大学へ
日が明けて日曜日、伊織はクシナに色々と家電の説明をしていた。
クシナは伊織の家に置いてある機械は全て初めて見るものなので興味津々と言った様子だ。
「これは何かしら?」
「これは掃除機って言って床に落ちてるゴミなんかを吸い取る機械だよ。ちょっと使ってみようか」
「っ!凄い音よっ!大丈夫なの?」
始めはまじまじと掃除機を見ていたクシナだが、伊織は電源を入れると余りの音の大きさにビックリして伊織に抱きつく。
「あはは、別に壊れてるわけじゃないから大丈夫だよ」
「そ、そうなのね...」
「っとこんな感じに掃除機を使って部屋の掃除をするんだ」
「なるほど、じゃあこっちは?」
「それは電子レンジだね、使い方は...」
ある程度機械の説明が終わったところで伊織は次の日大学へ行くための準備を進めていた。
「明日の講義はこれだから、持っていくものは...」
「何してるの主様?」
クシナはまた伊織がどこかへ出かけるのか気になったので問いかける。
「明日大学へ行くからそのための準備だよ」
「大学?寺子屋かしら?」
「寺子屋って、随分と古い言い方だけど...まぁそうだね、間違ってないよ」
「ふ~んなるほどね~、楽しみだわ~」
伊織が大学へ向かうと聞いたクシナは、現代の寺子屋がどんな物なのか興味があったので楽しみになっていた。
その様子を見ていた伊織が尋ねる。
「え、クシナも付いてくるの?」
「何を言っているの?当り前じゃない」
「ふむ...」
そういわれたので、クシナが大学へついてきたときの状況を想像してみた。
すると、虚空へ向かって小声で話すかなり危ない様子が容易に思い浮かぶ。
これはマズイと思って少し渋い反応をしてしまった。
「あ~、う~ん。そうだな~...」
「なに?付いてこられるのが嫌なの?」
「いや、そうじゃないんだけど。ほらクシナって他の人には見えないだろ?だからクシナと話すときに変は目で見られないかなって思って」
「なるほど、そうね~確かに変な目で見られるかも知れないわね」
伊織が渋っていた理由を聞いて納得したクシナ。
するとクシナは何事かを考え始めた。
「ならこうしましょう」
「ん?どうするんだ?」
一つ手を打ち合わせながらクシナが言う。
「少し変化するから主様はちゃんと拾ってね?」
「え?うん?分かった?」
変化と言う言葉と拾ってと言う言葉の意味があまり分からなかったがとりあえず了承する。
するとクシナは胸の前で印を結び呟いた。
「変化」
するとゴウッという音と共に炎が立ち込める。
その様子に驚きながら見つめていると、次第に炎は晴れていき、そこには一つのブレスレットが落ちていた。
ブレスレットに近づき拾ってみると、それは金色の宝石があしらわれた高級感溢れる物だった。
それを手に持ち不思議に思っていると、頭の中でクシナの声が響いた。
『聞こえるかしら主様?』
「クシナ?どこから声が...」
どこからともなくクシナの声が聞こえたので辺りをキョロキョロと見回してしまう。
『私は今ブレスレットになって、直接主様に話しかけているのよ』
「な、なるほど。そんなことが出来るのか」
『主様も心の中で話しかければ、言葉に出さないでもお話が出来るはずよ』
そうクシナに言われたので試してみる。
『こ、こうか?聞こえるかクシナ?』
『えぇ、聞こえるわよ主様』
『凄いなこれ、本当に言葉に出さないでも会話出来るなんて』
『凄いでしょう?私くらいの格になるとこんなことも出来るのよ』
そう呟くクシナが胸を張っている様子が容易に想像できた。
『これで一緒に大学へ行けるわね』
『確かにこれなら言葉に出さないで済むから大丈夫だと思う、ありがとうクシナ』
『いいのよこれくらい』
少し話した後、クシナはブレスレットから人型に戻った。
そしてその日はまったりとした時間を過ごしながら眠りについた。
翌朝、伊織はまた寝苦しさと共に目が覚める。
「うっ、うん~?」
そして布団をめくると、またしてもクシナが伊織のお腹に抱きついていた。
昨日もちゃんと部屋を別れて寝たはずなのに、いつの間に侵入したのだろうか?
疑問に思いつつも、前日クシナを起こしてドキドキする目にあったので、クシナを起こさないようにベッドを抜け出す。
そしてリビングで大学へ行くための支度をしているとクシナが起きて来た。
「おはよ~主様~」
「あぁおはようクシナ」
クシナとの生活を初めてまだ二日目だが、どうやらクシナは朝が弱いらしい。
眠そうに目を擦りながらソファーに座っている。
そんなクシナを見た伊織はとりあえずコーヒーを用意してクシナに渡してあげる。
「クシナ、コーヒーだよ」
「あら、ありがとう~」
クシナはコーヒーを飲んでいると段々目が覚めてきたのか、表情がはっきりとしてきた。
「主様は何時に家を出るの?」
「今日は十時くらいに家を出るよ」
「分かったわ」
今は朝の九時なので、あと一時間くらいしたら家を出る必要があった。
洗濯やら洗い物をしていると、あっという間に一時間が経つ。
「さて、そろそろ行くか」
「分かったわ」
そういいクシナは昨日のようにブレスレットへ変化した。
伊織はそのブレスレットを右腕に付けて、学校へと向かう。
どうやらクシナはブレスレットになっても外が見えているらしく、あれこれ伊織に質問をしていた。
『前から気になっていたのだけれど、あの走っている鉄の箱は何なのかしら?』
『あれは自動車という乗り物だね』
『へ~、馬車みたいな物かしら?』
『あ~確かにそうかも、馬の要らない馬車?みたいな感じ』
『なるほど、あっちの人が乗っているものは?』
『あれは自転車だね』
クシナの疑問に答えていると、駅に到着した。
伊織はここから電車に乗り大学の近くへ向かう。
クシナは初めて入る駅に驚いていた。
『凄いわ主様、こんなに人がいっぱいいて、何かお祭りでもあるのかしら?』
『あはは、違うよ。みんな仕事や学校に行くためにこの電車を利用するから人が集まるんだ』
『電車?っていうのは今から乗るものかしら?』
『そうそう、自動車の進化系?みたいな感じ』
駅のホームで待っていると、電車が到着した。
そして電車を初めて見たクシナはまたしても驚いている。
『凄いわ、こんなに大きなものが動いているわ』
『凄いよな電車って、しかも凄く早いから移動も楽なんだ』
電車に乗り込み発車すると、景色が流れていく。
その速度はかなり早く、クシナは感心していた。
『確かにそこそこ早いわね』
『あんまり速度には驚かないんだな』
『まぁ、私も走ればこれくらいの速度は出せるわよ?』
『え?マジで?』
『えぇ、マジよ』
話を聞くと、クシナが本気で走るとどうやら電車と同じ速度で走ることが出来るらしい。
前からクシナは凄い妖魔なのではないかと疑っていた伊織だが、さらに疑念が深まる。
しばらく電車に揺られた後、大学の最寄り駅に到着したため電車をおりて駅を出る。
駅を出ると、直ぐに伊織の通う東帝大学が目に入った。
『あそこが俺が通ってる大学だよ』
『随分と大きな建物ね?』
『確かにこの辺で一番デカいかも』
しばらく歩き、大学の敷地内に入ったところでもクシナの質問が続く。
『あの大きな塔は何かしら?』
『あそこには教室や研究室が入ってたはず』
『じゃああそこの建物は?』
「伊織く~ん!」
『あれは食堂だね、昼にあそこでご飯を食べるんだ』
クシナに説明をしながら歩いていると、伊織に話しかけてくる女性がいた。
しかしクシナの説明に夢中で伊織は気が付いていない。
「伊織く~ん?」
『本当に沢山の建物があるわね』
『本当にデカいよなこの大学』
「伊織君っ!!!」
「うわっ!あ、白雪?」
「もう、なんで無視するの?」
話しかけてきた女性は白雪だった。
いくら話しかけても伊織が返事を全くしなかったため、少し不機嫌になっている。
「ごめん考え事してた」
「そうなの?もう、嫌われちゃったかと思ったよ...」
「俺が白雪の事を嫌うわけないだろ?」
「うん...」
それから伊織は白雪と共に大学を歩き、クシナは空気を読んでかあまり話しかけなくなった。
『(この娘、霊力の質がかなり高いわね。陰陽師かしら?でも主様はそう言った存在は知らないっぽいし、隠している?)』
クシナは白雪を観察しながらそんなことを考えていた。
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