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久野市さんは忍びたい  作者: 白い彗星
第二章 現代くノ一、現代社会を謳歌する!

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第69話 私のこと下の名前で呼んでくれてない



 ……コンビニでのやり取りから一夜明け。

 今日も学校だ。俺はいつものように準備をして、部屋を出る。


 部屋の外には、誰もいない……が。

 ガチャ、と扉を開けると、そのほとんど直後に隣の部屋の扉がガチャ、と開く。


 そして部屋から出てきたのは……久野市さんだ。


「あ! 主様! 偶然ですねぇ、おはようございます!」


「……うん、おはよう」


 隣の部屋で暮らしている、久野市さん。

 自分の部屋を手に入れてからというもの、俺の部屋に泊まろうとすることはなくなったけど……


 ……果たしてこれは、何度目の『偶然ですね』なんだろうか。


「あの、久野市さん……」


「はい、なんでしょう?」


「……いや、なんでもないよ」


 部屋の扉の鍵を閉めつつ、俺は出かけた言葉を呑み込んだ。

 相変わらず久野市さんは、にこにこ笑顔を浮かべている。見ているこっちが幸せになるような笑顔。なにも悪いことなど考えていませんよと、言うような。


 だけど、俺には疑問があった。

 久野市さんは……いつも、俺が部屋を出た直後に、隣の部屋から出てくる。

 一度や二度なら、偶然ということもあるだろう。だが、いつもだ。


 俺が部屋を出て、その直後に隣の部屋から出てくる。

 正直、怖くてたまらない。


「それでは主様、行きましょう!」


 今日も"偶然"一緒に部屋から出てきて、その流れで一緒に登校することになる。

 せっかく会ったのに、一緒に登校しないのも変だからな。


 聞けば答えるだろう。毎度毎度偶然が続くものだろうかと。

 その答えを聞くのが、怖くてたまらない。


「……学校には、慣れた?」


 二人で、通学路を歩く。

 はじめの頃は緊張してしまって、うまく歩くこともできなかった。だってそうだろう。


 行動言動に変なところはあるが、基本的に美人なのだ、久野市さんは。

 後ろで結んだ短い黒髪はさらさらで、スタイルもいい。顔のパーツは言うまでもなく整っているし、笑顔がよく似合う。


 そんな女性と、一緒に登校するだなんて。

 それはもう、ガチガチだったよ。桃井さんとコンビニ帰りに一緒になることはあったけど、あれは夜だし……

 朝とじゃ、また別の緊張感がある。


「はい、とっても楽しいです!」


 それが今じゃ、こうして普通に話すことが出来る。


 俺のことを守る……つまりボディガード的な存在の久野市さん。

 火車さんの件以来、あんな物騒なことは起こっていない。


 あんなのほいほい起こってほしいものでもないが、たまに久野市さんが忍びであることを忘れそうになる。

 そう思ってしまうほどに、久野市さんは現代社会に慣れてきていた。


「皆さん、とってもいい方で仲良くしてくれます!

 半田さんはいつも私に構ってくれますし、時谷さんは、ぎゃる……とかいう一風変わった方ですがとても親しみやすいですし、構羅(かまえら)さんは私にいろんなことを教えてくれます」


 うんうん、楽しそうだ。正直クラスの女子の名前はまだほとんど覚えてないけど。

 楽しそうならなによりだよ、うん。


 同性の友達が増えるのは、久野市さんにとってもいいことだ。

 久野市さんの話を聞く限り、故郷の村では友達を作ることなく修行ばかりだったらしいし。


「それと……男性の方から、呼び出されることがありますね。

 まあ、それは時谷さんがしっしってしてくれているんですが」


 男子からの呼び出し……それは、十中八九告白だろう。

 久野市さん、俺より後に転入してきたのに、すでに俺よりも人気者になってる……

 べ、別に告白されないことをひがんでいるわけじゃないんだからね!


 久野市さんの場合、呼ばれたらそのままどっか行ってしまいそうだ。

 いや、警戒心の強い久野市さんのことだし……でもなぁ……


 ともかく、久野市さんへの告白を防いでくれているのが、時谷さんというギャルのようだ!

 ありがとう時谷さん! ありがとうギャル!


「主様は、あの女と……金色の髪の方と、仲が良いですよね」


 久野市さんの方からも、話題を振ってくれている。

 まさか、女の子とこうして学校の話が出切る日が来るとは……


 桃井さんともたまにこういう話はするが、向こうは大学生。あまり込み入ったことは聞いてこない。


「金色の……ルアのことね」


 俺と仲良くしている……というかクラスの中で金髪が、ルアだけだ。

 金髪のツンツン頭であるが、染めているわけではなく地毛だ。


 金色の髪のとは特徴的すぎる呼び方だが、俺が女子の名前を覚えていないように久野市さんも男子の名前は覚えていないのだろう。


「ルアは、高校に入ってからの付き合いだよ。クラスで……いや学校で一番仲が良いのは、あいつだなぁ」


「そうなんですね」


 あの時ルアの方から話しかけてくれたから、今こうして関係を築けているんだ。

 俺と、ルアと、火車さんと。まあ火車さんは、俺を狙うために近づいただけだけど。


 すると久野市さんが、何事か考え込んでいるのが目に入った。

 どうかしたのだろうか。


「どうしたの?」


 直接、聞いてみる。


「ルアというのは、下の名前ですよね?」


「うん、そうだけど……」


「……主様、私のこと下の名前で呼んでくれてない……」


「!?」


 それは、突然だった。

 突然、なにを言い出すんだこの子は!?


「いや、それはえっと……じょ、女子を名前呼びはちょっと……」


 恥ずかしいです。


「でも、ルアって人は主様と仲が良いから名前呼びなんですよね!

 私も、主様と仲良しではないんですか!?」


「い、いやいや、名前で呼び合おうってのは、ルアから言い出したことで……」


「なら、私とも名前呼びしましょう!」


「いやいやなんでぇ!?」


 い、いきなりどうしたんだ! なにに触発されたんだ!?

 ルアは男子だし、気さくに呼べる。けれど、女子はそうもいかない。


 その気持ちを知ってか知らずか、久野市さんは何度も名前呼びを要求してくる。

 俺はその追及をかわしながら……そのうちに、校舎が見えてくるまで問答は続いたのだった。

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