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久野市さんは忍びたい  作者: 白い彗星
第一章 現代くノ一、ただいま参上です!
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第6話 自分のために料理を作ってくれる



 ……自分の部屋で、女の子が料理をしている。変な感じだ。


「それにしても、助かりました」


「助かった?」


「はい。冷蔵庫の中身が、その……解放感のある空間だったので、調理器具も無いのではないか、と」


「別に言い直さなくていいよ」


 冷蔵庫の中身が解放感のある空間、とはずいぶん柔らかい表現だ。

 それは要は、食料が少ないってことだ。食料がないってことは、俺は料理をしない……料理をしないってことは、調理器具もない可能性が高い。


 ま、そう思ったってわけか。


「まあ、一通りは揃えたな。この部屋借りた時は、自分で料理もするつもりだったんだけど……学校とかバイトとか、忙しくてなかなかな」


「……そうですか」


「……いや、言い訳だな。じいちゃんと暮らしてた時は、交代で俺が作ることもあった。

 一人暮らしになると……自分のためだけに料理するのが、なんかめんどくてな」


「なるほど。でも、もったいないですね。主様のお祖父様は、孫の作ってくれたものはおいしい、と言っておられましたから」


「!」


 何気ない、会話……俺はなんで、わざわざこんなことをこの子に話しているのだろう。そう思った矢先、反射的に彼女の背中を見た。

 それは、なにかを懐かしむような……そんな、あたたかい言葉だった。


 ……って、騙されるなよ。そうやって、俺を油断させる作戦なのに違いない。


「なぁ……」


 自分でもなにを言おうと思ったのか……わからない。それでも、彼女との会話が嫌ではないと、感じていて……そう思って、口を開いた。

 だが、出てくるはずだった言葉は、じゅわぁ、という音によってかき消されてしまった。


「! 主様、すみません。なんでしょう?」


「……なんでもない」


 それは、溶いた卵を熱したフライパンに流し込んでいる音だった。

 気を削がれた俺は、言葉を呑み込んだ。卵の香りが、ふわりと部屋の中に広がる。


 誰かが、自分のために料理を作ってくれる……こんなの、いつぶりだろう。

 少なくとも、上京してから初めてだから……数ヵ月。いやひょっとしたら一年くらいかも。上京する前、じいちゃんはほとんど料理しなく……できなくなってたから、俺が作ってばっかだったし。


「主様、申し訳ありません。食器を出してもらってよろしいですか?」


「ん……あぁ、そうだな。悪い」


 そういえば、せっかく作ってもらってるんだから、それくらいはしないとな。俺は立ち上がり、食器を保管している棚に近づく。

 そこで、気づいたが……あぁ、当然一人分の食器しかないわな。


 チラッと彼女の手元を見ると、フライパンで卵を広げ……横には、切った具材が置いてある。肉に、ニンジンに、キノコ……

 ……オムライス、か。


 とりあえず、不揃いではあるがオムライスが乗る皿を、二つ出すとするか。

 カチャカチャ、と皿を取り出していると、隣から「え」といった声が聞こえた。

 それが誰のものか、確かめるまでもない。


「……なんだよ」


 それは、なぜか驚いた表情で俺を……正しくは俺の手元を見ている、久野市さんの姿だった。


「い、いえ……私も、食べてよろしいのですか?」


「? ……いや、当然だろ」


「あ、そう、ですか……私は、主様の分だけ作って、自分は後で済ませようと思っていたので」


「いや、いくらなんでも、作らせておいてその張本人を差し置いて自分だけ食べるなんてしないけど!? どんな心なしだ俺は!」


 そりゃあさっきまで追い出そうとしていた相手ではあるけど、メシ作らせといて自分だけ食うわけにもいかないだろう。

 よく見ると、二人分にしては具材の量が少ないような。じゃあ、今作っているのは俺一人分か……それと、自分はちょっとの量で済ませようとしていたのか。


「せっかくメシ作ってくれたんなら、一緒に食おうよ……」


「……ふふ、主様は優しいですね」


「やさっ……いや、これくらい誰でもこうだと思うぞ」


 よく、わからない子だ……しかし、こんなに嬉しそうに笑うんだな。

 食器を並べていく。さっきまで小難しいことを考えていたが、気づけば俺は、そんなことすっかり忘れていた。


 もしかして、待っている間……俺が、考え事をため込んでしまわないように、なにか作業をしていたほうが気がまぎれると思って、食器出しの指示をしてくれたのだろうか。

 やっぱり、よくわからん子だな……だが、とりあえず今は……


「できましたよ、主様!」


 メシ、だな。


「どうぞ!」


 目の前に出されたのは、オムライス。ふわふわの卵に包まれたそれは、出来たてだと主張するように、ほかほかと湯気を立てている。その横に、冷蔵していたご飯も。

 傍にはケチャップが置かれていて、久野市さんは机を挟んで俺の対面に座り、それを手に取る。


「いや、ケチャップかけるくらい自分でやるけど……」


「いいからいいから」


 なにがいいから、なのかはわからないが、そのままケチャップを任せることに。卵の上に、赤い液体がかけられる。

 ケチャップ文字とか、ハートマークとか、そういうシチュエーションは聞くことがあるが……オムライスにかけられたケチャップは、そんな凝った文字やマークなどなく、ただケチャップがかけられただけだ。


 完成したオムライスに、俺は自然と唾を飲み込んでいた。


「……食べるから、キミは自分のを作ったら」


「まずは、主様が食べるのを拝見させてください!」


 対面の彼女は、目を輝かせながらじっと見てくる。

 ……誰かに見られたまま、食べるというのはなんだか恥ずかしいが……自分の料理の感想を知りたい。それは、理解できるのでこれ以上なにも言えない。


 じーっと見られながら、俺は食べる覚悟を決める。人に、しかもこんなかわいい子に見つめられるのは初めてだが……意識から除外しろ俺。

 オムライスを箸で割り、一口サイズにしてから口へと運ぶ。

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