第78話 関係ありません
俺の目に映った、ギラリと光るなにか……意識が朦朧とし始めても、それがナイフであると本能的に直感した。
それが、俺をどうするためのものか……それは、考えるまでもない。
俺の命を、奪うためのものだ。
「……っ」
声も出せず、薬のせいで力が入らない。迫りくるナイフが、やけにスローモーションに見える。
それが、俺の目へと……狙いを定めて、ぐんぐんと迫り……
ガギィン!
……鋭い音を立てて、ナイフが弾き飛んだ。
ナイフを落としたのではない、ナイフが弾き飛ばされたのだ。なにに?
カラン、と近くになにかが落ちた音がした。
それは、黒く光る鋭い武具……クナイだった。クナイ、それを見た瞬間、俺の頭には一つの顔が浮かんだ。
「主様ぁ!」
そして、直後に声が聞こえた。それは、思い浮かべた顔と同一の人物のもの。
空から降ってきた声、少し遅れて人影が飛び降りてきた。
それを確認したのは、俺だけじゃない。俺の背後を取っていた人物もだ。
その人物は、自分に刃が迫っていると確認するや、俺を突き飛ばした。
「ぁ……うぐっ」
薬で力が抜けていた俺は受け身を取ることもできず、突き飛ばされて倒れてしまう。
打ち身の痛みに顔をしめつつ振り返ったのと、その人物がナイフを構えたのと……飛び降りてきた人物が短刀を振り下ろしたのは、ほとんど同時だった。
「せぁあ!」
「っ!」
ギンッ、と金属の衝突した音が響く。
振り返った俺の目に入ったのは、飛び降りて短刀を振り下ろした影響でなびく黒髪と、見覚えのある背中だった。
顔を見なくても、わかる。
「く、のいち……さん……」
「主様、ご無事ですか!」
彼女は……俺を主様と呼んで慕ってくれる久野市さんは、今俺のことを助けてくれた。
本当ならすぐにでもお礼を言いたいが、なかなか言葉が出てこない。これも、薬の影響か。応えることができない。
久野市さんが振り下ろした短刀を、ナイフで受け止めている人物……黒いフードを被って身を隠している。
だけど、その服装はスカートだった。ってことは……女、か?
「主様!」
短刀とナイフの拮抗……飛び退いた久野市さんは、ちらっと背後の俺を確認した。
情けなくも、うつ伏せに倒れている姿だ。意識も朦朧としている。
だが、それを見て久野市さんの目の色が変わったのが、わかった。
「よくも……!」
俺に向けられているわけではないのに、俺でもわかるほどの殺意が……久野市さんから、溢れ出す。
フードの人物を睨みつけると、一気に距離を詰めて刃を振るっていく。
それはまるで踊るように舞い、目の前の敵を仕留めんと突きを繰り出している。
フードの人物は、それらを紙一重で避けていく。時にナイフで弾き、傷を負わないように。
しかし……
「っ、くっ……」
明らかに、押され始めている。久野市さんの猛攻に、体が追いついていないのだ。
このままいけば、久野市さんがあいつを倒してくれる……そんな気持ちが生まれたと同時、久野市さんの左手が振るわれる。
隠し持っていた二振り目が、振り上げた短刀が……フードの人物を狙う。
「……っ」
とっさに後ろにのけぞるフードの人物だが、放たれる斬撃を完全に避けきることはできなかったようだ。
振り上げられた刃は、フードを切った。
鋭い短刀に刻まれたフードは、ビリビリと破れ……フードに隠れた素顔を、露わにした。
「! うそ、だろ……そんな……」
その素顔を見て、俺は唖然とした。信じられない人物が、そこにいたからだ。
なんてったって、知っている顔だった……それも、ここ最近で知り合ったもの。正確には、その人物と俺の友達が知り合った。
フードが破れ、露わになった顔……薄めの栗色の髪をツインテールにして、まるで猫みたいな大きな目がきりっとしているのが印象的な、女性。
その目は、今鋭く細められているが。
「……っ」
俺のバイト先の先輩、篠原さんの娘である……篠原 美愛さんの姿が、そこにあった。
「な、なんで……あなたが?」
彼女とは、一度会ったきりだ。それも数分。だから、見間違いという可能性もある。
あるのだが……俺の言葉を聞いた瞬間、彼女がわずかな反応を見せた。
そして、忌々しげに顔を歪め……「ちっ」と舌打ちをしたのだ。
「……顔を見られるなんて。そうならないように、終わらせるつもりだったのに」
それは、明らかな"答え"だった。
俺に顔を見られないように、背後から狙い……"終わらせる"つもりだった、と。
終わらせる、とはなんのことなのか……わざわざ、聞くまでもない。
「ちょっ……なんで、こんなこと! 篠原さんの娘さんが……なんで、俺を!?」
「関係ありません」
なんとか立ち上がり、彼女に真意を問いかける。だけど、それをバッサリと切る声があった。
それは、美愛さんのものではない。
短刀を構える、久野市さんのものだった。
「主様を害しようとした……その事実だけで、充分です」
俺から、久野市さんの表情を見ることはできない……だけど。
どんな表情をしているのか、予想することはできる。
きっと……ものすごく、キレている。
「なんなのあんた、邪魔なんだけど。なにその変な服、コスプレ?」
「……」
美愛さんの言葉に、久野市さんは答えない。
ただ、じっとしたまま……まばたきをした次の瞬間には、その場から消えていた。
自然と、視線が動いた。美愛さんの方へと。
彼女の背後に……短刀を構える、久野市さんの姿が見えた。




