絵
絵
彼は画家だった。
彼が描く絵は、少しおぞましいものだった。
彼は巨大な人に近い形をした蛸の怪物ばかり描くのだ。
彼はそれを「クトゥルー」と呼んだ。
彼はそれを描くことに夢中だった。
彼の親は彼を心配して精神科に連れて行った。
まだ青年の彼が不気味な絵を描き続ける事が心配だったらしい。
彼は診察室で医者と親に、クトゥルーについて語った。
結果、親は恐怖のあまりっ失神し、医者は気分を悪くして少しの間休暇を取る羽目になった。
彼が何を語ったのかはわからない。
私は彼の目を見つめてみた。
彼が発狂しているように思い、少しぞっとした。
それから1か月ほど経つと、彼は自室でクトゥルーの絵を描き続けるようになった。
クトゥルーの絵は、だんだんと表現が詳細になっていた。
彼の家のポストには、宗教勧誘のチラシが届いていた。
それは「ダゴン秘密教団」という教団からだった。
中には、その教団から手書きで書かれているものもあった。
それから2週間ほど経つと、彼の部屋から笑い声が聞こえるようになった。
たまに彼は奇声を上げる。
その奇声は呪文めいたものだった。
「いあ!いあ!くとぅるふ!るるいえ・うがふなぐる・ふたぐん!」
意味は分からないが、ぞっとするものだ。
ある日、彼は夜中に家を飛び出した。
そして4時間ほどすると、また家に帰ってきた。
彼は金色のネックレスをかけていた。
出かける前にはかけていなかった。
そのネックレスには、「クトゥルー」の印章が刻まれていた。
彼はそれから毎夜、どこかに出かけて行った。
そして1か月後、彼は失踪した。
家のポストには、彼からの書置きが入っていた。
そこに書かれていたことを今でも思い出す
思い出したくない。
狂気に堕ちた人間の最後の手記は、直視できるものではなかった。
悍ましい。
恐ろしい。
あんなものが存在していいはずがない。
忘れられない。
まだ彼の奇声と笑い声が耳に張り付いている。
彼は狂気に堕ちていた。
彼は手記の中でこう語っていた。
「僕はクトゥルーの名のもとに還るため、ル・リエーに行く」
ル・リエーとは何か私は知っている。
彼がよく語ってくれたからだ。
海底に沈んだ、尖塔の並ぶ都。
恐ろしい。
私は彼の後をたどる気はない。
彼はもう人間じゃないだろう。
怖ろしい。
悍ましい。
彼とはまた星辰の揃った時、ル・リエーの浮上せし時に会うことだろう。




