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厄星討伐3

顕現した金剛夜叉明王は40m程の大きさで、三つの顔に五つの目、六本の腕を持っている。

そしてその六本の腕にはそれぞれ異なる武具を握っていた。

凄まじい憤怒を纏いながら龍を睨みつけているその姿は、見るもの全てに畏怖を与える。


「でっか……」

「ふぅん、やっぱりあんたもそれが使えるのね」


金剛夜叉明王を見上げながら、伊織はあまりの大きさについそんなことを呟いてしまった。

白雪はそれに答える余裕がないのか、険しい顔をしながらお札に念じ続けている。


しかしそれでも自分の使命を果たすため、白雪は命令を下した。


「金剛夜叉明王、龍を止めてください!!」

「アアアアアアアァァァァァァァ!!!」


白雪の命を受けた金剛夜叉明王はその手に持っていた弓をつがえる。

当然龍も突如として現れたその存在には気が付いていた。


しかし今も自分に迫ってきている白炎から逃げることを優先していたのだが、金剛夜叉明王が弓を構えた瞬間、無視できない気配を感じた。


あの弓を食らえばひとたまりもないと感じた龍は直ぐに金剛夜叉明王へとブレスを放つ。


「ギャアアアアアァァァ!!!」

「アアアアアア!!」


そしてそれと同時に、金剛夜叉明王は弓を放った。

その矢は凄まじい衝撃波を放ちながら龍へと進んでいく。


直ぐに矢はブレスと衝突したのだが、驚くべきことに矢はブレスを割るようにして進み続けていた。


「ギャ!?」


そのあり得ない光景を見た龍はすぐさまブレスを中断し、体を捻ると間一髪のところで矢を避けることに成功していた。


「アアアァァ……」


それを確認した金剛夜叉明王は金剛杵を天に掲げた。


「アアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!」


そして咆哮を上げると、天に稲妻が走った。

空を縦横無尽に駆け巡るその雷は、金剛夜叉明王の怒りを体現しているようであった。


無数に降り注ぐその雷は、上空にいる他の妖魔も焼き尽くしながら龍へと殺到する。


「ギャアアアアア!?」


龍は非常に大きな体をしているため、その雷を避けることは不可能であった。

いくつもの雷が龍の体に直撃し、龍の体に張ってあった障壁が砕け動きが少しだけ鈍くなった。


そして金剛夜叉明王はその右手に持っていた剣を龍に向かって構える。


龍は先程弓を向けられた時も嫌な気配を感じていたが、今向けられている剣からは弓以上の気配を感じる。


この剣は確実に自分を滅するものだと直感した龍は、金剛夜叉明王を呼び出した術者を排除しようと考えた。


素早く地上を見渡すと、金剛夜叉明王と同じ気配をした人間がいることが分かった。

おそらくその人間が、金剛夜叉明王を呼び出している者だと結論付けた龍は、その人間へブレスを放とうとしたその時。


「ハァアアアアアア!」

「ん~……ん!!!!」


丁度体の中央で凄まじい衝撃と痛みを感じた。

それを行ったのは、未だに龍の体の上に居た紅葉とシアナである。


「ははは!障壁が解けたおかげで私たちの攻撃も通るようになったぞ!流石明王の一撃だ!」

「ん~」


その衝撃のせいで、龍の攻撃は一瞬止まってしまった。

しかし、金剛夜叉明王にとってはその一瞬で充分であった。


「アアアアァァァァァ!!!」


咆哮を上げながら一瞬で龍へと接近し、剣を振りかぶる。


「ヤバ、逃げるぞシアナ」

「ん!?」


当然そのまま龍の上に居ればシアナ達も被害を受けるので、紅葉はシアナの首根っこを掴みながら地上へと離脱した。


それと入れ替わるように、金剛夜叉明王は剣を振り下ろす。


「アアアアアア!!」


そして、龍の体は両断された。


「ギャアアアアアア!!!!???」


切断された龍の下半身が地上へ落ちていく中、龍はその痛みに悶え苦しむ。

紅葉とシアナ、金剛夜叉明王に攻撃されたことで龍の移動は止まってしまう。


移動が止まるということは、それはつまり……。


「うふふ、捕まえたわよ?消えなさい」


クシナの生み出した白炎が龍を飲み込み、上空で大爆発を起こした。


「うぉ!」

「大丈夫よ主様、衝撃は押さえてあるわ」

「あ、ありがとう」


龍が白炎に飲み込まれた所で、金剛夜叉明王は姿を消した。

そう、白雪に限界が来たのである。


「うぐっ!はぁ…はぁ…はぁ…」

「白雪!」


金剛夜叉明王を顕現させるには、膨大な霊力とそれを制御するために高い集中力が要求される。

短い時間だったとはいえ、それを行っていた白雪にはとてつもない疲労が蓄積していた。


「白雪、大丈夫か?」

「うん、ちょっと疲れただけだから大丈夫だよ」


荒い呼吸をしながら座り込む白雪に駆け寄り、伊織はそう声をかけるが白雪は大丈夫だと言う。

確かに疲れているようだが、どこにも怪我をした様子はないので伊織はひとまず安心した。


「これで、終わりなのかな?」

「どうだろう……」


クシナの白炎が直撃したことで、龍の姿は消えた。

ほとんどの退魔士がこれで龍の討伐は終わりかと考えている中で、美月は疑問を感じていた。


「おかしいわね……」

「どうしたのですか?」

「いえ、今回星詠みの一族から厄星は二星現れると言っていたのよ。それなのにまだあの龍だけしか現れてないじゃない?だから、多分まだ終わりじゃないわ」

「なるほど、確かにその通りですね」


今までの歴史上、星詠みの一族からのお告げが外れたことは一度もない。

だからこそ、美月はまだ終わりではないと感じていた。


「みんな、まだ終わりじゃないわよ。警戒を怠らないで……っ!?」


龍を討伐したことで少し緩み始めた現場の空気を締めるように美月が通信を入れたとき、どこからともなく声が聞こえてきた。


《憎い……この世の…全てが憎い……》


世界に響き渡るようなその声は、根源的な恐怖を感じさせるものだった。


「主様、下がって頂戴」

「クシナ……これは、なんなんだ?」

「分からないわ。でも、まだ終わりじゃないみたいよ」


《美しかった我が世界は……今や穢れてしまった……ならば、今こそ浄化の時…!》


再び声が聞こえてきた瞬間、上空に残っていた妖魔たちが次々に地上へと落ちだした。

それはまるで、何かに引っ張られるように…。


「クシナ、あの場所って龍が落ちた場所じゃないか?」

「多分、そうね…」


沢山の妖魔が落ちている個所は、伊織の言う通り龍の半身が落ちた箇所だった。

そこへ向けて妖魔が落ちている状況は、どう考えても悪いことが起こるようにしか思えなかった。


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