厄星討伐6
突然と光りだした緋冥の姿に伊織は焦る……事はなかった。
「(なんだろうこれ?)」
その光や流れ込んでくる力に不思議と心地よさを感じている。
ただ、眩しいものは眩しいので伊織は目を閉じる。
緋冥が一度強く発光すると、その大きさが徐々に小さくなっていた。
それと同時に光も徐々に治まってきたので伊織が目を開けると、そこには見たことのない女性が佇んでいた。
「(だ、誰だこの人?)」
その女性はニヤリと笑いながら伊織のことを見ている。
先程までは龍が目の前に居たはずなのにと伊織が混乱していると、不意に手から柔らかい感触が伝わってきた。
緋冥の鱗に触れていたツルツルとした感触ではなく、なにかフニフニとした感触。
今まで感じたことのないそれを疑問に思いながら伊織がそちらに目を向けてみると、伊織の手は女性の胸に添えられていた。
「えぇ!?」
何故自分はこの女性の胸に触れているのか?非常に驚いた伊織であるがすぐさま手を放す。
「んっ、もういいのか?」
「ご、ごめんなさい」
「くくく、もっと触っても良いんだぞ?久遠伊織よ」
「「「………」」」
そう言いながら腕を組み、自身の双峰を強調してくる女性。
「だ、大丈夫です!本当にごめんなさい…」
もう一度しっかりと謝る伊織であるが、この時伊織は今まで生きてきた中で一番命の危機を感じていた。
「「「………」」」
背後から三つ突き刺さる視線。
今まで色々と危険な状況に遭遇してきた伊織であるが、その視線は「あ、今日死ぬかもしれない」と思わせるのに十分な圧力を持っていた。
「くくくっ…」
顔を青くしながら冷や汗を流している伊織を見て、女性は楽しそうに笑っていた。
危機的状況には変わりないが、改めて目の前の女性は誰だろうと考える。
先程までは薄っすらと光を纏っていたので姿がよく分からなかったが、その女性の側頭部から後ろに伸びるように緋色の角が生えている。
腰からは大きな尻尾が生えており、緋色の鱗で覆われていた。
その特徴は先程まで対峙していた龍とそっくりだった。
「もしかして、紅玉姫さんですか?」
「ん?そうだぞ。久方ぶりに人の姿をとったが、悪くないな」
自身の手を見つめながらそう呟く。
「どうして人の姿に?」
「うん?あぁ、それはお前と一緒に居たほうが良いと感じたからだ、悪いがしばらく世話になるぞ」
ペタペタと自分の体を触りながら人化の状態を確かめていた緋冥がそう答えた。
「そしてそのための契約も既に済ませてある」
「契約?でも俺は紅玉姫さんと契約してないですよ?」
今まで伊織がしてきた契約は未来永劫、輪廻を巡ったとしても途切れることのない魂を結びつける契約だ。
その契約は伊織が言葉を紡ぐことで行われてきたが、緋冥との間でその契約はしていない。
だのに、緋冥は既に伊織と契約していると言った。
どういうことだろうと伊織が首を傾げていると、緋冥が続きを話し出す。
「久遠伊織よ、先程龍の私に触れただろう?」
「触れましたね」
「その後、何かが流れ込んできただろう?」
「確かに、流れ込んできました」
「それを拒まなければ、簡単な契約は成立する」
「えぇ、そうなんですか?」
確かに緋冥へ触れたとき、何かが流れ込んでくるのを感じていた。
その何かは非常に心地いいものだと感じており、全く拒むことはなかった。
まさかそれが契約に繋がる事だとは思いもよらず、少し唖然とする。
「まぁ、そこの小娘たちとは違い弱い契約だがな」
クシナやシアナの方を見ながらそう告げた。
ちなみに、今回緋冥が行った契約はかなり危ないものだったりする。
契約方法自体はよくあるものなのだが、緋冥の存在自体が問題だった。
通常この手の契約をするときは、大抵相手の妖魔を屈服させた状態で行うことが多い。
つまり、相手より自分が強い状態で行われる。
だが今回は伊織と緋冥の間で行われた。
片や退魔士になってまだ数か月の人間、片や頂点の一角とされる龍種の妖魔。
その力の差は歴然だろう。
もし緋冥が伊織ではない退魔士とこの契約を行った場合、存在の格が違いすぎるため力を流し込んだ時点で相手が爆散してもおかしくなかった。
そのくらいある意味危険な契約であった。
では何故伊織が五体満足で契約を終え、緋冥の力さえ心地いいと感じたのかと言うと、それはクシナやシアナとの契約にあった。
二人とは魂の契約を結んでおり、その繋がりを使ってクシナとシアナは伊織から霊力を借り受けたりしている。
そして伊織自身も二人から少なくない影響を受けていた。
六尾の妖狐と出合った時も、黒龍を見たときも、緋冥が現われたときも、驚きはしたが命の危険は全く感じていなかった。
それは伊織の魂が二人から影響を受けており、既に普通の人間から逸脱しつつあるためである。
だから、伊織は緋冥との契約も行えたのである。
「弱い契約ですか…」
「ふむ、それにしても妾と簡易的に契約したとはいえ、まだまだ余裕がありそうなのは感嘆に値するな」
「当然よ、だって主様だもの」
「ん、主だから当然」
先程まで伊織に極寒の視線を向けていたクシナも、自分の平原に手を当てながら悲しそうな目をしていたシアナも、伊織が褒められた瞬間満足気な表情をしながら声を上げる。
背後にドヤァと見えそうなほど満足気な二人を見て伊織は苦笑いを漏らした。




