどうだろうか。波間が日差しを転がしたような光に包まれ、天地でもひっくり返ったのかという程の顔をしたうさ耳少年が目の前に姿を現した。


でかい。いいえ私が小さいのだけれど。


「サラミ様!!」


彼は小さなかつての主人に縋り付きわんわんと泣いた。冷静で表情の変わらない彼のこんな姿は見た事が無くて狼狽えたが、自分が最期どれほど軽率な行動をしたか、どのように彼を置いて逝ったか思い出し、あまりの申し訳なさにその場に崩れ落ちて擦り切れるほど謝った。


 かくして私は十五年、アナログな腕時計を身に付けている。

幼稚園では荷物や着衣の管理までも面倒を見られる為さすがに諦めたが、小学校から高校までは懐中時計型の物をランドセルやポケットに忍ばせて登校し、放課後は腕時計をして過ごした。


大学生というものは良い。身なりに制限が無いし、腕時計もだけれど今世ではクォーターという理由のこの金髪も目立たない。


 チクタクとモコモコ。彼らは妖精だ。

不思議な存在というだけで大それた力は無い。

宙を飛び、媒体を元に神出鬼没に現れ、通ずる者とだけ言葉を交し、通ずる者の目にだけ映る。


それでも私とフワコは本当に助けられていた。

見張りや偵察には適役であるし、電話やメッセージアプリなんて物が無い世界で、テレパシーで遠隔から会話が出来るのは私達の強みだった。


見張りや偵察が必要になる状況下が滅多に無い安全な国で、便利な科学が発展しているこの世界では、イマジナリーフレンドのような役割に過ぎないのかもしれない。

けれど唯一私の前世を知る、心強いパートナーだ。


 モコモコにも会いたかった。羊の角で出来た製品ならと入手して呼びかけてみたが、こればかりはチクタクを呼び出すよりさらに望み薄だった。


なぜならモコモコと契りを交わしていたのはフワコだ。

私達の生誕五年を祝う宴で来賓の魔女から父が買い、それをそれぞれ選んで従属したのが出会いだ。

そう、前世の時ですらフワコがチクタクを、私がモコモコを呼び出す事は不可能だったのである。


妖精の国というものがあるらしい。

チクタクはそこでモコモコといつでも会えると言う。なので伝言ゲームのように、チクタクを介してモコモコとも話はしていた。

私がチクタクを呼び出したようにモコモコがフワコに呼び出されないという事実が、フワコの転生をより一層絶望的にさせていた。


 …のだが。


「うわああんフワたんイヒが見えないの?!」


大学の講義室でこの独特な一人称を聞く事になるとは思っていなかった。

この世界に転生して知ったがこれはドイツ語の一人称だ。どういう繋がりで妖精の国に断片的に伝わったのか不思議でならないが今はそれどころでは無い。


ふわ子は目の前でおいおいと泣いているモコモコをガン無視している。


あろう事か机に乗り上げるモコモコの両膝を貫通して、今日提出の課題を大慌てで書き込んでいる。

⋯それ絶対間に合わないと思うけれど。



✿❀✿❀



 「おはようさら美!ちょっと今ピンチだから喋れないのだけど!隣座ってね!」

「ねえ!フワたん!フワたんってば!こんなのあんまりだよお!なんで?!」


モコモコの声が被って私にはちょっと聞き取れなかったけれど何を言ったかは大体想像がつく。

「おはよう。やばいわね」そう結構本気で(二重の意味で)言いながら私はふわ子の隣に腰を下ろした。


『再会を喜んで抱擁したいところだけれど…この状況は?』

心の中でモコモコに問いかける。テレパシーなら私とモコモコの間でも通じるおかげで私まで彼を無視せずに済んだ。


「どうやってこちらに顕現したのです?」

チクタクも不思議そうだ。


まさか記憶の無いふわ子が偶然羊の角に向かって「モコモコ」と呼びかけたなんて奇跡じゃあるまいし。

「それがね…」

モコモコが語った観測した事情はこうだ。


・羊角製の櫛をふわ子が手に持っている

・羊の角だからモコモコって名前にしたのなどとゆめちゃんに説明している

・ゆめちゃん爆笑

・今日提出の課題の話になり途端青ざめるふわ子


そして今に至ると、そういう事らしい。


記憶の無いふわ子が偶然羊の角に向かって「モコモコ」と呼びかけたなんて奇跡だった。

どうなってるの。櫛に愛称付ける人間なんている?前世の記憶が実は薄ら残っているなんて希望を抱いてしまいそう。

私は不自然じゃないくらいに、何気無いように見せながらしっかりと頭を抱えた。


 再会してすぐなら手放しに希望を抱いていただろう。私に運命を感じたと彼女は言った。その言葉に存分にときめいた。

今は他に恋人がいるとしても、私と接する内にもしかするとなんて浅はかにも淡い期待を抱いた。


しかしその後約束通りゆっくり話をして、一緒に大学の最寄駅まで歩き、何日か大学で彼女と顔を合わせて知った。


彼女は物凄く天然で、物凄く純粋な感受性で、おそらくあまりにも自由だ!


道端の石ころを唐突に拾い「この形と色好き!持って帰ろ」と言い出した時は思わず幼子の母親のように狼狽えた。


前世でも破天荒ではあった。森で遊んだ体力と脚力が最期囮として発揮されたとも言える。

けれどフワコはもっとこう…!知的で!聡明で!賢明で!柔らかい雰囲気とは裏腹に凛々しさを携えていて!少なくとも課題をすっぽかして学校で慌ててやるような間抜けでは無いのよ!


 泣いて騒ぐ事に疲れたのか、私とチクタクが来たおかげで落ち着いたのか、モコモコはさっきまで机に乗り上げていた体をふわ子の向かいに下ろし、組んだ両腕に顎を乗せ机に突っ伏すと、じっとふわ子を見つめた。


「フワたん、また生まれてきてくれて良かった。もう二度と会えないと思ってたんだ。だからとても寂しかったんだ。

君がどこにも居ないとね、妖精の国も、お気に入りのベッドも、大好きなお花畑も、ぜんぶが地獄みたいだったんだあ…。」


ぽつりぽつりと零す言葉はふわ子には届かない。

その瞳にモコモコは映らない。

けれどモコモコはとびきり優しい笑顔でふわ子に微笑みかけた。


「またモコモコって名前を付けてくれてありがとう。その櫛大切にしてね。できればたくさん連れて歩いてね。」


『私がそう伝えるわ。あなたの言葉は私達がちゃんと聞いているから。』

私の言葉にモコモコの顔がほころぶ。


失っていた時間を取り戻すかのように、モコモコはその後もふわ子を見つめたり、周りをくるくる回ってみたり、頭を撫でてみたり、また見つめては宝物みたいにぼんやりと眺めたりして、楽しそうに過ごしていた。


隣に座っているのでちらちらと視界に映るし、度々チクタクとモコモコが会話したりしていて講義中は気が散って仕方なかったけれど。


 フワコとモコモコが並んでいると私はその空間がとても温かく感じるのだ。

日向ぼっこをしているみたいに安心して、お昼寝をしたような余韻が残る。それが私は大好きだった。


だからきっと、どんな奇跡でも良かったと思う。

櫛に愛称を付けるなんて奇行だけれど。



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