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菫と伊織

一方その頃伊織たちは決戦の場となる山を見回っていた。


「クシナさんやシアナちゃんは出さないの?」

「そうだな~」

『いつでも準備は出来てるわよ?』

『ん、私も』

『それじゃあ二人とも、お願い』


純粋な白雪の疑問に悩んでいると頭の中に二人の声が響いてきたので、伊織は二人に外へ出てもらうことにした。


伊織が頼むと右手からは炎、左手からは風が噴き出し二人が姿を表した。

二人が出ると言う事は霊力が溢れだすことを示しているので、伊織の近くにいた退魔士が全員伊織の方を向いた。


「ここで噂の妖魔が出るのね~」

「何が来ても、主は守る」


外へ出たクシナは興味深そうに周辺を見回し、シアナはやる気満タンな用で両手を胸へ持ってきて頑張るぞというポーズを取っていた。


クシナの存在は既に退魔士組合へ連絡が回っていた。

その情報は知っていても実際に見たことあるものは皆無なのでクシナの姿を見た退魔士達は少しざわついていた。


「あれが…噂の九尾……」

「すっご、鳥肌ヤバいんだけど」

「格が違いすぎる…」

「モフモフ尻尾…」


周囲はざわついているがクシナは全く興味がないようで山を観察し続けている。


「今のところ妖魔が現れる兆候は何もないわね~」

「ん、何も感じない」

「そうなのか?」

「えぇ、妖魔が現れる時は大体兆候があるのだけれど。今はな~んにも感じないわね」


現在の山の様子はクシナの感知能力をもってしても何も感じることが出来ない。

本当に強大な妖魔が現れるのだろうか?

そんな疑問すら浮かんできていた。


「それじゃあ最終確認だけど、伊織君は部隊後方で待機だよ」

「分かった」

「それでシアナちゃんとクシナさんは自由に動いてOK」

「分かったわ」

「ん」


今回の討伐に参加する退魔士の中で伊織が一番階級が低い。

だから伊織自身は比較的安全な後方へ待機するように指示が下っているのだが、伊織の契約しているクシナやシアナについては貴重な戦力になるので、己の判断で自由に動いて良いと指示されていた。


「まぁ、私は基本的に主様の近くに居るからシアナは自由に動きなさい」

「合点承知」

「今回もよろしくな」

「ん!」

「安心してね?何が来ても必ず守ってあげるから」


いつもの事であるが基本的に伊織は二人から守られる形になるので、改めて二人にそう伝えた。


「もしかして、あんたが久遠伊織?」

「え?」


元気よく返事をしたシアナの頭を撫でていると、突然背後から声がかかった。

自分の名前を呼ばれた伊織はふり返ってみると、そこには見知らぬ女性が佇んでいた。


顔以外の肌が見えているであろう場所に全て包帯が巻かれているその容姿は異様な雰囲気を醸し出している。


「あ、貴女は?」

「私は春名菫よ。初めまして」

「初めまして、久遠伊織です…」

「ふ~ん?」


軽い自己紹介をした後、菫はツカツカと伊織の近くまで歩いてきて正面からじっくりと伊織を観察する。

頭のてっぺんからつま先までじっとりと見つめられた伊織は居心地が悪かった。


「あ、あの…」

「噂通り、霊力は凄いわねあんた」

「噂…ですか?」

「そうよ。莫大な霊力を保有し、希少な妖魔二体と契約してる男の退魔士…そんな感じで噂になってるわよ」

「そ、そうなんですか!?」


正直な所多少噂にはなってるだろうなと思っていたが、まさかそこまで正確な噂だとは思わなかったので伊織は少し驚いた。


「あんた、顔はイケてるけど軟弱そうね~」

「え?」

「は?」

「あら?」

「ん?」


そしてこの場に白雪、クシナ、シアナと揃っている状態で菫は爆弾を投下した。

当然この場で少しでも伊織が貶されるような発現があった場合、その言葉を発したものに三者から殺気が鋭く突き刺さる。


一等星である菫にとって、白雪の殺気は軽く流せるものであったのだが、クシナやシアナの殺気は命の危機を感じるに十分なものだった。


「っ!じょ、冗談よ冗談!少し場を和ませるための冗談よ!そ、そんなこと本気で思ってないわよ!」

「ふ~ん?」

「ん、本当?」

「ほ、本当よ!」


命の危機を感じた菫は一生懸命弁明を行っていた。

そんな菫をジトっとした目で見つめながら白雪とシアナが問いただす中、クシナだけが微笑みを浮かべていた。


「久遠伊織!そんなこと思ってないからね!?」

「あ、はい。分かりました」


このままではマズイと感じた菫は伊織に対してもそう弁明した。

そんな慌てふためく菫の方へクシナが音を立てずに近づいた。


「本当よ!?あんたのことは凄くカッコいいと思ってるわ!え?」

「…」


必死に弁明をしている中いつの間にかクシナが目の前に立っていたので驚き見つめてしまう。

菫とクシナは身長差がそこそこあるので、クシナが見下ろす形で菫のことを笑顔で見つめている。


その笑顔が不気味すぎてどうすればいいか分からなくなっていると、クシナの顔が菫の耳元に近づいてきた。

そして小さな小さな一言をクシナが発した。


「次はないわよ…」

「ぴぃ!?」


今まで経験してきたどんな状況より怖かったその忠告に、菫の口から情けない声が漏れてしまう。

この中で一番怖いのは間違いなくこの九尾だと菫は確信した。


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