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久野市さんは忍びたい  作者: 白い彗星
第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

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第13話 木葉くんのバカ



 この威圧感……いや恐怖感。

 それは間違いなく、目の前の桃井さんから感じるものだった。


「木葉くん」


「はい!?」


「その人は?」


 その声は、本当に桃井さんのものかと疑いたくなるほどに、冷たいものだった。いや、桃井さんのものであることには、間違いないのだろうが……

 少なくとも、俺が今まで聞いたことのない、冷たい声のトーンだった。


「えっと、この子は……」


 とりあえず、質問に答えなければ……だが、なんと答えればいい? 正直俺も、この子がどういうものか正確に説明できる自信がない。

 そもそも、だ。俺の両親がいないことやじいちゃんと暮らしていたことは桃井さんにも話してあるが、じいちゃんが死んだことやその遺産がどうのということは話していない。

 遺産に関しては俺も数時間前知ったんだが。


 この子は、じいちゃんの残した莫大な遺産を狙う輩から俺を守るためにやって来たくノ一なんです……とか、言えるかよ!

 信じてもらえないし、すげー嘘っぽい設定だよ!


「木葉くん、なんで黙ってるの? もしかしてこの子、かの……」


「主様をお守りする、それが私の役目です!」


 なにをどう答えるべきか、悩む俺にしびれを切らしたのか、桃井さんからの追及……しかし、それに答えたのは、なんと久野市 忍だった。

 この時の俺は、正直、なに言ってんだこの女……と突き飛ばしてやろうかと思ったくらいだ。


 それに、桃井さんも目を丸くしている。


「ある、じ? ……まも、る? あなた、なにを言って……」


 主様、守る、だのと言われ、それを素直に受け止められるはずもなく。


「あなたのような小娘にはわからないでしょう、主様の背負った大いなるものの存在を。

 あらゆる厄から主様を守り、かつ主様のお世話をするのが私の使命です! 朝も、昼も、夜もね!」


「お、お世話……よ、夜のお世話……!?」


「お前ちょっと黙れよ!」


 まずい、なにがまずいかはうまく説明できないんだけど、とにかくまずい! それに桃井さんはなにかを、盛大に勘違いしている!

 これなら、俺から普通に説明すればよかった! 中途半端に説明するから、なんか変なことになってるし!


 しかも、しかもだ。今気づいたが、久野市 忍の恰好は家に来たばかりの服……もはや服と呼べるかもわからない、アレだ。

 なにも知らない人から見たら、ただの痴女だよ!


「ち、違うんだ桃井さん! これはその、こいつの趣味でこういう格好をしているというか……」


「こ、木葉くんの趣味で、その子そんな変態みたいな格好してるの!?」


「ちがぁう!」


 ダメだ、桃井さんはパニックになっている! なんなら俺もパニックになっている!

 ちゃんと誤解を解こうにも、もうなにを説明したら通じるのか、わからない。


 あと、この格好ってやっぱ変態みたいなんだな……と、俺以外の正しい判断が聞けて、少しほっとした。

 いや今はそんなことにほっとしてる場合じゃなくて……!


「さ、桃井さん! とりあえず、話を聞いて……」


「……っ、彼女、いないって……言ったのに……!」


「あの、ちょっと桃井さん? 聞いてま……」


「木葉くんのバカぁ!」


「ぐは!」


 説明をする時間は、もう残されていなかった。なんとか誤解だけでも解いておきたい……しかし、桃井さんは聞く耳を持たず。

 トドメの一撃が俺にクリティカルヒットし、俺がダメージを受けている間に、桃井さんはその場から走り去ってしまった。

 最後まで、桃井さんになんとか説明しようとしたが……まさかのバカ発言に、思考が停止してしまったのだ。


 これまでに、桃井さんにバカなんて言われたことはなく……そのダメージが、思いのほか大きかったようだ。


「さ、桃井さん……」


「あぁん、主様ぁん」


 小さくなっていく桃井さんの背中を眺めながら……俺は、腰に抱き着いたままのこの女をいったいどうしてやろうか、と考えていた。

 そのままその場に立ち尽くしているわけにもいかず……俺はテンション駄々下がりの状態で、部屋に戻った。


「はぁああ……絶対嫌われたぁ……」


 部屋に戻った俺は、机に突っ伏していた。本当なら布団を敷いて寝転がってしまいたかったが、布団を敷く気力もなかったのだ。

 桃井さんの、あの言葉が頭から離れない。



『木葉くんのバカぁ!』



 あの言葉の真意は、わからない。実のところ、なにに怒っていたのかも。

 その直前、彼女がどうのと言っていた気がする。もしかして、彼女がいないと嘘をついていたことに、怒っていたのか?


 実際には、久野市 忍は彼女ではないが、あの状況でそれを信じろというのも無理だろう。つまり、これは悲しい勘違い。

 ……彼女がいないって嘘ついただけで、あんなに怒るか?


「まったく、なんなんでしょうねあの女は。急に叫んだり泣いたりわけわかんないですよ」


「俺にとってはお前の方が、よっぽどなんなんでしょうねこの女なんだけどな」


「主様への殺意が見えたら、八つ裂きにするつもりでした」


「やめて」


 そもそも、こいつがあのとき来なければ、あんなことにはならなかった。おかげで、桃井さんがなにか言おうとしたのに、最後まで聞けなかった。

 あのとき桃井さんは、なにを言おうとしたのだろうか。

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