厄星討伐1
風を纏ったシアナが空を駆けながら龍へと接近する。
そのスピードは凄まじく、一瞬で音速の壁を突破した。
一歩踏み出すごとに衝撃波を放ちながら龍へと接近するのだが、空に居た大量の妖魔がシアナの存在に気が付き一斉に襲い掛かってくる。
「ギュアアアアア!」
「ん、邪魔!」
しかし、龍が顕現する余波で現れた妖魔たちはシアナにとって脅威にならなかった。
シアナが手足を振るうたびに妖魔は次々と消滅していく。
その光景は地上からも確認できた。
「凄いわね~」
「あれが、久遠伊織君の契約してる妖魔なのですか?」
「そうよ、シアナちゃんって言ってとっても可愛いのよ」
「凄いですね、あの一体だけで一等星に匹敵するのでは?」
「まぁ実際に紅葉ちゃんが摸擬戦して負けたからね~」
「むぅ、確かにあの時出せる全力では負けたが、それは組合の被害を考えた結果だ。私があの場で全力を出せば訓練場もろとも崩壊してしまうだろう?」
「それもそうね」
娘である白雪から話しは聞いていたが、聞くのと見るとのでは圧倒的に情報量が違う。
初めてシアナの戦闘を見た六花は白雪の言っていたことが嘘でないことが分かった。
「それじゃああの子に負けないように私たちも頑張りましょうか」
「そうですね」
「私も行っていいか?」
「どうぞ~、暴れてきていいわよ紅葉ちゃん」
「では行くとするか!」
美月から出撃許可の降りた紅葉は莫大な霊力を放出しながら空を駆けあがった。
それと同じくして美月や六花も霊術を使うために霊力を練り始める。
そしてこの二人は冬木家、秋月家の当主であるため、ただ霊術を使うだけでも凄まじい霊力が二人の間を渦巻いていた。
「五行金【針千本】」
「五行水【氷破】」
二人が霊術を発動した瞬間、凄まじい衝撃音が戦場へ鳴り響いた。
美月の使った霊術は千の針を召喚し龍へと襲い掛かる。
この術は退魔士の霊力によって針の大きさが変化する。
美月ほどの膨大な霊力があれば人一人分程の大きさの針が千本生成される。
六花の使った霊術は氷塊を作りだし圧縮して爆発させるものだ。
この術も氷塊の大きさが霊力によって左右されるため、六花の発動した氷塊は非常に大きいものであった。
そんな特大の術が二つも直撃した龍はその衝撃で少しだけ仰け反った。
龍のサイズは非常に巨大なため、少し仰け反るだけでも空に居た妖魔たちが次々と巻き込まれて消滅していく。
そして当然その隙を見逃さなかったシアナは一気に龍へと接近する。
龍の顎下に潜り込んだシアナは渾身の力で蹴りを放った。
「ん!!!」
直後、先程の術とは比べ物にならないほどの音が鳴り響き龍が大きく仰け反った。
「流石私を倒した妖魔だな!ハァ!!!」
その後いつの間にか龍の上まで移動していた紅葉が、打ちあがった龍の顔を目掛けて拳を振り下ろす。
その攻撃を受けた龍は衝撃を受けたようであるが、首を少し振った後悠々と空を泳ぎだした。
「ふむ、良い攻撃が入ったと思ったのだが、あまり効いて無いようだな」
「ん~?もっとぶん殴る?」
「いいな、単純明快だ。行くぞ!私についてこい!」
「や」
攻撃が終わった二人は龍の胴体に着地していた。
ダメージを感じさせず空を泳いでいる龍の胴に乗りながら次の作戦を考える。
紅葉についてこいと言われたシアナであるが、シアナの中で紅葉は伊織に迷惑をかけた要注意人物として記憶しているので、出来るだけ一緒に行動をしたくなかった。
シアナは紅葉に合わせることはせず、一人で龍の頭を目掛けて走り出した。
「おい!はぁ、仕方ない……私が合わせてやろう」
先に行ってしまったシアナの後姿を見た紅葉は、シアナを追いかけるために駆けだした。
一方その頃伊織たちも、またその戦闘を目撃していた。
「凄いなシアナ、あんなデカい龍を打ち上げたぞ」
「あの子が主様の近くで戦う時はある程度力を押さえているのよ、ただ今回はそれを気にする必要がないから全力で力を使ってるようね」
「それは、俺が巻き込まれるから?」
「えぇ、どうしても全力を出すと衝撃波とかが出ちゃうでしょう?それで主様が怪我をしてしまったらダメだもの」
クシナはシアナの戦い方を見てそう説明する。
「なんか、申し訳ないな」
「仕方ないわよ。例え強い退魔士であってもシアナの攻撃だったら余波で怪我をすると思うわよ」
自分のせいでシアナは今まで全力で戦えなかったのかと思った伊織は少し落ち込んだが、例え誰であっても変わらないとクシナは慰める。
「それじゃあ、私もそろそろ戦おうかしら」
周りの退魔士が霊術を放つ中、菫だけはずっと龍を眺め続けていた。
何を観察していたのか分からないが、ようやくその力を開放する。
「よいしょっと」
「え…?っ!」
菫がそう言いながら両手に巻かれていた包帯を解き始めた。
素肌が見えるようになった菫の両腕には黒い斑点のような模様が無数に刻まれている。
それを見た伊織は何故か嫌悪感のようなものがこみ上げてきた。
菫が両手を前に出し目を閉じると、その斑点から黒い液体のようなものが次々と溢れだしてくる。
しばらくすると、菫の周辺に黒い液体の塊がいくつも浮かび上がっていた。
「さぁ、行きなさい」
その号令と共に、黒い液体は龍へと飛んでいった。
「貴女……そんなもの体に入れてるの?」
クシナは菫が包帯を外した時から感じていた気配に心当たりがあった。
かつて全てに絶望した人が発していた負の感情に非常に似ている。
「そうよ?これは負の感情から生まれた呪物よ」
「制御できるのかしら?」
「春名家は呪物の扱いが得意だから大丈夫なのよ」
そう、菫は負の想いから生まれた呪物を体に取り込んでいた。
負の想いの方が強いエネルギーを生み出すことの方が多い。
怒り、嫉妬、悲しみ、殺意などは非常に強い力を生み出す。
その結果生み出される呪物は危険な物が多いのだが、春名家はこれらの扱いを得意としていた。
「う~ん、あんまり効いてないわね」
菫の放った攻撃は既に龍へと到達しており、その体を攻撃しているのだが全く効いた様子を見せていなかった。
普通の妖魔であればこれだけで倒せるほどの力を秘めているのだが、龍には効かなかったようだ。
「じゃあ次ね、出てきなさい」
そう菫が下すと、再び黒い液体が溢れだす。
その黒い液体は何かを形作り菫の手に収まった。
「じゅ、銃?」
「そうよ、これは強い殺意に取りつかれた人間が持っていた銃から生まれた呪物なの。相手を殺すという強い想いが込められているわ」
菫は銃口を龍へと定めて引き金を引いた。




