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久野市さんは忍びたい  作者: 白い彗星
第二章 現代くノ一、現代社会を謳歌する!

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第80話 自分が思っている以上に狙われているんですよ?



 気付けば俺は、声を出していた。久野市さんを止める声を。

 それを聞いて、久野市さんの肩がピクリと動いたような、そんな気がした。


「主様?」


「待ってくれ……久野市さん」


 俺の言葉を聞いて、久野市さんがどう思ったかはわからない。それでも。

 美愛(みあ)さんに突き付けていた刃を、そっと下ろした。


「っ、は……」


 それを確認して、美愛さんははっと息を吐いた。

 先ほどの命乞いは、その場しのぎではない……命が助かったことに、心底ほっとしているようだ。


 だからこそ、わからない。


「っ、なんで、私を殺さないの?」


「さっきは殺さないでくれって泣いてたのに、本当は殺してほしかったの? 主様の慈悲に感謝しなさい」


「! な、泣いてない!」


 久野市さんに見下ろされ、美愛さんは激昂し立ち上がろうとする……が。

 うまく体が、動かないようだ。先ほどの久野市さんの攻撃が、よほど効いたのか。


 それとも、命のやり取りを経て腰が抜けてしまったのか。


「! 主様、危険です」


 俺は美愛さんへと近づいていくが、久野市さんに止められる。

 確かに、今の今まで自分の命を狙っていた相手に無防備に近づくのは、危険を通り越してバカかもしれない。


 それでも。


「大丈夫、久野市さんがついてるからさ」


「! は、はいっ」


 こうして、久野市さんが側にいてくれる。それだけで、命の危険はまったく感じないのだ。

 それに俺には、聞きたいことがある。


「美愛さん。あなたは何者なんですか」


 美愛さんは、殺し屋とかではなさそうだ。かといって、普通の人があんな動きをできるものだろうか?


「素人ではない……ですが、あの女のように長年訓練を受けていたというわけでもなさそうです」


 久野市さんの言うあの女とは、火車さんのことだろう。

 確かに彼女と比べると、美愛さんの動きは単調に見えた。それでも、久野市さんとあの短時間でもやりあえる時点で、普通の人ではない。


 それに、俺のことをどこで知ったのか、という問題もある。


「……私は数日程度、特訓させられただけだ」


 もう逃げられないと悟ったのか、また喋ったからといって殺されるわけではないとわかったからか、美愛さんは口を開いた。


「特訓……?」


「……知らねーおっさんに話しかけられたんだよ。瀬戸原 木葉って男を殺せば、莫大な金が手に入るって」


「知らないおっさん?」


 その話は、本当なのかそれともでまかせなのか……俺には、判断することが出来ない。 

 でも、嘘をついているようには見えないし……なにより、嘘には敏感そうな久野市さんが、黙って聞いている。


「そうだ。黒い帽子にコート、サングラスで顔は見えなかった。

 ウチは、母子家庭で金がないってのを、なんでかそのおっさんは知ってて……金が欲しくないかって、話しかけてきて……」


「そんなことで、主様の命を狙ったと?」


 久野市さんが、一歩前に出る。その様子に美愛さんは慌てたように手を振る。


「も、もちろん、金がない程度で人を殺そうだなんて、そんなこと思わなかったさ。けど、そのおっさんと話しているうちに……なんか、そうしなきゃいけないような気がしてきて……」


 それは、本人にもよくわからないといった……そんな気持ちが、あった。

 なんてちぐはぐな言葉だろう。この場を逃れるための嘘にしたって、もう少しマシなものがあるだろう。


 そう思う気持ちと……それ以上に、この話は作り話ではないという気持ちがあった。


「洗脳、ですね」


 それを聞いて、久野市さんはそう言い切った。


「洗脳?」


「はい。とは言っても、一般的な洗脳とは違います。一般的な洗脳とは、強制力を持って対象の思想、考え方等を根本的に変えさせる事です。

 ですが、彼女の受けたものは……対象の思考をちょっとだけ別方向に誘導する程度のものです。日常生活に支障をきたさない、軽い暗示とでも言い変えましょうか。周りからも変化が分かりにくい分、一般的な洗脳よりも高等なものです」


 久野市さんが言うには、美愛さんは洗脳を受けていた……そしてそれは、よほど高等なものだと。

 つまり……誰かが美愛さんに、俺を殺すように誘導した、ということか?


 なんだそれ……背筋が、震える。


「それだけの技術があり、主様を殺すように誘導した……相手はよほどの殺し屋でしょう。殺し屋であれば洗脳の技術を持っている者もいますから」


「じゃあ、もしかして火車さんも……」


「あの女にそんな力量はありません」


 ……とりあえず、火車さんのことは置いておいてだ。

 問題なのは、美愛さんに俺を殺させようとした何者かがいるってこと。


 最近平和で、忘れかけていたけど……俺は、変わらず命を狙われ続けているってことを痛感する。


「この女に主様の情報を渡したのも、その洗脳おじさんでしょう。主様のご友人に近づいたのは、近しい人間からも主様の情報を盗みたかったから」


「……そういう、ことだろうな」


 美愛さんの行動は、変なおっさんに洗脳されてのこと……言ってみれば、利用されただけだ。

 それでも、命を奪われそうになった恐怖は、簡単に消えそうにはない。


「何者なんだ、そのおっさん」


「おそらく、主様を狙う殺し屋組織の一つでしょう。素人を洗脳し、その場限りの体術を教え込み、主様の油断を狙う。失敗しても、目撃証言から自分たちにはたどり着けないという企みでしょう」


「そうか、殺し屋組織の……ひと、つ?」


 久野市さんの説明に、納得しかけたが……その内容に、引っかかりものがあった。

 殺し屋組織、というものはいい。いやよくないけど、まだいい。問題は、そのあと。


 殺し屋組織の"一つ"ってなんだよ?


「主様の命を狙う者は、それだけ多いということです。主様、自分が思っている以上に狙われているんですよ?」


「……」


 ま、マジかよ……俺、そんな大勢の人たちに狙われてるの?

 知りたくなかった……いや、知らないとまずいのか……やばい、泣きそうだ。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

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