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久野市さんは忍びたい  作者: 白い彗星
第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

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第39話 変な趣味、持ってたりする?



 俺の隣の部屋が空く……それは桃井さんからもたらされた情報だ。

 実のところ、隣人の後藤さんが部屋を出るかもしれないという話は、前々から受けていたらしい。その理由までは、さすがに守秘義務ってやつで俺には教えてもらえなかったが。


 アパートから住人がいなくなれば、大家としては複雑な気持ちなのだろう。だから、表情と声が暗かった。

 でも、それと同時に思いついたこと。それは……


「空いた部屋には久野市さんが住めばいい、ですか」


「そういうこと」


 久野市さんは、俺の部屋から離れようとしない。だが、さすがにそういうわけにもいかない。なので、桃井さんが一時的に自分の部屋に引き取ると言っていたのだが……

 隣の部屋であれば、必要以上に離れることもなく、久野市さんも安心できるのではないか。久野市さんの心配事は、離れているうちに俺が狙われること、だからな。


 住むところが決まれば、後藤さんが出て行った後までの期間、桃井さんのところに厄介になればいい。その間は、申し訳なく思うが。

 ともかく、これで久野市さんの住居問題は解決したと言える。あとは……


「久野市ちゃん、家賃払える?」


「やちん?」


 今の久野市さんの手持ちが問題だ。どこかに住む以上、金が必要になるとはいえ……現段階でどれほどの所持金があるのか。

 このあたりは、あとでちゃんと確認しよう。とりあえず、意思の確認だ。


「久野市さんは、俺の部屋の隣に住むのは、嫌?」


「主様のお隣……いやじゃないです!」


 元々俺の部屋に住もうとしていた久野市さんが、嫌であるという理由はない。これで、久野市さんとしても桃井さんとしても、ついでに言うと俺としても安心だ。

 後藤さんの退去の件と同時進行で、桃井さん入居も進めることにした。


「ま、そういう細かいことは、この大家代理に任せなさい!」


 どん、と胸を叩く桃井さん。なんとも頼もしい。

 食事を終えた俺たちは、フードコートを後にして……デパートの中を少しだけ散策してから、帰宅することにした。


 久野市さんはもちろん、俺もこんなにデパートの中を歩き回ることはなかったので、なんだか新鮮だ。普段、来るとしても食品コーナーくらいだしな。

 終始目を輝かせていた久野市さんは、服装も相まってまるで普通の女の子のようだった。


 ……あんな子が忍者だとか、俺を守ってくれるくらいに強いとか、信じられなくなりそうだ。


「わー、これキラキラしてます! わー、あっちも!」


「ははは、あんまりはしゃいでると転ぶぞ」


 はしゃぐ久野市さんを見ていると、まるで大きな子供のようだ。少し微笑ましい。

 子供かぁ……しかも、桃井さんが隣にいる中で。なんかむず痒い響きだな。


「ねえ、木葉くん」


「はいっ?」


 その瞬間、桃井さんから話しかけられて、俺は肩を跳ねさせてしまう。少し声が上ずってしまった気もする。変に思われてないだろうか。

 呼ばれて、桃井さんに合わせて立ち止まり……首を、動かす。すると、桃井さんはじっと俺を見ていた。


 その瞳に、吸い込まれそうな感覚に陥ってしまう。そしてこの感覚は、覚えがある。

 そう、以前コンビニ帰りで、桃井さんがなにか言おうとしていた、あのときだ。もしかして、ここであの時の続きを……?


 桃井さんから、その先に続く言葉はなんだろうと、少し緊張して……黙って、待っていた。桃井さんは、ゆっくりと口を開いて……


「木葉くん……って、変な趣味、持ってたりする?」


「……へ?」


 予想もしない言葉だった。俺はぽかんと口を開けてしまい、桃井さんはなぜか額から汗を流し眉を潜めている。

 まるで、この質問をすること自体が、彼女にとって一つの決断であるかのように。


 その質問の意味が、わからない。そんな俺に気付いてか……


「だって……久野市ちゃん、たまに木葉くんのこと、主様って呼んでるし。

 もしかして木葉くん、女の子に自分のことを、そう呼ばせる趣味でもあるのかなって」


「……」


 俺はたまらず、その場に膝をつきたくなった。ここがデパート内で、人目がなければ間違いなく膝は折れていた。

 それは誤解だ、とんでもない誤解だ。悲しい勘違いだ。


 というか、気づかれていたのか……主様呼び。徹底させてたのにな。

 いやでも、わりと危ない場面あったし……さっきだって、普通に主様呼びしてたな。俺が気づいてないだけで、他の場面でも……


 なるほど、桃井さんの表情は、俺が変態野郎である疑惑から来るものか。


「いや、違います。違うんですよ。誤解なんです」


「なにをどうしたら、女の子に主様呼びさせるのが誤解になるのよ。

 それに、否定はしないんだ」


「ぅ……」


 まずい、喋れば喋るほど、墓穴を掘っている気がしてならない! かといって、この状況で押し黙ることなんてできるはずもない!

 ただ、それの説明をするとなれば、俺の命がどうとか遺産がどうとかいう話をしないといけないし。友達だと思っていた火車さんを思い出すに、あまり誰かに話したい話でもない。


 もちろん、桃井さんが"そっち側"の人間だとは思いたくないが。そうでない場合、俺はこのままじゃ女の子に主様呼びさせる変態野郎で確定だ。

 今後の生活に支障が出ること間違いなし。さて、どうしたもんか……


「わぁ、これかわいい! ふわふわしてます!」


 ……俺は今、変態認定されるかどうかの瀬戸際にいて、泣きたいくらいだっていうのに……あの子は……!

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