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こんとらくと・きりんぐ

コレクション(こんとらくと・きりんぐ)

作者: 実茂 譲

 見渡す限り、緑の原野。

 案山子が一本刺さったままの荒畑がときどきあるだけ。

 草原にアスファルトの道が走り、涙色のクーペは磨いたボンネットに曇りの影を映し流しながら、交通法規の権化のごとき安全運転をしていた。

 法定速度を守り、刺激性のあるミント錠剤を噛んで眠気を飛ばし、二時間に一度小休止を取る。

 安全運転にこだわるのはハンドルを握るのが、ショートヘアの少女、もしくは長髪の少年に見える殺し屋だったからだ。

 何かひとつくだらない違反をして、警官に止められて、ショルダーホルスターの銃やナイフ、トランクのショットガンを見つけられるとひどく困ったことになる。

 見渡す限り、遮るもののない草原でも警官のオートバイがどこに隠れているのか分からない。人工芝でつくったカモフラージュをかぶって隠れた警官もいるのだ。

 そろそろ休憩しようかと思ったところで小さなガソリンスタンドを見つけた。

 レバーを動かすとてっぺんのガラスの球体のなかでガソリンがあふれ出すガソリンポンプが一台と防水ペンキを塗った小屋とその小屋に寄り添う電話ボックス、裏手には錆びたポンコツ自動車。

 車を止めて、コインを入れてガソリンを補給し、田舎のガソリンスタンドの裏手にはなぜ必ずポンコツ自動車があるのだろうと考えていた。

 考えてこたえが見つかったからと言って、何か得をするわけでもなく、頭がよくなるわけではないが、ラジオの電波も届かない草原の道路を走るのはひどく退屈なのだ。

 小屋にはオイル缶が窓のそばに並んでいるのが見えたが、わざわざ覗き見する気も起きなかった。

 それよりはポンコツ自動車のほうが興味を引いたが、見てみると、このポンコツはただのポンコツではなかった。

 ロマンチックなポンコツ――まだ道路を走ることをあきらめていないポンコツだった。

 車体は大衆車の最古モデル、四つの車輪のうち、前ふたつはオートバイから、後輪はトラクターから拝借していて、エンジンは古い草刈り機をいくつもつなげたもの、バッテリーは謎の液体を入れた広口瓶に電極を刺したもの。

 これが本当に走るのか気になった。

 気になったが、それだけだった。


 都市が見えてきた。

 その都市は丘の上にあった。高い城壁に囲まれていて、街道から分かれた道は大きな門へと続いている。

 ショートヘアの少女、もしくは長髪の少年に見える殺し屋もハンドルを握って、その道を上っていくが、殺し屋という職業柄、市外へ逃げるための道がひとつしかないという状況には感心しない。

 壁を上れば逃げられるかもしれないが、それでは車を置いていくことになるし、それに城壁は足をかけられそうな出っ張りのない、カデット・グレーの石でできていて、表面は角をなめとられたみたいにすべすべしている。

 梯子を見つける手もあるが、壁を登る人間というのは月のない真夜中でも姿が目立つのを殺し屋は()()で知っている。

 城壁の上の通路を巡回するライフル兵たちにいい暇つぶしを提供するだけだ(()()というのは殺し屋は一度、やってもいない殺しで刑務所に放り込まれたことがあり、そのとき、有名な銀行強盗〈微笑み〉が撃ち殺されたのを見た。〈微笑み〉は壁のてっぺんまであと数十センチのところを見つかり、監視塔から執拗な銃撃を受けた。地面に落ちたとき、〈微笑み〉の口と頬は三〇・三〇弾で切り裂かれ、〈大笑い〉になっていた)。

 都市は水濠で囲まれていて、橋を渡ると、城壁をへこませてつくった部屋に入国係の役人がいて、そこで旅券を見せた。

 部屋は書類棚とライフルがかかった木製の台があり、国王の肖像画がかかっていたが、目立つのは城内側の壁を床から天井まで埋めるマッチのラベルだった。絵柄はさまざま――虎、白馬、戦艦、太鼓、騎士、峰、女性の横顔、大砲、リンゴ、熱帯のオウム、石鹸、煙草をくゆらせる放蕩児、神殿、小麦、らくだの隊商、怪物、鷲、ハサミ、頭蓋骨に棲む毒蛇、飛行機、黒豹、錨、怪力男、城、魚、火打石銃兵フュージリア、首長竜、汽船、シルクハット、コイン、鹿、泣き顔の月、短剣をくわえた海賊、時計、ダチョウ。

 殺し屋があっけにとられていると、入国係がたずねてきた。

「入国の目的は?」

「えーと、仕事です」

 スタンプがおされ、旅券が殺し屋の内ポケットに返ってくると、殺し屋は、

「これ、全部、あなたが集めたの?」

「ええ」

「すごいコレクション」

「このまちの人間は何かしら集めるんですよ。あなたは?」

「ぼくはあちこち出張する仕事なので」

「そうですか。そのほうがいいかもしれませんね」

「というと?」

「人の欲には限りがありません。一度集め出すと止まらないのですよ」

 涙色のクーペは初代国王の騎馬像がある広場に出た。棹立ちした馬にサラダボウルみたいな兜をかぶった国王がまたがり、姿の見えない敵の頭に棍棒を振り下ろそうとしている。

 銅像の台座は鋳鉄の柵で囲まれていて、様々な色のリボンが結んであった。赤、青、緑、黄色、紫、茄子紺、芥子色、土器色かわらけいろ褐返かちかえし、鳩羽色、真紅、蘇芳、麻縹あさはなだ、亜麻色、淡紅藤あわべにふじ鶸茶ひわちゃ丁子茶ちょうじちゃ絹鼠きぬねず、桔梗色、柳染、鈍色にびいろ勿忘草色わすれなぐさいろ、珊瑚色、象牙色、白。

「なんだろう。この――、殺気まじりのよく分からない圧を感じる」

 車を広場の隅に停めて、後部座席の木箱を見た。

 二ダースのビールが入っているはずだったのだが、ビールの不思議で、まだ十数本残っていたはずの瓶ビールの中身が忽然と消えてしまっていた。

 幸運なことに殺し屋は広場に面した酒場を見つけた。

 白い漆喰塗りに〈酒場〉とだけある店で、なかに入ると、巨大な棚に世界じゅうのビールが置かれていた。セント・ジェームズ・エール、ブラウ、レッド・クラシック・ビール、ハミルトン、リクスビアー、オールド・コンドル、シュミッツ・ビール、トロピカル・モルト・リカー、サザンアイランド、ノースキャッスル、コモエスタ・ビール、ブラック・シャーマン、リトル・コール・エール、サンジリー、アリゲーターズ・ラガー、ペンファーザー、スモーキー・ビル・ラガー、シャスール・ド・ピエ、カタナ・ビール、アインツバルガー、ラマングロッツ、レモンフィールド、ピーキーズ・フュリー、ランディラ。

「すいません。ランディラ、一本ください」

「うちはビールは売ってない」

「え?」

「え?」

「でも、そこに置いてあるの、全部ビールですよね?」

「そうだな」

「で、あそこにあるのはランディラ。間違いないですよね?」

「間違いない」

「売ってください」

「だめだ」

「どうして?」

「あれはコレクションだからだ」

「コレクション……」

 殺し屋は合点がいった。この都市に入って以来、感じていた殺気まじりの圧は蒐集家の圧力だった。許可なくコレクションにさわったら殺す圧、自分のコレクションが一番でそれを否定するものは誰でも殺す圧、真贋を疑ったら殺す圧、壊したりしたら簡単には死ねないやり方で殺す圧……

「このまちの人間はみんな何かコレクションしないといけない法律か病気にかかってるんですか?」

「コレクションするのに法律や病気が必要なやつがいるか?」

「あー」

「誰だって人間オギャアと生まれれば、まず最初におしゃぶりをコレクションするもんだ。人よりも何かをたくさん持っていたいってやつはいるもんだろ?」

「そう、――なんですか?」

「これだから外国人は。おれが三年前に見つけたマヌケの話を教えてやろう。そいつも、いまのお前みたいにビールを欲しがった。車にはあと一本しかないってな。その残り一本が何だったと思う? カタナ・ビールだったんだぞ!」

「はぁ」

「おいおい、まさか、あんたも分からないのか? 限定、百本しか作られていない、伝説のビールだぞ。ほら!」

 店主はビールコレクションの上から五段、左から七つ目の茶色い寸胴な瓶を指差した。ふたりの侍が刀を抜いて鍔迫り合いをしていて、その火花が『カタナ』の文字形に散っていた。

「あのバカは安ワイン三本でこのお宝を手放した。まったく人生最良の日だね。女房の母親がくたばった日よりも嬉しかった。お前、何かレアなビールを持ってないか?」

「いえ。ぼくはランディラばかりで。――売ってもらえます?」

「駄目だ」

「ランディラなんかどこでも手に入るじゃないですか」

「じゃあ、ここ以外のどこかで買ってくりゃいい。あのランディラはダメだ」

「はぁ……じゃあ、ワイン、赤、一杯ください」

「はいよ」

「これ、白」

「だから?」

「全然違う」

「どっちも同じワインじゃないか」

「もし、リクスビアーとリトル・コール・エールのことをどっちも同じビールだろ?っていう人がいたら、どう思います?」

「死んだほうがいいな。死んで、もっとまともな舌をもって生まれられるよう祈っとくのが正解だ」

「あなたはワインで同じことをしています」

「ワインとビールは違う」

「その違いは分かるんですね」

「おれを何だと思ってるんだ?」

「ワイン色盲」

 白ワインを飲みながら、これだとタバコも手に入るか怪しいと思い、こんなところで長居は無用。とっとと仕事を済ませようと思い、瓶ビールマニアックの店主に、

「バーニー・バーンフィールドって人がやっている料理屋を知ってますか?」

「この店から右にまわって、二本目の通りを真っ直ぐ走る。そうしたら、騎士通りの看板が出るから、そこで左に曲がればいい。しばらくすると、大きなジョッキ型のブリキ板を〈バーニーズ〉と切り抜いた店がある。そこだ。ビールも売っているから飲めばいい」


 バーニーズはそこそこ流行っているようだった。

 給仕娘がひとり、あちこちのテーブルをまわって、ポトフとビールを運んでいる。いまは熱い豆と一緒にビネガーの瓶を客の前に置いているところだった。

 ここの壁の棚には缶詰のコレクション――象に乗ったハンターが虎を撃つ胡椒の缶、青いシャツを着た猫が巨大なさじで巨大な鍋をかき回す豆スープの缶、黄と緑の枠に気取らないフォントの輪切りパイナップル缶、髭を生やし防水帽をかぶった漁師の顔が大きく描かれたオイル・サーディンの缶、ラベルを商品名の縦書きで左右に分けてキリンに乗ったジョッキーと綱渡りをするハゲタカを描いた肉エキスの缶、どこかの白人軍隊がどこかの黒人反乱兵に機関銃と榴弾砲を発射するココアの缶。

 バーニー・バーンフィールドは大きな勘定機械のあるカウンターで電話をしていた。髪がもじゃもじゃした太った男で殺し屋を見つけると手元の写真と実物の殺し屋を見比べながら、手招きした。

 手で送話器に蓋をして、

「待ってたよ。この国はどうだ?」

「みんないい趣味をしてる」

 青色紙幣でビールを注文し、ジョッキ一杯の地元ビールと、二枚のおつり紙幣、そのあいだに二つ折りにされた小さな紙。

 そこに書かれた名前の人物がターゲット――メルディングフォード卿。

「終わったら、報酬を払う。それと次のターゲットのネタもな」

 そう言うと、おれは忙しいんだと言った様子で電話に戻った。手元には缶詰会社の大きなカタログが蟹の缶詰のページを開いていた。



 プシュッ。

 無音のライフル弾がメルディングフォード卿――ふたつの対立するギャング団の違法な武器取引の仲介をする老貴族の額を撃ち抜く。

 それぞれのギャング団がお互いに罪をなすりつけ合い、撃ち合いはその場にいる全員が死ぬまで続いた。


 

(……どうも、ストンと来ない)

 違和感がある。

 食堂。バーニーズ。二日後。

 報酬と次のターゲットの名前を受け取るが、違和感がある。

「サリー。こちらのお客にビールだ」

 給仕娘が泡立つビールを長靴風の陶器のジョッキに入れて、持ってくる。

 細かく見て分からないなら、大きく見てみると分かることがある。

(――あ)

 コレクションがないのだ。

 食堂の壁には空っぽの棚がいくつもある。あの大量の缶詰のコレクションがしまわれているのだ。


 Q.なぜ、コレクションをしまうのか?

 A.コレクションが壊れてしまう危険があるから。


 Q.コレクションを壊す危険とは何か?

 A.それは――


 殺し屋はわざとジョッキを落とした。

「ああ、やっちゃった!」

 大声を出しながら、しゃがみ、ジョッキの破片を拾おうとするふりをして、さらっと店の客たちの様子を見る。

 ウールのチョッキを着た給仕娘、腰の曲がった老人と老婆、コーヒーにスピリッツを入れるふたりの事務員、顔を石の粉で真っ白にした石工が三人――みな、殺し屋を見ている。

 ひとりだけ、店の隅にいる男がこちらをちらりとも見ようとしない。

 山高帽をかぶった、ひどく痩せた男でネクタイもカラーもないシャツ姿で失業者みたいに見える。

 失業者のテーブルには熱い豆とビネガー。

 失業者の手が腿のあたりを不自然に撫でている。

 しゃがんだまま、バーニーを見上げる。土気色の顔。額の汗。

 殺し屋の手が銃に伸びる。バーニーの手がカウンターの下に伸びる。

 失業者の手。金属の光。

 殺し屋が床に身を投げる。失業者が床に身を投げる。

 引き抜かれた銃たち――転がりながら放たれた弾丸――バーニーの弾丸が勘定機械をぶち抜き、コインが飛び散った。

 阿鼻叫喚。パニック。客たちが我先に店から逃げようとする。失業者が撃つ。老婆が口から血を流し、頭からガラスに突っ込む。殺し屋が撃つ。失業者の体が空っぽの棚に叩きつけられる。

 失業者は給仕娘に銃を突きつけて盾に使い、調理場へ下がっていく。

 殺し屋は三十二口径の予備の銃(バックアップ)を抜き、失業者を狙った。

 給仕娘の悲鳴。悲鳴。悲鳴。――失業者が給仕娘の頭を吹き飛ばす。

 殺し屋が三発撃った。給仕娘の顔、首、肩。失業者が給仕娘を取り落とす。さらに三発ぶち込む。失業者の顔、顔、顔。

 店じゅうが穴だらけだった。缶詰のコレクションの八割が死んでいたところだ。

 バーニーはショットガンを取り出そうとしたところ、撃たれて――どちらの弾かは分からない――そのまま倒れたようだ。両目が吹き飛んでいた。

 赤色紙幣二枚に挟まれたターゲットの名前――〈国王〉。

 ワインレッドの大型自動車が急ブレーキをかけ、機関銃を窓から突き出してきた。銃弾の嵐がテーブルと椅子を薪に変える。ガラスと漆喰片が降るなか、伏せたまま、ポケットの手榴弾を取り出して、放り投げる。

 窓からなかに入った手榴弾に襲撃者たちが騒ぐ。轟音と閃光、炎。帽子をかぶった四つの頭が車の屋根とともに真上へ飛んだ。




 消えてなくなったフロントガラス。

 木挽き台を吹っ飛ばしたときに割れたライト。

 制式ライフル弾の連射で穴だらけになったエンジン。

 門が閉じるギリギリを走ったためにもげてしまった左右のドア。

 涙色のクーペは都市の門を突破して、草原のガソリンスタンドまで殺し屋を運んで息絶えた。

「こんなのあんまりだ」

 感情のないプロの殺し屋、それも感情がなさすぎて、裏切られたときの復讐心までなくなってしまった連中を知っている。

 だが、改造ポンコツ車のほうがマシに見えるほど、愛車をぐちゃぐちゃにされて、「どうでもいい」とセリフを決められるほど、ショートヘアの少女、もしくは長髪の少年に見える殺し屋はクールにできていない。

 ポケットの小銭を集めて、電話ボックスに入ると、ある番号をまわした。

「やあ、ぼくだよ」

「誰だよ?」

「ぼくはぼくだ。景気は?」

「冴えねえ。で、お前、誰だよ?」

「いまから言うところに来てほしい。××街道の××××」

「なんだよ、それ?」

「いいから、来てよ」

「お前、誰だよ? あ?」

「ぼくだよ」

「誰だよ?」

「とにかく、品物を持てるだけ持ってきてほしい。損はさせないよ」

「ほんとか? サツのオトリ捜査じゃねえだろうな? んなのだったら、許さねえからな」

 一時間もしないうちに大きな赤いバンがやってきた。尋常ではない土煙の柱を巻き上げ、猛スピードから一点の急ブレーキ。

 ケホケホ、咳をしているうちに土埃の幕がゆっくりほどけていき、湯気の出る紅茶カップの絵が見えてきた。バンの側面の絵でホット・ティーと黄色いペンキで綴られている。

 運転している男は殺し屋を見て、

「なんだ、お前か」

「だから、ぼくだって言っただろ?」

 殺し屋はウェットスーツのように体にぴったりした黒い戦闘服にトレンチコートを羽織って、銃と手榴弾を入れるためのホルスターをつけ、つま先に鉄板の入ったブーツを履いていた。

「その様子だと大量殺戮のためのブツが必要ってわけか」

 男は車を降りると、バンの後ろのドアを開けた。

 ピストル、リヴォルヴァー、軍用ナイフ、ボルトアクション・ライフルと狙撃用スコープ、オートマティック・ライフル、二十二、三十二、三十八、四十四、四十五、五十口径のハンドガン弾たちがカラフルな紙箱に入って、撃針が雷管を貫く瞬間を待っていた。

「何が欲しい?」

「四十五口径のオートマティックにつけられるサイレンサーとダムダム弾。予備の弾倉。七・六二ミリのボルトアクション・ライフル」

「スコープは?」

「いらない。手榴弾六個。時限信管付き梱包爆薬ひとつ」

「バズーカがあるぞ」

「どっちからロケット弾が出るのか分からないからパス」

「機関銃は? いろいろ取り揃えてるぜ」

「現地調達するからいらない。高いし」

「しょうがないだろ。東の国で戦争、西の国でマフィアの抗争。機関銃は品薄なんだ。――あ、いいものがあるぜ」

「毒ガスならいらないよ」

「違う。もっといいものだ」

 武器屋が出してきたのは、大きなナイフだった。分厚い刀身は先端が鋭く反り、峰には真鍮がかぶせてあった。そして、絵には内側が凸凹したリングがついていて、

「これが、――これで、――どうだっ?」

 リングがライフルの銃口にカチンとはまった。

「これ、銃剣?」

薙刀グレイブみたいだろ? 接近戦じゃ敵なしだ。これはおまけでやるよ。ナイフだけでも十分使える。刀身の峰に真鍮をかぶせていて、体重のかけ方を間違えなければ、お前みたいな華奢な体格でも成人男性の首を楽々切り落とせる」

「ぼくは華奢じゃない。骨太じゃないだけで、華奢じゃない」

「まあ、いいじゃねえか。じゃ、そろそろお会計だ。うちはカードは使えないし、ヤクでの物々交換もなし。現金会計だけだからな」

 赤、青、緑の紙幣が詰まったカーペット・バッグを武器屋に渡す。

「じゃあ、死ぬなよ。払いのいい客が減ると、女房に買ってやったネックレスから真珠の玉を何個か抜かなきゃならなくなる」

 バンはUターンしながら路肩を走って、土埃を上げた。

「なぜアスファルトの道路を走らないのか、きいてみればよかったな」

 コートのポケットに残ったくしゃくしゃの黄色紙幣七枚で、例のポンコツを買った(黄色紙幣は駄菓子を買うときに使う紙幣だ)。


 サスペンションがない自動車は電気椅子よりもひどいダメージを人間に与える。

 カクテル・シェーカーに放り込まれた氷のほうがまだ優しく扱ってもらえていると、文句を言っているうちに都市が見えてきた。

 鮮やかな青空を背景に銃を背負って巡回する兵士が城壁の上にいる。彼らは重力のお情けでかろうじて形を維持しているポンコツ車を見つけたらしく、草刈り機の吠えるような音を甲高い銃弾の通過音が切り裂き始めた。

 実はアクセルペダルが押し込んだまま戻ってこず、ブレーキペダルは少しも動かない。

 ポンコツはガタガタと震えながら、分解の兆しを運転手にお知らせし続け、これ以上は無理だと思ったところで、殺し屋は左右に蛇行をして、ハンドルを目いっぱい切った瞬間、スピードが殺せたところで、車を捨てて、草地へ飛び込んだ。

 もちろん、梱包爆薬の時限スイッチをオンにしてから。

 爆薬を詰め込んだ紅茶の缶に腕時計を改造した信管をくっつけたものが、武器密売の世界では時限式梱包爆薬として売り出されている。その不実さについては、

「まあ、言ってもしょうがない」

 ばああああん!

 灰色の爆風が城壁に裂け目をつくり、市内の並木を薙ぎ倒した。

 ライフルを手に瓦礫の山を登って、市内に入る。ポプラが倒れている。幹は石の破片で叩き折られていた。

 城壁そばの商店街ではドアやショー・ウィンドウのあるべき場所にガラス片に縁取られた穴がぽっかりと開いていた。

 その穴のひとつ、古い二階建て宿屋の窓から銃身がニュッと伸びてきた。殺し屋はライフルの吊り革を素早くさばいて、教科書に載せてもいい、うつくしい膝射ちの姿勢を取ると、窓を狙って発砲した。木組みの窓枠に血が飛び散って、長銃身のリヴォルヴァーが石敷きの歩道に落ちる。

 ゆっくり膝射ちの姿勢を解いて、立ち上がり、前に開けた坂へと進む。




 卓上通信装置をオンにすると、秘密警察長官からの報告が上がってきた。

「陛下。暗殺者はクレメンタイン通りで捜査官と銃撃戦の末、爆死いたしました。手榴弾とライフル、それに捜査官から獲得した機関銃を使って、しぶとく抵抗し、さらに銃剣を使って、捜査官たちを十七人も殺害しましたが、最後は自爆した模様です」

 国王は眉根を寄せ、気難しい声で、

「死体は?」

「現在、捜索中ですが、この爆発では原型はとどめていないかと」

「すぐに死体を見つけるんだ」

「はい、陛下」

 国王は通信装置を切ってから、黄金とビロードの玉座の肘置きの裏にある秘密のスイッチを押した。

 謁見の間の左にかかった葡萄酒色の垂れ幕のひとつが機械でスルスルと持ち上がり、秘密の扉があらわれた。

 国王は通信装置を入れて、謁見の間の入り口を守る近衛兵に言った。

「これから誰も入れてはならぬ」

「はい、陛下」

 国王は玉座を立ち上がり、秘密の扉を開けて、奥へと消えていった。



 謁見の間、入り口には国王が使っているものと同じ通信装置がある。

 ガーガー、ザーザー、ピーピー。

「壊れたのか?」

「ちょっと待て。ダイヤルをいじってみる」

 近衛兵のひとりがしゃがんで、機械の数値計の高さに視線をあわせ、真鍮の銀メッキのふたつのダイヤルをまわしたり、戻したりする。

 プシュッ。

 音が切れた。

「おい、技師を呼んで来い。おれたちじゃ修理できない」

 ……。

「おい」

 ……。

「おい、きいてるのか?」

 振り向いた近衛兵が見たのは四十五口径対応のサイレンサーだった。

 プシュッ。

 近衛兵が崩れる。

 殺し屋は謁見の間の扉を開け、広すぎる部屋を左右確認して、開きっぱなしの秘密の扉を見つけた。

 エレベーターがある。ボタンを押すと、リフトが降りてきた。

 しばらく上がり、停止し、自動で扉が開く。

 国王のコレクションが待っていた。

 そして、そのコレクションの陰から国王が狩猟用拳銃を手に飛び出すが、

 プシュッ。

 指がちぎれて、銃が落ちた。

「ぎゃああああああ!」

「いくら叫んでも無駄だよ。少なくとも半径五十メートル以内にいるあなたの味方は全部殺した。どうして、王さまが自分で自分を殺すよう仕事を放って、それでいて、ぼくを襲わせたのか。この部屋を見て分かったよ」

 それは殺し屋のコレクションだった。

 全ての指のあいだにナイフを挟んだナイフ使い。ボルトを引いて空薬莢を排出している狙撃者。自動車のドアを一緒に展示された機関銃の乱射魔。毒薬の小瓶をカクテルグラスの上で傾ける毒婦。絞殺用のワイヤーをヨーヨーみたいにして遊んでいる子ども。

 みなそれなりに名の知られた殺し屋たちで、あるときを境にぶっつりと姿を見せなくなった連中であり、――みな剥製だった。

「いい線をいっているプロの剥製が欲しい。なら、この国で一番殺すのが難しい人間の暗殺を依頼して、それなりに活躍できるものを集めればいい。だから、自分の暗殺を依頼し、殺し屋たちを殺してきた。いい趣味をしてるね」

 国王は残ったほうの手で剥製用のナイフを取ろうとするが、刃に手を触れた途端、手のひらに穴が開いた。

「ぎゃあああ!」

「なんだか僕もコレクションに目覚めてきたよ。ちょっと始めてみようかな」

 殺し屋は天使のようなかわいらしい微笑みを浮かべながら、まったくかわいくない銃剣を鞘から抜き放った。



 つい今さっき明けた太陽が青空に梯子をかける。

 地の果てまで続く草原をアスファルトの道路がふたつに切り分けていた。

 殺し屋がいま乗っているのは国王の車庫で見つけたなかで一番大きなリムジンだった。

「大きすぎる。とっととクーペを見つけないと。でも、一番近い中古車販売所まで、どのくらいあるんだろう」

 助手席にはズタ袋がひとつ、バレーボール大のものを入れてある。

 黒い汁がじわじわ滲んでいて、もう蝿がたかっていた。

「大きすぎる」

 殺し屋はクスリと笑い、

「やっぱ、やーめた」

 ――袋を窓の外に放り捨てた。

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[一言] アサヒスーパードラーイ辛口。飲みませんが謳い文句だけあって良い響きだと思っています、キレがよくてクリアで冷えたアルコール(心身に有害な魅惑)少し共通するところがあります。うむ、消えてしまう寂…
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