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厄星討伐4

空から妖魔が落ちてくる状況を、退魔士達は黙って見ているわけではなかった。


『嫌な予感がするわ、みんな空の妖魔を撃ち落として』


美月がそう無線で連絡を入れると、空を飛んでいる妖魔に向かって様々な霊術が殺到する。

しかし、空は未だに割れており、その中から次々と妖魔が溢れだしてくるためいくら霊術を撃っても処理が間に合っていなかった。


「クシナ、どうする?」

「う~ん…そうね、とりあえず焼き払いましょうか」


霊術が飛び交う空を眺めながら何か出来ないかとクシナに問いかけてみると、少し悩む素振りを見せた後そう言った。


クシナが手を掲げ妖術を行使すると、空に紅蓮の花が咲き誇った。

その規模は圧倒的であり、多数の妖魔がその一撃により消滅していく。


しかしそれでも、次々と湧き出てくる妖魔には大した意味をなさず妖魔の数は直ぐに元へ戻ってしまった。


「あの穴を塞がないと意味がなさそうね……あら?」


クシナがそう呟いた直後、龍がいるであろう地上から黒い紐のような物体が空へ向かって無数に飛び出した。


その黒い物体は空に浮かんでいる妖魔を捕まえると、それを引き寄せるかのように元に戻っていく。


「ギャアアアアアア!!!」


そして耳を塞ぎたくなるような咆哮が聞こえると同時に、元の姿に戻った龍が空へと昇りだした。


「そんな……」

「意外としぶといわね」


唖然とその光景を見ていた退魔士と、上半身が無くなったのにも関わらず復活した龍の生命力に感心したクシナが言葉を漏らす。


空へ昇った龍は先程の白い炎を操っていたクシナを睨みつける。

その視線をそよ風のように受け止めながら、さて次はどうしたものかとクシナが考えているとき、パキッという音が耳に届いた。


その音はこの場にいる全ての退魔士にとって聞き覚えがある音だった。

断続的に響いてくる音の方へ目を向けると、空に新しい罅が広がり始めていた。


『みんな、気を引き締めて頂戴。二体目の厄星が来るわよ』


新しく発生した罅は、先の龍が現われた罅より広範囲に広がっていく。


妖魔が顕現する際に現われる罅は、その大きさによってある程度妖魔の強さを図る事が出来る。

既に罅は広範囲に広がっており、明らかに黒い龍が現われた物より大きかった。

それはすなわち、これから顕現する妖魔がこの龍より強い可能性が高かった。


空を覆いつくすように罅が広がった時、それを突き破るかのようにして赤き龍が姿を現した。


「うそ……」


それは、誰が漏らしたか分からない言葉だった。

しかしこの時、この場にいるほとんどの退魔士達は同じような事を思っていた。


一体でも倒すのに苦労する龍が、二体も現われた。

さらに新しく現われた赤い龍はとてつもない気配を発しており、自然と体が震えだす。


《ふむ、落ちしものの気配を感じて来てみれば、随分と愉快な状況になっておるのぉ》


赤い龍は戦場を見渡しながら、空間に響くような声でそう言った。


《グルルルル……緋龍よ、何故ここに来た……》

《そう唸るな落ちしものよ、妾はお前に手を出すつもりはない》


突然現れた緋龍に向かい、黒い龍が問いかけるとそう答えが返ってきた。

緋龍は落ちしものが外へ出た気配を感じ、面白いことが起こるのではないかと興味本位で顕現したのである。


《落ちしものが勝つか人の子が勝つか、見定めるのもまた一興かのぅ……うん?》


喋りながら面白そうに戦場を見渡していた緋龍であるが、ふと疑問の声を上げると視線が一点に固定された。


「なぁクシナ」

「なぁに主様?」

「新しく現われた龍さ、気のせいかもしれないけど、こっち見てないか?」

「そうね、こっちを見てるわね」


そう、緋龍の視線は伊織の方へ固定されていた。

先程まで愉快そうに戦場を見渡していたのに、今はただ伊織の方を凝視している。


何故緋龍がこちらを見ているか分からないが、自分が戦場に呼ばれた理由はこれなんじゃないかと伊織は感じていた。


《邪魔をするつもりがないなら帰れ…緋龍よ…》

《黙れ、今いいところなのだ》


黒い龍は知っていた、この緋龍が非常に気分屋である事を。

最初は手を出すつもりはないと言いつつ、自分の気が乗ればいつでも戦場へと参加してくる可能性があった。


赤い龍が何に興味を持ったのか知らないが、一点を見つめ続けながら非常に無防備な姿をしている。


自分の邪魔をされないためにも、黒い龍は緋龍へ向けてブレスを放とうとした。


《はぁ……今良いところだと言ったであろう。そこで少し大人しくしておけ》


黒い龍に集まる妖力感じ取った緋龍は、非常にめんどくさそうにしながら黒い龍の方を向き妖術を行使した。


《グォオ!》


すると、まるで炎が巻きつくように黒い龍を拘束した。

それは黒い龍を持ってしても容易には抜け出せないものだった。

その様子を見て満足気に頷くと、再び緋龍は伊織の方へ視線を向ける。


対する伊織も何故自分が見られているのか分からないが、とりあえず見つめ返しておく。

しばらくそんな時間が続くと、緋龍はゆったりとした動きをしながら伊織の方へ近づいてきた。


『攻撃は待ちなさい!』


龍が地上へ接近したことで何人かの退魔士が迎撃の為霊術を使おうとしたのだが、直ぐに美月から連絡が届き攻撃を取りやめる。


緋龍はどんどん地上へと近づいて行き、ついに伊織の目の前まで顔が降りてきた。

そして至近距離でまた見つめ合っていると、緋龍が一つ問いかけてきた。


《お主、名は何と言う?》

「名前ですか?久遠伊織です」

《ほう、久遠伊織か。良い名だのう》

「ありがとうございます?」


突然名前を聞かれ、答えると名前を褒められる。

そのよくわからない状況に伊織は首を傾げた。


《妾の名は紅玉緋冥(こうぎょくひめい)じゃ》

「紅玉姫?えっと、素敵な名前ですね」


この時伊織は致命的な勘違いをしていた。

紅玉緋冥という名前を聞いた伊織であったが緋冥を正確に聞き取れず、姫と勘違いしていた。


伊織はその名前を聞いて、もしかして龍の姫的な存在なのかなと思っていた。


《ふふふ、そうかそうか。妾の名の良さが分かるか》


伊織はこの龍の名前と、この龍が纏っている綺麗な鱗がマッチしているため名前を褒めたのだが、緋龍は純粋に名前を褒められたと勘違いしていた。


しかし、それを指摘できるものはこの場には居なかった。



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