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厄星討伐5

伊織と緋冥が和やかに自己紹介をしている状況を、他の退魔士達は見守ることしか……否、逃げ出したい気持ちを必死に押さえつけ、この龍の機嫌を損ねないように黙って見守るしか出来なかった。


先程まで戦っていた黒龍からも凄まじい圧を感じていたが、緋冥からはそれすらも上回る圧を、文字通り格の違いを退魔士達は肌で感じていた。


黒龍とはまだ戦いになっていた、しかしこの緋冥はそうではない。

緋冥を目にした瞬間、勝てないと誰しもが思った。


現に今も体を震わせながら、緋冥の機嫌を損ねないように気配を消すしかなかない。

そしてそれは、一等星であっても例外ではない。


(なんなの……この龍は…!?ありえないわよ、こんな存在が顕現するなんて……)


緋冥が顕現した時、あまりの恐怖に霊術を放とうとした退魔士に向けて美月はすぐさま静止命令を出した。

もし静止命令が遅れ緋冥に攻撃をしていたら、その結果緋冥が退魔士と敵対していたら、結果がどうなるか想像もしたくない。


(勝てる勝てないの次元じゃないわね……黒龍はまだ戦うことができたわ、それこそ白雪ちゃんが召喚した金剛夜叉明王含めて、他の五大明王にもお越しいただければ討伐はそこまで難しくないでしょう)


実際に白雪が召喚した金剛夜叉明王は、かなり黒龍を追い詰めていた。

もし白雪がもう少し召喚に慣れていたら、この戦いが白雪にとって初めての召喚ではなければ、白雪だけでも黒龍の討伐は可能だっただろう。


(でも…これはあんまりだわ……)


しかし緋冥に対しては例え五大明王を全て顕現させたとしても勝てるとは微塵も思えない。


(頼んだわよ伊織くん…全てはあなたにかかっているわ)


だからこそ緋冥と会話をする伊織を、黙って祈るように見ていることしか出来なかった。



周囲の退魔士がそんなことを思っているとは知らず、未だに伊織は緋冥を見つめていた。

クシナは伊織の傍に立ちながら、緋冥の事を興味深そうに観察している。


「クフフ、フハハハハ!」


すると緋冥が突然笑い出した。

伊織は何故緋冥が笑い出したのか疑問に思い、他の退魔士は暴れだすのではないかと恐怖する。


緋冥はひとしきり笑った後、周囲を見回し伊織に一つ尋ねだした。


「久遠伊織よ、お主は妾が怖くないのか?」

「怖い…ですか?」


緋冥の視線に釣られて伊織も周辺を見てみると、退魔士達の顔には恐怖や緊張が色濃く出ており、まるで伊織が初めて鬼に出会ったときのような表情をしていた。


伊織が今まで出合った妖魔は総じて恐怖を感じる存在だった。

最初に出会った鬼も、六尾の妖狐も、今この場にいる黒龍も、見ただけで恐怖を感じた。


しかし、同じ龍であるはずなのにこの緋冥の事は微塵も怖いとは感じない。

では何故緋冥の事を怖いと感じないのか?そう考えているときにふとクシナと目が合った。


目が合ったクシナは少し笑顔を浮かべながら「どうしたの?」と言うような表情をしている。

それを見た伊織は、何となくだが怖くない理由が分かった。


「本当に何となくですけど、クシナと紅玉姫さんの雰囲気が似ているから……ですかね?」

「ふむ?なるほど、雰囲気か」


緋冥は伊織の答えに頷きながら、伊織の後ろに控えているクシナへと目を写す。

自分の事を見つめるその目には、微塵も警戒というものがなかった。


もちろん、緋冥の気が変わって伊織に被害が出るようであれば直ぐに助けられる位置にいる。

ただ、その必要はないだろうなとクシナは思っていた。


緋冥がクシナの事を観察していると、クシナの魂と伊織の魂が深く結びついていることに気が付いた。

そして伊織の魂からは、クシナとは別の縁も感じる。


「これは珍しい。久遠伊織よ、そこの妖魔と魂約(こんやく)しているのか?」

「え?こ、婚約ですか…?俺とクシナはまだそういう関係じゃ……」

「主様、婚約じゃなくて魂約の事だと思うわ、魂の契約と書いて魂約よ。ほら、私とシアナと契約したでしょう?その事よ」

「あ、あぁ、なるほど、それの事か、ありがとう」

「いいのよ。それとも、本当に婚約する?」

「えぇ!?」

「フフフ、本当に仲がいいのお主らは」


伊織とクシナの話しを聞いていた緋冥は非常に懐かしそうな目をしながら二人の事を見ていた。

未だわちゃわちゃと戯れている伊織とクシナへ再度緋冥が問いかける。


「のう、久遠伊織よ」

「あ、はい」

「その妖魔との生活は楽しいか?」


そう聞かれた伊織はクシナやシアナと出合ってからの日々を振り返る。

クシナたちと契約してから退魔士となり以前に比べて、危険が増えたのは確かだろう。

しかし、クシナが伊織にイタズラしたり、シアナの世話を焼いたり、一緒に食事をしたりと、前とは比べ物にならないほど今は笑顔で溢れている。


「そうですね、凄く楽しいです」


だからこそ楽しいと胸を張ってそう緋冥に伝えた。


「そうかそうか!それは良いことだ、本当に」


伊織の返答を聞いた緋冥は満足そうに頷いている。


「人と妖魔の絆、それが今の時代も紡がれていることが分かっただけでも今日は来たかいがあった……む?」


すると伊織の近くで風が吹き荒れたかと思うと、シアナが姿を現した。


「ん、主、お待たせ?」

「シアナ!大丈夫か?怪我はないか?」

「だいじょぶ、よゆー。主こそ平気?」

「あぁ、クシナが守ってくれたから大丈夫だぞ」

「よかった」


金剛夜叉明王が黒龍を両断する一撃を放った時、シアナは紅葉に首根っこを捕まれながら戦場を離脱していた。

その後緋冥が現われたとき、すぐさま伊織の元へ駆けつけようとしたのだが、紅葉があまりにも必死に止めてくるので動くことが出来なかった。


それでも伊織がどうなっているのか分からず、不安が募ったシアナは強行突破して伊織の元へ戻ってきたのである。


「この龍は敵?」

「いや、敵じゃないよ」

「ん、わかった」

「紅玉姫さん、この子が俺と契約しているもう一人の妖魔です」

「……」


伊織がシアナの事を紹介しようと緋冥の方を向いて見ると、緋冥は大きく目を見開きながらシアナの事を凝視していた。

まるで、何かに驚いているかのように。


「紅玉姫さん?」

「……、これもまた運命…か。気が変わった」


緋冥がそう呟いた途端、戦場に緊張感が走った。


もはや戦闘は避けられないかとこの場にいる全ての退魔士が死を覚悟している最中、緋冥は伊織へさらに顔を近づけた。


「久遠伊織よ、妾の顔に触れられるか?」

「え?顔に?いいんですか?」

「うむ」


先程よりも緋冥が近くに来たことで、透き通った赤色をした鱗をよく見ることが出来た。

あまり宝石などに興味がない伊織であるが、こんなに綺麗なものがこの世にはあるのかと思いながら伊織は緋冥の顔へ手を伸ばす。


その手が緋冥の顔へ触れると、少しヒンヤリとした感触が伝わってきた。

おぉ、龍の鱗ってこんな感じなのかとそんなことを伊織は考えていた。


「フフフ、そうか、触れられるか」

「え?」


そのヒンヤリとした感触が気持ちよくて緋冥の顔を撫でていると、伊織の中に何か温かいものが流れ込んでくるのを感じ、緋冥の体は徐々に光始めた。


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